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1 王女キャロライン1

 下草が生茂る緑の絨毯の上を、キャロラインは重い足取りで歩いていた。

 庭師がもう使わないと捨てていったかなり大きい古い皮のブーツが、歩くたびに足からすっぽ抜けそうになり不格好な音を立てるが、それさえも今日は気にならないほど緊張をしている。

 繁みを抜け池を横切ると、噴水を中心に寸分違わぬシンメトリーで構成された庭園が現れ、その先には世界一美しいと称される白亜の王宮が佇んでいた。



 キャロラインはアカシア王国の第三王女である。


 アカシア王国は小国ではあるが、華やかな文化と芸術を誇る美しい国として有名だ。

 それに加えて王族は金髪、銀髪、碧眼、青眼がデフォルトの容姿端麗な者ばかりとして有名で、小国ながらも歴代の王子や王女は近隣の王侯貴族からだけでなく、遠方の大国の重鎮からも伴侶に望まれるほどだった。


 そんな見目麗しいアカシア王族の中にあって、栗色の髪と墨色の瞳をしたキャロラインは大層地味な見た目といえる。

 銀髪青眼の国王と金髪碧眼の王妃から生まれたキャロラインを、初めて見た父親である国王は、あまりに自分の色を継いでいない我が子に王妃の不義を疑った程だったという。


 先々代の王族の一人にそんな容姿の人間がいたことから、隔世遺伝だろうという結論になり不義の子疑惑は一応晴れたが、不名誉な疑いをかけられた王妃はキャロラインを徹底的に避け、国王も自分に似た所がない王女のことを疎んじた。

 人形のように整っていると評判の、先に誕生していた双子の姉達と兄は両親と共に王宮で暮らしていたが、キャロラインは乳母と共に離宮へ押し込められ、王族全員の参加が義務づけられている重要な式典以外は王宮への出入りを制限されたのである。



 そうした理由から離宮で暮らすキャロラインの元へ、慌てた様子の侍女がドレスとハイヒールを届けに来たのが数分前の出来事だった。


「国王陛下がお呼びです。至急これに着替えて謁見の間へ来るように」


 そう言うなり侍女は放るように荷物を机の上に置き捨てると、自分の役目は終わったとばかりに、さっさと出て行ってしまう。

 離宮の周辺に自生しているタンポポを乾燥させて作ったお茶を飲みながら、机に広がる書類をチェックしていたキャロラインは、乱暴に閉められた扉を見ながら眉を寄せた。


「扉、今の衝撃で壊れてないといいけれど」


 そう言うと席を立って扉の蝶番を確認する。

 ちょっと蹴とばせば簡単に壊れてしまうような貧弱な扉でも、あるのとないのとでは安心感が違う。

 恐るおそる開閉してみれば、どうやら壊れてはいないようで安心した。



 キャロラインが住んでいるのは離宮とは名ばかりの小屋である。

 荘厳華麗なアカシア王城の裏庭の、更に奥まった所にあり、その存在は使用人はおろか、重臣達でさえ知らない者が多い。

 それにキャロラインには身の回りの世話をしてくれる侍女もいなかった。


 今しがたドレスとハイヒールを運んできた侍女もキャロライン付きではない。

 だから、これまで一度も着替えの手伝いなどしたことがない侍女は『至急』と言いながらも、いつものようにキャロラインの支度を手伝うことはせず立ち去ってしまったのだった。


 王女に対してあまりにも不敬な侍女の態度ではあるが、キャロラインにとっては日常茶飯事のことなので気にも留めない。それよりも式典以外で王宮へ呼び出されたことの方が気になった。


「まさか縁談とか……?」


 零した言葉に自分でビクリと震える。

 政略結婚するのはやぶさかではないが、できれば自分を望んでくれる人の所へ嫁ぎたい。

 役立たずだが王女だからとか、地味で他に貰い手がいないからとか、仕方がないから結婚してやろうという理由ではなく、きちんとキャロラインを選んでくれる人がいい。だが……。


「そんな人いるわけないか……」


 自分で自分にダメ出しをして苦笑し、キャロラインは静かに目を伏せると着替えを始める。

 侍女が置いていったのは、王族が着るにはあまりに簡素なデザインだが、綺麗なライムグリーン色のドレスだ。

 しかしドレスを纏って鏡を覗けば、思わず笑ってしまうほどキャロラインに似合っていない。

 そして、やはりというか案の定、襟ぐりが広すぎて肩からずり落ちた。


 サイズの合わないドレスが届けられるのは毎度の事なので、キャロラインは手際よく襟を絞って縫い付ける。

 後で返却するため縫い目は解いた時に目立たないよう最小限にして、どうにか体裁を整えたが、色が似合わないのはどうにも出来ない。

 溜息を吐き再度ドレスを着こんで、王宮に着くまでに汚さないようハイヒールを手に持つと、離宮を後にした。


「私、とうとう捨てられちゃうのかな……」


 自虐的に呟いて、染み一つない白亜の王宮を見上げたキャロラインだったが、彼女の言葉を否定する声は当然返ってこず、そのことに少しだけ嘲笑を浮かべると、諦めたようにまた一歩足を踏み出した。


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