18 甘すぎる婚約者3
「もしかして、気に入りませんでしたか?」
今にも泣きそうな顔をしてキャロラインを覗き込んでくるリーンハルトの琥珀の瞳は、捨てられた子犬のようである。いや、耳も垂れて尻尾も下がった彼は、まさに庇護欲をそそる子犬(実際には白狼であるが)に見えた。
「そ、そんなことはないです! 全て素敵でした。ですが……」
あまりのリーンハルトの可愛さにキャロラインは悶えそうになりつつも、慌てて否定する。しかし、すぐに言葉を噤んだ。
この先は出来れば言いたくない。
けれど隠していても、いずれは解る真実であり、伝えなければならないことだ。
たとえそれで嫌われてしまったとしても仕方がないことなのである。
「ですが、私には分不相応な物です。私は地味で愚鈍で何の役にも立たない出来損ないの王女なのです。ですから……」
ぐっと涙をのみこんでキャロラインは内頬を噛む。真実とはいえ自分で自分を傷つける言葉を言うのは勇気がいる。
出会ってまだ2日足らずだが、リーンハルトはキャロラインに優しかった。
これが愛されるということなのかわからないが、リーンハルトに嫌われたらと考えるとどうしようもなく心が痛む。
始めから愛を与えてくれなかった家族にも傷ついてはいたが、彼に捨てられたらきっと耐えられない痛みになるだろう。だが、そのことは甘んじて受けなければとキャロラインが深々と頭を下げようとすると、両頬を優しく包み込まれた。
「私色のドレスや宝飾品が気にいらないわけではないのですよね?」
頬に感じる優しさとは対照的な冷たい声音に、キャロラインの肩がビクリと震える。
こんなに情けなく役立たずな自分を知れば嫌われるのも仕方がないと思ったはずなのに、いざリーンハルトの冷たい声を聞くと身が竦んだ。
だがドレスが気に入らないわけでは決していないので、問われるままコクンっと頷けば、リーンハルトが安堵したように息を吐いた。
「よかったです。ですが、ご自分を卑下するのはいただけません」
両手で包んだキャロラインの顔を持ち上げて視線を合わせたリーンハルトは、ちょっとだけ不機嫌そうに琥珀色の瞳の色を強く染める。
キャロラインの瞳がまだ不安そうな色を湛えているのを確認すると、困ったように眉尻を下げ小さく溜息を吐いた。
「キャロライン王女は私の側にいてくださるだけで立派に役に立っているのですが……う~ん。これは義務だと思われるのが嫌だったので言っていませんでしたけれど、ドレスや宝飾品で着飾ることも王太子の伴侶として大切な職務であり、それを整えるのは私の役目なのです」
「それは、そうですが……」
それでも数が多すぎるだろうと、キャロラインの瞳は揺れ動く。それに自分はまだ伴侶ではなく婚約者の身分である。
そう反論しようとしたキャロラインの口を、リーンハルトは頬を抑えていた片手を外し人差し指で塞ぐと、真剣な表情を見せた。
「実はトスカーナ王国では婚約者の女性にドレスや宝飾品を贈るのは男性の甲斐性の一つとされているのです。そしてその数は愛情の証であり、もし受け取ってもらえなければ、自分を嫌っていると捉えられるのが普通です」
「そ、そうなのですか?」
「はい」
嘘である。
ギースが聞いたら確実に白い目を向けられるであろう嘘を、堂々と吐いたリーンハルトだったが、これも番可愛さ故のことだ。
現にキャロラインは目を丸くしながらも、国が変われば習慣も違うものだと自分の勉強不足を恥じつつ納得したようだった。
「で、では、有難く頂戴いたします。わ、私、このドレスや宝飾品に見合うように精一杯頑張りますね」
リーンハルトを嫌いだなどと思ってもみないキャロラインが力強く頷くと、真剣だったリーンハルトの表情がふにゃりと崩れる。
「ああ、天使がいます。ここに天使がいます。誰かに攫われないように早く囲わなければいけません」
早口な小声だったため、全く聞き取れなかったキャロラインがキョトンとする中、上機嫌なリーンハルトの尻尾がパタパタと揺れた。
「これから貴女が私以外の者など目移りできない位に溺愛してさしあげますね」
「目移り……ですか?」
身に覚えがないキャロラインが首を傾げ栗色の髪の一房がリーンハルトの手にかかる。
その髪を掌で弄びながらリーンハルトは拗ねたように呟いた。
「ここへ到着してから、私が隣にいるのに楽しそうに街の人々を見ていらしたでしょう? トスカーナ王国に興味を持ってくださるのは喜ばしいことですが、少し妬いてしまいました」
キャロラインは墨色の瞳を斜め上へ動かす。記憶を探る中、リーンハルトの耳を見て、獣人達のモフモフフサフサに見惚れていたことを思い出した。
「あ……」
見られていたのかとキャロラインが恥ずかしくなって思わず漏れた言葉に、リーンハルトが髪を弄んでいた手を止め、キャロラインのドレスを満足そうに見つめる。
「今は移動中ですからあまり沢山買えませんが、王宮へ到着したら城へ職人を呼んで、オーダーメイドでもっともっと作りましょうね。何と言っても婚約者へのプレゼントは愛の証ですから。できればこのドレスのように私の色で作りたいですが、キャロライン王女なら他の色も似あうでしょうから悩みどころですね。ですが、あまり可愛くなり過ぎても、変な虫がつきそうで困ります。私の婚約者が可愛すぎますね。でも番が貴女で幸せです」
甘い言葉を囁き、見当違いな心配をするリーンハルトにキャロラインは戸惑いながらも、胸がドキドキと早鐘を打つ。
「移動中なので沢山買えない」や「もっともっと作りましょう」など、疑問や不穏な単語も混じってはいたが、自分が番で幸せだと言ってくれたことが嬉しかった。
そうこうするうちに馬車が停まり、外から声が掛かる。
「到着いたしました」
その声にキャロラインが立ち上がろうとして、今更ながら自分がリーンハルトに横抱きにされ膝の上に座らされた今の状況に気が付いた。