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16 甘すぎる婚約者1

 リーンハルトが言った通りに、馬車は夕方には賑わいのある街へ辿り着いた。

 先導するギースが手続きを済ませていたらしく、いつの間にか国境を越えており既にトスカーナ王国に入っている。

 その証拠に行き交う人々の頭上には可愛らしいモフモフの耳が生え、後ろにはこれまたフカフカの尻尾が揺れていた。


(可愛い! 触りたい!)


 そう叫びだしたくなる衝動を抑え、食い入るように窓の外を眺めるキャロラインを不服そうにリーンハルトが眺めていることなど全く気づきもしないまま、馬車は街の中心地へ進んでゆく。

 暫くは獣人達の魅惑の耳と尻尾に感動していたキャロラインだったが、やがて国境の街だというのに少しも廃れた所がないことに気が付いた。

 

 少し前に窓から覗いたアカシア王国の辺境には路地の影や軒先に、孤児や浮浪者の姿が見られた。そのことに多少なからずも国の執務をしていた者として責任を感じて申し訳なく思ったものだったが、トスカーナ王国は総じて賑わっているように見える。

 そういえば街道もこの街に入る随分前から砂利道から石畳になっていた。


 国力の差は大きいのだと改めて大国の偉大さを痛感しつつ、謁見の間でリーンハルトが言った文化や教養がアカシア王国に劣っているというのは、やはりあの場で波風を立てないための方便だったのだと納得していると、馬車がゆっくりと停車する。

 リーンハルトに促されるまま街の中でも立派な造りの大きなお店へ足を踏み入れたキャロラインは、並ぶドレスの圧巻の数の多さに言葉を失った。


「彼女に似合う白銀と琥珀の色のドレスを見せてください」


 目を丸くするキャロラインにニコリと微笑んでからそう言ったリーンハルトに、店の者は恭しく頭を下げると従業員総出で、華やかな装飾のものからシンプルな装いのものまで様々な種類のドレスを掲げてゆく。

 色を限定したにも関わらず次々と並べられてゆくドレスのあまりの数の多さに、キャロラインは面食らうしかない。

 今まで与えられたことはあっても自分で選んだことはなかったので、何を選んでいいのかわからず逡巡するキャロラインが思わず隣に佇むリーンハルトの方を見ると、何故か彼の尻尾が嬉しそうに揺れた。


「私が選んでもいいのですか?」


 ここまでお膳立てしてもらったくせに自分で決められないなんて呆れられると思ったが、キャロラインの予想に反してリーンハルトは期待に満ちた瞳で見つめてくる。


「お、お願いします」


 疑問符を浮かべながらも肯定の返事をしたキャロラインへ、リーンハルトはブンブンと尻尾を回すと並んだドレスの中から一番自分の瞳の色に近い物を手にとった。


「こちらのドレスはどうでしょう?」


 ニコニコとしながら差し出されたドレスは白地に透き通った琥珀色のサテン素材を重ねたもので、あまりゴテゴテしておらず動きやすそうである。そうかといってシンプル過ぎというわけではなく、袖口や襟、裾などに白銀色で施された刺繍は細部まで緻密で美しかった。

 自らも孤児院のバザーのために刺繍を刺すキャロラインは、その見事さに見惚れてしまう。

 するとそれまで笑顔で二人の遣り取りを見ていたギースが口を挟んだ。


「独占欲丸出しの主でお恥ずかしい限りですが、お気に召されたのであれば、ここでお召替えになられてはいかがでしょうか?」


 独占欲という言葉に手元のドレスの色を見直した瞬間、ブワっとキャロラインの頬が熱くなり、いたたまれずに俯く。

 恥ずかしいのに何だか嬉しくてコクリと頷けば、尻尾をフリフリと揺らした従業員達が待ってましたとばかりにキャロラインを試着室へ誘導していった。


 試着したドレスは素晴らしかった。

 既製品だがまるで誂えたかのようにキャロラインに似合っており、明るい琥珀色は少し痩せぎすなキャロラインの身体を華やかに見せてくれている。

 アカシア王国では着たことがない美しいドレスに、キャロラインは値段のことが気になったが、自分だけのドレスは単純に嬉しかった。


 あがる気持ちのまま、この姿をリーンハルトに見てほしいと考え試着室を出ると、彼は恰幅のいい丸い耳をした男性と何やら話しこんでいる。しかしキャロラインが登場するとすぐに側に駆け寄ってきた。


「あぁ、女神が降りてきたのかと思いました。私の色を纏う婚約者が美しすぎて目が離せません」


 見て欲しいとは思ったが、人前でここまで大袈裟に褒められると嬉しいよりも恥ずかしさの方が勝ってしまう。

 それにキャロラインは地味だと言われ続けてきたので、自分が美しくない自覚があった。

 だからこそ余計に居た堪れなくなり、先程ドレスを着て浮ついた心が急速に萎んでゆく。

 そうかと言ってお世辞でもせっかく誉めてくれたリーンハルトの手前、俯くわけにもいかず曖昧に微笑む。

 そんなキャロラインを見てリーンハルトは不安そうに耳を下げた。

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