怒(いか)れる悪役が会場を去る時にぶつかられるタイプのモブ
漫画の悪役退場シーン見てて書きたくなりました。
来るかな?来ないよね?
あーやっぱり来た。
もーなんでいつも僕がいる方向に来ちゃうの!?
今日はパパからプレゼントされたお気に入りの一張羅なんだよ!?
爺のアドバイス通りちゃんとドアから3メートル離れていたし、出来るだけ人混みに紛れていたし、赤ワインも持たなかった。だから僕にぶつかって酷い被害を与えておいて「気をつけろ!」とか「邪魔だ!」とか暴言を吐かれちゃう要素は無いはず。
大丈夫!大丈夫なはずなんだけど…
あれ?いつの間に周りに居た人達ちょっと離れ気味なの!?
僕の半径75センチ(目測)だけ人が居ないって不自然じゃない??
あれ?さっきまで斜め向いで談笑してた子爵令嬢さん、赤ワインの入ってるグラスなんて持ってたっけ!?談笑中はシャンパン飲んでたよね??
ドン!!!
振り返って誰かに「邪魔するな!離せ!」と吠えながら向かってきた第2王子のポメニアン殿下は、子爵令嬢さんのグラスを持っていた右手にぶつかり、飛んだワイングラスは見事に僕の頭の上に着地。無事白地の一張羅はピンクに染まった。
一瞬あ、やべって顔したポメニアン殿下だが、すぐ蔑んだ眼差しで「無様だな!俺様の通り道に立っているからそんな目にあうんだよ!」と僕を鼻で笑いパーティ会場から出ていった。
振り返りながら歩いてたので、進行方向がドアからちょっとだけズレてしまったみたい。
僕3メートルも離れてたのに。
☆U^ェ^U☆Uo・ェ・oU☆
僕はゴールデ伯爵家の令息レートリー。
僕が6歳の時に開かれた王城でのガーデンパーティーから、僕のぶつかられ人生が始まった。
当時5歳だったポメニアン殿下の側近と婚約者を選定するため、歳の近い高位貴族の子息令嬢が集められた。
高位貴族とはいっても末席の伯爵家、しかも僕は3人兄弟の一番末っ子。優秀なお兄様達ならまだしも王子の側近なんてとてもとても。そんなコミュニケーション能力僕には無い。
庭の隅っこで美味しかったマドレーヌのカスをアリさん達にお裾分けしていた。
一生懸命巣へと食べ物を運ぶアリさん達。
天からご飯を施してあげる僕。
ほわほわとした万能感に包まれていた僕の背中に衝撃が走った。
しゃがんでいた僕はそのまま前につんのめり、アリさん達の上に倒れ込む。
ふわぁぁあアリさーーん!!!
背中の衝撃は群がる令嬢の勢いに圧倒され、庭園に逃げ込もうとしたポメニアン殿下が、緑地の服を着て芝生と同化した僕の背中に蹴っつまずいたらしい。
ポメニアン殿下から初めて賜わったお言葉は
「じゃまだ!雑草おとこ!」だった。
それからも何故か行く先々で怒れるポメニアン殿下に遭遇し、僕はその度に転んだ。
パパが忘れたお弁当を届けに職場(王城)へ行ったときも、マナー教師へ悪態をつきながら逃げていたポメニアン殿下と廊下の角で出会い頭にぶつかり僕は見事にひっくり返った。
お弁当のサンドイッチは崩れてしまった。
僕の従兄弟のラブラドル君とこっそり下町へお忍びに行った時は、たまたまポメニアン殿下もお忍びに来てた様だった。ポメニアン殿下を始めとする、側近に選定された騎士団長子息ドベル様と宰相子息のボルーゾイ様。
後光が差すほどキラキラしい3人と、それを囲む厳つい護衛さん達。全くお忍びになっていない団体が道の向こうに居た。
ほえ〜と眺めている僕達と下町の人達。
ポメニアン殿下が何か怒鳴り、キラキラ側近2人と護衛さん達を撒くように走り出した。のを見てビックリした僕は転んだ。あ、これはぶつかられてないや。
僕は7歳で学院に入学し平穏な学院生活を送っていたが、1年後ポメニアン殿下が入学すると、至る所で目立たない僕につまずく怒れるポメニアン殿下が見られた。
ポメニアン殿下は誰彼構わず噛み付いた。教師にも上級生にも、たまに令嬢にまで容赦なく吠えた。授業が始まる寸前に木の上から飛び降りてきたり、放課後の体育館倉庫から飛び出してきたり、そして僕は何故かすべての場に遭遇し、殿下にぶつかられてひっくり返る運命だった。
砂埃や殿下の足跡や謎の液体で汚れた制服は爺が毎日回収してくれた。
いつもありがとう。爺。
☆U^ェ^U☆Uo・ェ・oU☆
ポメニアン殿下には婚約者がいる。殿下と同じ歳のサルキー公爵令嬢だ。
輝くばかりの美貌と高潔で真面目でありながら、貴賤を問わない優しさを持つ完璧令嬢だ。
僕も廊下ですれ違った時にサラサラとなびく髪からとても良い香りがしてポーっとなった。素敵だ。
怒れるポメニアン殿下を追いかけて宥め、後日暴言を吐かれた教師や学生達に、殿下が厭われないようさり気なくフォローを入れるサルキー公爵令嬢。
登場はいつも僕が転がって立ち上がった後だけど。
もう少しだけ早く追いかけてもらえれば、爺の負担が少なくなるかもなんだけどなぁ…ま、令嬢はドレスだし仕方ないか。
僕から見てポメニアン殿下とサルキー嬢の仲は決して悪いものではなかった。恋愛とは違うかもしれないけれど、支え合う戦友の様な…や、違うな。しっかり姉と甘えたな弟の様な関係に見えた。
2年生に進級してすぐ、パピヨンヌ男爵令嬢が転入してきた。その頃からポメニアン殿下とサルキー嬢に距離が出来るようになってしまった。
二人の出会いは転入初日に校門前でパピヨンヌ嬢が転びそうになり、通りかかったポメニアン殿下の胸に飛び込むというあれ?恋愛劇かな?的シチュエーションだった。
僕は上履きのシューズを忘れて、爺が届けてくれるのを昇降口で待っていたので全て見ていた。
僕はポメニアン殿下は人を転ばせるだけではなく助けることも出来るんだ…と思った。
パピヨンヌ嬢は庶子で下町育ちとの事だった。男爵家の元メイドだった母親が亡くなり、父親であった男爵に引き取られたらしい。
貴族にも通用する可愛らしい顔立ちなのに、庶民のような親しみやすさを持つパピヨンヌ嬢はあっという間に令息達の人気者になった。
そして中々積極的な性格のパピヨンヌ嬢はポメニアン殿下とどんどん距離を縮めた。
学級委員長になったポメニアン殿下は、副委員長にパピヨンヌ嬢を指名した。サルキー嬢の影はますます薄くなり、諫める立場のはずの側近2人も、パピヨンヌ嬢と親しくなっていった。
中庭のガボゼでポメニアン殿下とパピヨンヌ嬢が額を寄せあい話している姿を見かけた。
去年まではサルキー嬢がお隣にいたのに。
僕はとても悲しい気持ちで花壇にいたアリさん達にランチのパン屑を振舞っていた。
☆U^ェ^U☆Uo・ェ・oU☆
教師生徒男女の区別をつけず怒る上に、婚約者を蔑ろにするポメニアン殿下の評判は落ちていき、影で悪役殿下と呼ぶ者達まで出てきた。今まで有ったサルキー嬢のフォローが無くなってしまった事も事態に拍車をかけた。
ポメニアン殿下は遠巻きにされ、ますますパピヨンヌ嬢と行動することが増えていった。
そんな中、事件は起こってしまった。
学芸発表会で発表する劇の練習中、ポメニアン殿下に対する断罪がクラスメイトから始まってしまったのである。
僕はトイレに行くために廊下を歩いていたのだが、ポメニアン殿下の教室から声が聞こえてきたのでそっと覗いていた。
「ポメニアン殿下はお怒りになってばかり!」
「どうしていつもそんなに尊大な言い方をされるのですか?」
「パピヨンヌ嬢を寵愛されて、サルキー嬢のお立場を考えていらっしゃるのですか!?」
みんな2年生なのに難しい言葉知ってるんだね。
ポメニアン殿下は突然の断罪にショックを受けたようで青ざめた顔で震えていた。
あ、やば。我慢できなくなったのであろう、ポメニアン殿下は僕の覗いていたドアに向かって涙目で走ってきた。
今までに無い強い衝撃がみぞおちに走ったが、なんとか僕はポメニアン殿下をお腹で受け止めた。
「待って待って〜みんなからそんな言われたら、ポメニアン殿下悲しくなっちゃうよ〜」
吹き飛んで尻もちをついた体勢で、ポメニアン殿下をギュッと抱きしめながら僕はみんなを諌めた。
「「「レートリー伯爵令息!!」」」
「ポメニアン殿下、言葉は悪いけど理不尽な事は言わないでしょ〜。も〜みんなも知ってるくせに〜。ポメニアン殿下も言い方を考えないとみんなも悲しくなっちゃうからね〜悪いとは思ってるんでしょ〜?」
そう。実はポメニアン殿下正義感が強すぎて周りからちょっと敬遠されちゃうタイプの王子なのである。
王族のくせに口が悪く、悪役みたいなセリフを吠えちゃうだけで、本当は凄く優しい子なのだ。
今回は劇の練習に熱くなってしまい、いつもの強い口調が出てしまったのだろう。パピヨンヌ嬢をクラスに馴染ませようと主役に推したのも、令嬢達には寵愛に見えちゃったのかな?
僕との最初の出会いの時は令嬢達の勢いが(本人は認めないけど)怖かったみたいで思わず吠えちゃったけど、後でちゃんとごめんねしてくれた。
幸いアリさん達に死傷蟻が出なかったから(とっさに僕が四つん這いで避けた。)一緒にマドレーヌのカスを施して、天の神ごっこして遊んだ。
マナー教師を怒ったのは、サルキー嬢に嫌味を言ったからだし(これはお茶会で嫌味を言われた時の対応を教える為のものだったらしい。あとでちゃんと説明されてごめんなさいしたよ。)崩れたサンドイッチの変わりに、パパと僕は宮廷ランチをご馳走になった。
崩れたサンドイッチは食べれると言い張る殿下が僕達の向かいの席で食べてくれた。
パピヨンヌ嬢はお忍びで下町に行った時に、馬車に轢かれそうなったのをポメニアン殿下が助けるという(正確には飛び出したポメ殿下とパピ嬢を護衛の人が抱えて助けた。殿下その場でめっちゃ怒られてた。)命の恩人枠で敬愛対象だった。
ガボゼではその時に似顔絵師に書いてもらった肖像画を見せていただけだし、そもそもサルキー嬢とはクラスが別になってしまったので一緒に行動出来なかっただけである。僕が悲しかったのはパン屑の取り合いで、別のコロニーのアリさん達と争いを始めようとしたからだ。
追いパン屑により解決したけど、争いの無い世界って難しいよね。
教師生徒男女関係なく怒る時は、大概立場の強い子が弱い子に、理不尽だったり意地悪な事を言った時だし、木の上の仔猫を助けたり、肝試しで体育館倉庫に取り残された子を迎えに行ったり、ポメニアン殿下はみんながより良い学生生活を送れるよう頑張っていたのだ。
口が悪いのだけがなぁ。ありがとうって言われて照れて悪役セリフが出ちゃうんだって。
ちなみに毎回汚れちゃう僕のお洋服は、ポメニアン殿下がお城の洗濯係さんにお願いしてクリーニングしてもらったのを爺に返してくれてたんだ。
お城の洗濯係さん、いつもありがとう!
何故に僕がそこまで内部事情を知っているのかって?
それは…ゴールデ伯爵家の家業は王族の見守り、
通称Greenladys(緑のおばさん)なのだ!
僕がまだ未熟なせいで見守り対象のポメニアン殿下とニアミスしちゃうけど、パパみたいに存在感皆無になるのが目標!
けど今回だけはポメニアン殿下とクラスメイトを争わせたくなくて、口を挟んじゃったから爺に教育的指導されちゃうかなぁ。
兎に角、僕の口添えでポメニアン殿下とご学友様達は無事仲直りした。
今後口調には気をつけるとポメニアン殿下はみんなに誓い、悪役(口調)殿下の汚名は返上できるだろう。
…と思っていた時期も僕には有りました。
成人(18歳)になったポメニアン殿下の口調は相変わらず悪役っぽいし、走り出すと何故か僕に向かってくるので巻き込まれる。
今日も不埒な薬物を仕込んだ赤ワインを男に渡され、それを飲もうとした子爵令嬢を助けるために壇上から走り込んだポメニアン殿下に巻き込まれたし。
早くパパから壁紙同化の秘技を教わりたいと思う僕なのでした。
おわり
学園イメージは仔犬のしつけ(甘め)教室
レートリー・ゴールデ伯爵令息
輝く金髪で体格は大柄。顔立ちは優しげで、のんびりとした父性溢れる性格。目立たない様になりたいが、輝く金髪ですぐ見つかる。父、兄2人も金髪だが存在感を消すと輝きが消滅する。レートリーはまだ出来ない。
従兄弟のラブラドルはチョコレート。
ポメニアン殿下
ふわふわの濃いブラウンヘアでうるうるとした黒目がちな第2王子。体格は小柄。キャンキャンと吠えて強がる姿は愛らしく、みんなに愛されている。退出する時にキラキラの金髪が見えると無意識に向かってしまう癖がある。サルキー公爵令嬢に頼りにされる男を目指している。
サルキー公爵令嬢
ポメニアン殿下の婚約者。ほっそりとして銀髪サラサラヘアの完璧令嬢。ポメニアン殿下を溺愛しており、ストーカー一歩手前までいった事があるがマナー教師が必死に教育した。レートリーは恋愛感情に疎い。
パピヨンヌ男爵令嬢
ふわっふわのツインテール。色はミルクティーブラウン。小首を傾げる動作があざと可愛い。ポメニアン殿下に顔立ちが似ており、実はサルキー嬢のお気に入り。
父(男爵)と母(元メイド)は普通に恋愛関係だったが、男爵に見合いの話が出て母が身を引いた。別れた後に妊娠が発覚。実家のある下町で祖父母と4人で暮らしていたが、母が亡くなり祖父母だけでは育てられなくて父親に引き取られた。敬愛しているポメニアン殿下が新しいクラスで孤立気味だったので一緒に行動してあげていた、普通に常識人。
ドベル騎士団長子息・ボルーゾイ宰相子息
ポメニアン殿下の側近。本当は活躍させたかったが出番作れず。精悍なドベルと王族並の高貴な雰囲気のボルーゾイにちょっとだけコンプレックスなポメニアン殿下。
クラスの令嬢・令息達
終わりの会で「〇〇君達は休み時間に雑巾と箒で野球をしてました。いけないと思いまーす」と言ってるイメージで書いたけど、本来良家の子女でしっかりとした教育がされてるはず。王族を敬愛しているが、口の悪いポメニアン殿下に、つい突っ込んでしまう。
名無しなのでイメージ的にはプードル・マルチーズ・ジャックラッセルテリア系
爺
ゴールデ伯爵家に代々仕える。万能で、優しく然りげ無いアドバイスをしてくれる。今はレートリーの教育係兼執事。名無しなのでイメージはバセットハウンド
お城の洗濯係
超絶優秀。この人に落とせないシミは無い。
レートリーのお気に入りの一張羅も新品同様の白さを取り戻した。ポメニアン殿下はいつもお世話になってるので頭が上がらない。名無しなのでイメージは日本スピッツ