13 王女の出立~とある文官視点~
キャロラインがトスカーナ王国へ旅立つため王城の正門へ到着した時、王女の出立だというのに見送りにきていたのは数名の文官と騎士だけであった。
無口だが全てを見透かすような墨色の瞳をした王女が、どれだけ優秀で真摯に執務を熟しこの国を支えていたのか知っているのは国の中枢を担う彼らだけであり、キャロラインが抜けた穴を埋める者など今の王族の中には誰一人いないということを解っていた。
明け方、渡していた書類を全て処理してきたキャロラインを見て、文官達は大いに反省した。
書類をキャロラインの離宮へ置きっぱなしにしてしまったことを失念していたのだ。
これが見た目だけは人形のような兄王子や美しいだけの王妃ならば、何一つ手つかずのまま放置していったであろう。
尤もあの頭に花が咲いた王子や王妃にまともな仕事ができるわけがないので、そもそも重要書類の処理など依頼したりはしないが。
だがキャロラインは翌日には隣国へ赴くというのに徹夜で目の下に隈を作りながらも、執務を完遂してきたのだ。
文官達は一緒に執務を熟していく間にキャロラインがそんな人柄だと気づいていたはずなのに、国王が持参金を出さないことに激高するあまり失念して、彼女の元から書類を回収しなかったことを大層悔いた。
キャロラインが家族からどんな扱いを受けてきたのか、彼らは知っていた。
だが相手は王族、文官や騎士が口を挟むことはできないし、一緒に仕事をする前は自分達には関係がないことだと割り切っていた。
要は虐待されていたことを知っていたが見て見ぬふりをしていたのだ。
今ではそのことを恥じているし、猛省もしている。けれど食べ物の差し入れなど多少なりのフォローは出来ても、身分差から真に王女を救うことは出来ないと諦めてもいた。
そんな王女の婚約相手が獣人王太子だと聞いた時には、彼女に試練ばかりを与える天に唾を吐きたい衝動に駆られたものだ。
しかし……。
リーンハルトに優しくエスコートされたキャロラインは、少し戸惑う仕草は見られたが、今まで見たことがないほど幸せそうな表情をしていた。
王女を大切そうに扱うリーンハルトの瞳はどこまでも甘く、それに応えるキャロラインも嬉しそうに見える。
それにいつもは空気のように佇み滅多に話さない王女が、リーンハルトの側近だという初対面の獣人へ自ら挨拶をしたことや、自分達への別れの言葉をしっかりと口にしたことに衝撃を受けていた。
「俺、初めて声を聞けました。やっぱり、かわいいですよね。殿下のどこが地味王女なんだか」
ポツリと呟いた騎士の言葉に、他の者達が同意するように頷く。
金や銀の髪ではなく、碧や青の瞳でもなくても、よく見ればキャロラインは美の結晶だと評判の若き日の国王や王妃に面立ちや目鼻立ちがそっくりであった。
文官や騎士はそのことに早くから気づいて折に触れ国王にそれとなく進言してきたが、キャロラインが自分に似ていない地味な娘だと固定観念に囚われていた国王は、終ぞ彼女を見ようとはしなかった。
だが今はそれでよかったのかもしれないと思う。
きっとキャロラインの美しさに気づいていたら、獣人を毛嫌いする国王はリーンハルトとの婚約を認めてはくれなかっただろうから。
キャロラインの乗り込んだ馬車が走り出し段々と小さくなってゆくのを、やっと巡ってきた王女の幸せを願って彼らはいつまでも見送っていた。