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15 婚約者と馬車の中2

 

「端的に言えばですね」


 言葉を切ったリーンハルトは緊張感に包まれている。

 その雰囲気にキャロラインが気圧されるようにコクンっと頷くと、リーンハルトは琥珀色の瞳に宿る光を強くした。


「私はドレスに嫉妬したのです」


 数秒、二人の世界の刻は止まった。


 相変わらず馬車の外からは規則正しい車輪の音が聞こえてくるが、リーンハルトの発した言葉が理解できず、混乱したキャロラインは呆けたように口を開く。


(どうしよう。意味がわからないわ。嫉妬というのは生物に抱く感情だと思っていたけれど、獣人の方は違うのかしら? やっぱり私の勉強不足? それとも感性の違い?)

「ド、ドレスに嫉妬? ですか?」


 疑問のまま口から零れてしまったキャロラインの言葉と表情に、リーンハルトは不安気に琥珀色の瞳を揺らす。


「そうです。呆れてしまったでしょうか?」

「そ、そんなことはありませんが……」


 呆れてはいない。ただ混乱しているのは確かである。

 しかしこの複雑な胸中を上手く説明できる自信はないため、とりあえず否定だけはしたキャロラインにリーンハルトは安堵するように息を吐いた。


「安心しました。貴女に引かれてしまったらこの窓から投身自殺を図るところでした」


 またしても物騒な言葉を吐き出したリーンハルトに、キャロラインの頭の中は益々混乱する。


(投身自殺を図ろうにも馬車の窓は小さいので長身の殿下が通り抜けるのは無理なのでは? 体中の関節を外せば可能かしら? 身体能力に優れている獣人なら関節を外すことなんて簡単なのかもしれないわ)


 などと冷静に分析しながらも、自殺はよくないし、してもらいたくないとブンブンと首を振ると、リーンハルトが破顔した。


「良かったです。漸くキャロライン王女と婚約できたのですから、私もまだまだ離れたくはありません。この幸せをいつまでも噛みしめていたいです」


 リーンハルトの「漸く婚約できた」という言葉に、キャロラインは微かに首を傾げる。

 まるで以前から自分を知っているかのような言葉だが、まさかそんなはずはないだろうと思考を巡らせる。


 だって彼とは昨日初めて会ったはずだ。

 きっと本当は「漸く番と婚約できた」と言いたかったのだろうと考え、少しだけ胸がチクリと痛んだ気がしたが、たとえそれが本能の為せる業だとしても、自分なんかと婚約して幸せだと言ってくれたことが嬉しかった。

 気持ちのままふわりと微笑んだキャロラインに、リーンハルトが息を呑む。


「可愛すぎ……可愛すぎでしょう。私の婚約者が可愛すぎて心臓が止まりそうです。婚約者……なんて甘美な響きでしょう。婚約者に漸くなれたんですね。長かった。本当に長かったです。思いの他長生きしたクソバ……コホン、変身が中々制御できずに苦労しましたが、もしこの間に彼女が誰かに盗られでもしたら確実に犯罪者になるところでした。キャロライン王女が可愛すぎるのが悪いんですね、いえ、彼女が悪いわけはありません。清廉無垢な彼女に悪いなんて言葉は当てはまりませんから。ああ、そんなキャロライン王女と番だなんて私は世界一幸せ者です。この幸せを形にしなければなりません。今すぐにでも彼女が私の番であり婚約者なのだと周囲も認識できるようにしなければ幸せが逃げてしまうやもしれません。逃がす気は全くありませんけれど可愛すぎて心配がつきません」


 天を仰いでブツブツと小さく早口で呟くリーンハルト。この間、3秒足らずのためキャロラインには彼が何を言っているのか全く聞き取れなかったが、リーンハルトは軽く咳払いをすると紳士的な口調に戻った。


「それでですね……ドレスの件なのですが、せっかく婚約できたのですから、キャロライン王女には私色のドレスを纏っていただきたいのです。どうか私の願いを叶えてくださいませんか?」


 端正な顔に甘い笑みを浮かべて懇願するようにキャロラインの瞳を覗いてきたリーンハルトだったが、その眼差しは否やを言わせない迫力がある。

 キャロラインがどうしようかと逡巡した所で、ガタンっと馬車が揺れた。


「!」

「おっ、と……」


 アカシア王国では王都から出てしまうと街道が石畳ではなく砂利道となる。

 用意されたトスカーナ王国の馬車は高性能のサスペンションが装着しておりクッション性も最高級であったが、轍が深い場所を通るとそれなりに揺れてしまうのは仕方なかった。


 体勢が崩れ前のめりになったキャロラインを、重ねていた手を軸にリーンハルトが支える。


「あ、ありがとうごさいま……!」


 お礼を言ったキャロラインの言葉は最後まで続かなかった。

 何故ならそのままリーンハルトに引っ張られ、いつの間にか彼の隣に腰かけさせられていたからである。

 慌てて元の席に戻ろうと腰を浮かしかけたキャロラインだったが、身体が動かず困惑する。


「危ないですからこちらに一緒に座りましょうね。これなら揺れても私が支えてあげられますので安心でしょう」


 振り向けば、リーンハルトの片手はまだキャロラインと繋がれたままで、にーっこりと有無を言わさぬ笑顔を見せていた。


「本当は私の膝の上の方がいいのですが……」

「ひ、膝……!!!???」


 思いもよらない申し出に、真っ赤になったキャロラインがブンブンブンブンと勢いよく首を振ったのを見て、リーンハルトは残念そうに耳を垂らす。

 しかしすぐに不敵な笑みを浮かべると繋いだ手を胸の高さまで持ち上げ、キャロラインの手の甲に軽く口づけを落とした。


「でしたら、この席で一緒にトスカーナまで参りましょうね。予定では夕方には国境の街へ到着しますから、その時に少し買い物をいたしましょう」

「は、はい」


 他者とダンスを踊ったことも、異性からエスコートを受けたこともなかったキャロラインは、手の甲とはいえ、生まれて初めての口づけに完全に頭に血が昇ってしまっていた。

 至近距離で囁かれた言葉にドキマギしながら返事をしてしまい、リーンハルトになんだか上手く丸め込まれたような気がしないでもないが、キャロラインは心がフワフワするような感覚を覚える。

 隣に座るリーンハルトがこちらを見て微笑む度に、心臓はかつてないほど煩く鳴るのに不快ではなく、キャロラインは不思議な気持ちのまま馬車に揺られ続けたのであった。


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