10 妹からの餞別2
(私、何で安心してるの?)
内心の困惑を顔には出さないためキャロラインの戸惑いに気づきもしないアリアナは、無言で立ち尽くしたままの姉を嘲るように笑って言った。
「ところで、お姉さまって結局最後までお父様に嫌われたままだったわね。当方の恥部ですって。私と違って、すんなりケモノとの婚約も承認していたし、本当にいらない子だったなんて可哀想~」
可哀想だと言いながら金色の髪を指先へ巻きつけ、クスクスと意地悪そうに笑うアリアナは、それでも天使のように美しい。
自分とあまりに違うその容貌に、キャロラインは幾度となく嫉妬と羨望を抱いてきた。
心無い言葉に涙した日もあった。
けれども今のキャロラインは、いつものように落ち込みはしなかった。
リーンハルトが自分を選んでくれた出来事は、不思議とキャロラインの心境に変化をもたらしていた。
一方、俯きつつも一向に暗い表情を見せないキャロラインに、それまで嘲笑っていたアリアナは不満気に眉を寄せる。
離宮と言うのも烏滸がましいこんな汚らしい小屋へ、美しい物だけが相応しいアリアナがわざわざやってくるのは、地味な姉を虐めることで自分の優越感と嗜虐心を満たすためである。
だが、いつもは自分と比較して姉を貶めるような暴言を浴びせると傷ついた表情を見せるキャロラインが、今日は平気そうにしていて、それが無性に気に入らなかった。
番と片時も離れたくないというリーンハルトの強い申し出と、地味王女を追い出したい両親の思惑が一致した結果、キャロラインは明日トスカーナ王国へ旅立つことが決まっている。
アリアナは姉を甚振るのも恐らく最後になるというのに、これでは面白くないと苛立ちながら姉を睨んだ。
その目にキャロラインの着ているドレスが映り、青眼の瞳が厭らしく眇められる。
「ああ、その貧相な服は婚約祝いにあげるわ。寝間着に使用していたのだけれど気に入らなくて捨てたものだもの。同じようにお父様に捨てられたお姉さまにはお似合いだし、ケモノの国の王太子妃には十分な代物よね」
寝間着と聞いてさすがに表情を変えたキャロラインに、目敏く気づいたアリアナの口角が上がる。
「でも番って本能みたいなものなのでしょう? それって本当に愛されてるって言えるのかしら? 今は番を見つけて舞い上がっているかもしれないけれど、冷静になった時に相手が地味で役立たずなお姉さまでは、見限られるのも時間の問題かもね」
畳みかけるように不穏な言葉を告げれば、キャロラインが目に見えて真っ青な表情になってゆき、それを確認して美しい顔を歪んだ笑みで一杯にしたアリアナは、満足そうに踵を返した。
最後に、とばかりに力任せに扉が乱暴に閉められ蝶番が外れる。
キャロラインは溜息を吐いたが修繕する気にはなれず、隙間が空いてしまった扉を眺めながら、のろのろとライムグリーン色のドレスを脱いで皺を伸ばした。
いつも身に着けているワンピースより格段に上質の生地で作られたドレスだと思っていた服は、妹の寝間着だった。
寝間着でも金髪青眼のアリアナにライムグリーン色は良く似合ったことだろう。
襟ぐりが大きく開いていたのは寝苦しくないよう配慮されたものだったからだ。
誰かの古着か嫌がらせ、それは解っていたが王女だというのにそんな服しか用意してもらえない自分が情けなくて恥ずかしくて、何よりこんな自分が婚約者ではリーンハルトに申し訳なくてキャロラインは項垂れた。
瞼を閉じれば、白銀の髪を靡かせ琥珀の瞳をした凛々しい獣人の王太子の姿が目に浮かぶ。
初めて自分を選んでくれた人であるリーンハルトを信じたい気持ちはもちろんあるが、どれだけ期待しても努力しても、叶わない願いがあることをキャロラインは身を以て解っていた。
「誰かに愛してほしかったけど、本当に愛されるって何だろう? 獣人にとって番は絶対だって聞くけれど、理性が本能を凌駕すればリーンハルト様も私を捨ててしまう日が来るのかな……」
虚空へ呟いた不安な言葉に返答する者は当然おらず、キャロラインの心には暗いしこりが残ったのだった。