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9 妹からの餞別1

 ふわふわとした足取りで自分の離宮へ戻ってきたキャロラインは、まだ夢見心地の気分だった。

 急に呼び出されたため机には未処理の書類がまだ沢山残っている。

 それを目にしたキャロラインは、とりあえず浮かれた独り言を言いたくなる気持ちを抑えて、借り物であるドレスを脱いで執務に掛かることにする。

 そこへ背後から乱暴に扉を開ける音がした。


「明日、ケモノの国へ行くんですって? 役立たずのお姉さまが番だなんて、やっぱりケモノの考えてることは理解不能だわ」


 獣人を蔑む言葉を吐き捨てるように言いながらやってきたアリアナに、キャロラインは眉を顰めるも俯くことしかできない。


 家族に相手にされず無視状態のキャロラインだったが、アリアナだけは時折離宮へやってきては、憂さ晴らしのように喚き散らしてくることがあった。

 ダンスが上手く踊れなかったとか、体型維持のためにお菓子を制限されたとか、理由は様々であったが、決まってキャロラインを蔑む言葉ばかりを並び立ててゆく。


「お姉さまって、本当にお父様にもお母様にも似てないわよね。どうしてそんなに地味なのかしら? 同じ家族なのに信じられないわ」

「知ってた? 式典の時に支給されるドレスって、私や上のお姉様達が着てたのをわざわざ汚したり飾りを引きちぎったりしてから渡してるのよ。お母様がそうしなさいって」

「この髪飾り素敵でしょう? お父様からもらったの。お父様は私のお願いなら何でも叶えてくれるのよ。自分の青い瞳にそっくりな私は可愛いんですって。お姉様は何かお父様からもらったことある?」


 最初は言われたことにいちいち落ち込んでいたキャロラインだったが、これも会話の勉強になると思い、意を決して一度だけ返事をしてみたことがあった。


「こ、この離宮を与えてもらえたし、ワンピースや下着ももらえてるわ。そ、それに、アリアナの青眼はお父様の瞳に比べると少し明るいから、そっくり同じではないと思う。も、勿論どちらもとても綺麗だけれど」


 会話の勉強のため無駄に観察力のあるキャロラインは、今まで疑問に思っていたことを口にする。

 しっかり頭の中で返答を考えて言ったため、少し吃りはしたが、きちんと返事ができたことに安堵していたキャロラインに、今まで一言も姉の返事を聞いたことがなかったアリアナは一瞬だけ呆けた表情をしたが、すぐさま怒りの形相を見せた。


「バカじゃないの? こんな粗末な小屋と貧相な服如きで偉そうに反論しないでよ!」


 そう言うなりキャロラインを突き飛ばしたアリアナは、キャロラインが如何に両親から嫌悪され、自分が愛されているかを怒鳴り散らした。


「お母様もお父様も、お姉さまの存在を無かったことにしたいって、いつも言ってるわ!

 地味で無能な王女なんて王家の恥だって! 全然家族に似てないから愛せないって! それに比べて私の瞳はお父様そっくりだって言われてるの! だから私は溺愛されているのよ! 家族に嫌われている無用なお姉さまなんて、誰も相手にしないし、誰からも愛されないんだから!」


 言い放たれたあまりに惨く残酷な言葉達に、キャロラインの表情がみるみる青褪めてゆく。

 その様子に、やっと留飲を下げたアリアナだったが、机の上に置かれた本来自分達が熟すべき執務の書類を盛大に叩き落しヒールの踵で踏みつけると、仕上げとばかりに外に置いてあったバケツに溜めた雨水(キャロラインの大切な飲み水である)を小屋にぶちまけ去っていった。


 何故アリアナがあそこまで怒ったのかは解らなかったが、きっと自分の会話能力が低いせいだと反省したキャロラインは、それ以来アリアナが何かを言ってきても俯いたまま黙ってやり過ごすことにしていた。

 仕事をするようになってから文官達がたまにお菓子やパンを差し入れしてくれるので、残飯を貰いにいく頻度は減ったが、飲み水がなくなるのは地味にキツい。

 それに自分が余計なことを言ったせいでアリアナを怒らせてしまったことも申し訳ないし、激高したアリアナに痛い所をつかれ傷つけられるのも嫌だった。


 だから今回も、獣人を蔑む言葉に胸にモヤモヤとしたものが広がったが何も言わずに聞いている。

 そんな従順な素振りの姉を鼻で嗤ってアリアナはいつもの調子で話を続けた。


「それにしてもケモノの番がお姉さまで良かったわ。私だったらあんな野蛮な国へ行くなんて耐えられないもの。リーンハルト様だって、顔立ちは綺麗でも動物みたいな尻尾や耳が生えてるなんて気持ち悪さしかないわよね」


 アリアナの言葉にキャロラインは表面上は微動だにしなかったが、そうだろうかと内心で首を傾げる。

 初めて間近で獣人を見たがリーンハルトの尻尾も耳も、とても触り心地がよいもののように見えた。

 自分だったらフカフカで温かそうなそれを出来れば撫でまわしたい、許されれば匂いを嗅ぎたいと思ったのだが、アリアナは違うようだ。

 そのことに何故かちょっとだけホッとしてしまう自分がいて、キャロラインは戸惑った。


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