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第1話 人生の絶頂からどん底へ!

隙間時間にお気軽に読めるミステリーを、と思って書きました。良かったら、ご一読下さい。


「美緒、君とずっと一緒にいたい。結婚して欲しい。」


高層ビル群を見下ろす夜景が眩いレストランで、私はプロポーズされた。

相手は時価数十億の資産を持つITベンチャー企業の社長。私はその会社でシステムエンジニアとして働く入社2年目の女子社員だ。


社長は32才独身。長身で瘦せ型。優しい笑みを浮かべ穏やか口調で話す姿は、いつだって女子社員の人気の的だ。私も同期入社の女の子達と、玉の輿狙っちゃおうかな、なんてよく冗談半分に笑い合っていたものだ。それが今現実になろうとしている。何の不満があろうか!


「私なんかで良ければ。喜んでお受けします。」


精一杯、神妙な顔をして答えると、彼は安堵の表情を浮かべる。

その後、渡された婚約指輪は見たこともないような大粒のダイヤで、突き抜ける幸福感から軽い眩暈すら覚える。

今にして思えば、この瞬間が私の人生の絶頂だったのかもしれない。


―――――――――――――――――――


私たちの婚約は数日後には、全社員の知るところとなった。

社長が早い段階でオープンにしたこともあるが、100人にも満たない小さな会社だったから、噂が回るのも早かったのだ。


「おめでとう!玉の輿だね。私も狙ってたんだけどなあ。」

同期の真美が早速祝福の言葉を掛けてくれる。彼女は一番の親友で、ランチタイムにはよく恋愛話しで盛り上がっている。


「良かったわね。でも仕事の方はしっかりやってもらうからね。」

理子先輩は、ちょっと手厳しい。でも美人で仕事もできる彼女は、私にとっての憧れだ。


「社長は今すごく仕事がハードだから、しっかり支えてくれよ。」

小林リーダーは私の肩を軽く叩くと、励ましの言葉をくれた。


「皆さんありがとうございます!これからもご指導よろしくお願いします。」

皆に祝福されて私は幸せだった。


――――――――――――――――――――


それから一週間ほど後のことだ。

その日はソフトのデバック作業で朝から超多忙だった。

関係者総出で取り掛かったものの、一通りの目途が付いた時にはもう夕方になっていた。


「ちょっと休憩するか。15分後に再開しよう。」


小林リーダーが声を掛けると、メンバーはパラパラと部屋から出て行った。

私は外の空気が吸いたくて非常階段に向かう。


非常階段はいわゆる外階段だ。鉄骨と金属メッシュだけで作られた無骨な作りで、まともな屋根もない。だがその分風通しが良く、最上階ということもあって眺めもいい。仕事に疲れた時の密かな憩いの場だった。


しばし風にあたりリフレッシュしてから、会議室に戻ろうとする。

だが建物に入る扉が開かない。鍵を掛けられた?しかも照明まで消えている。

「すいません、誰かいませんか~!」

大声で呼びかけるが返事がない。仕方なしに私は階段を降り始めた。


階段は薄暗く風が強かった。かなり慎重に降りていたのだが、踊り場でバランスを崩してしまう。足元に置かれたブロックに、つまづいてしまったのだ。


慌てて手すりを掴むが、それはいとも簡単に外れた。

勢い余った私の体は、手すりを乗り越えて8階の高さから転落!


それを救ったのは、私の運動神経だった。学生時代に新体操で鍛えた筋力とバランス感覚で何とか踏みとどまった。あと一歩間違えば、コンクリートの地面に叩き付けられていたことだろう。


どうして手すりが外れたんだろう。しばし呆然とした後に、それを観察した私は凍り付く。

手すりを固定するためのボルトが、私が掴んだ部分だけ外されていたのだ。


――――――――――――――――――――


その日の仕事帰り。駅に向かって歩きながら、今日の出来事を思い返す。

あの手すりとブロックは、誰かが意図的に細工したのでは?

私が非常階段に出るのを見計らって、誰かが鍵を閉め、照明を消したのでは?


そう言えば、ここ最近不審な出来事が続いていた。

知らない番号から無言の着信が何件も入っていたり、私物が無くなったり。


つい先日も個人ロッカーに入れておいたはずのカーディガンが、違う階のゴミ捨て場で見つかった。切り刻まれた状態で。


――――――――――――――――――――


その時、一人の占い師の姿が目に入る。

ビルとビルの間の狭い空間にポツンと置かれた小さな机と、その後ろに座る老婆の姿が。


机の上には水晶玉と、【無料占い。悩み事お聞きします。】と書かれたボードが置かれている。

無料の気安さもあり、気付くと私は老婆の前に座っていた。


「ずいぶんと悪い気を集めてしまってるね。このままだとあんた、近いうちに死ぬよ。」


老婆は私の顔を見るなり、物騒なことを言う。


「それは困ります。その悪い気っていうのを、追い払う方法はないんですか?」


老婆の言葉を信じたわけではないが、今日の出来事はやはり気になったのだ。

老婆は私の顔から水晶玉に視線を移すと、小さく呟きながら両手をこすり始める。

かなりの時間が経った後、老婆がようやくと口を開く。


「ふむふむ、見かけより賢い子のようだね。だとしたら、あたしから言うことは何もないよ。あんたには、とっくに答えも分かっているんじゃろうからね。」


―――――――――――――――――――――――――


次の日の夕方、デバック問題のフォロー会議があった。

昨日の反省点の洗い出しや今後の方針を確認したところで、小林リーダーが散会を宣言。

というタイミングで私は手を挙げ、発言を求める。


「デバックの時、皆さんの足を引っ張ってしまい申し訳ありませんでした。正直プライベートで浮かれてしまい、業務がおろそかになったと反省しています。」


気にするなよ、という声がある一方、冷ややかな視線を送ってくる者もいる。


「私なりに悩んだのですが、社会人として未熟なうちは仕事に専念すべき、との考えに至りました。社長との婚約は白紙に戻したいと思います。」


場は騒然となった。

「思い切った!」「気にすることないのに」「もったいわ~」

皆が好き勝手に話し始める。

慌てた小林リーダーは皆を制止しつつ、私に質問してきた。


「我々が口を出すことじゃないと思うけど、社長も納得済みなんだよね?」


騒がしかった会議室は一瞬で静かになり、皆が聞き耳を立てる。私は答えた。


「社長には今夜、夕食をご一緒する時に伝えるつもりです。」


――――――――――――――――――――――――


その日の夕食は、会社近くに先月オープンしたイタリアンだった。

まだ仕事の途中という社長は、ラフなポロシャツ姿に優しい笑みを浮かべて現れる。


社長はいまでこそ仕事三昧の日々を送っているが、学生時代はバックパッカーとして海外一人旅に明け暮れていたらしい。今日もアフリカを旅した時の話を面白おかしく語ってくれた。


楽しいひと時を過ごした後、社長とは店の前で別れた。

会社に戻って、仕事の続きをするらしい。

私は社長を見送った後も、しばし店の前でたたずむ。


婚約破棄はフェイクだ。あれは犯人をあぶり出すための罠。

今夜社長には何も話していない。


犯人の目的は、この婚約を中止させること。

だとしたら、今夜の話し合いは気になってしかたないはずだ。


コツコツコツ、後ろから靴音が近づいてくる。やはり現れたようだ。

私はゆっくりと振り返る。


「今社長とすれ違ったんだけど、もしかして例の話し合いだったの?」

「あの話しを聞いてから、ずっとあなたのことが心配だった。」

「でどうだった?社長には何て言われた?」


その人は興奮した口調で、矢継ぎ早に質問してくる。

いつもの冷静沈着な様子とは全く違う、真っ赤に上気した顔で。

それは、私が尊敬してやまない理子先輩だった。


―――――――――――――――


「先輩だったんですね。非常階段に私を閉じ込めたのも、手すりとブロックに細工をしたのも。」


「何言ってるの?あなたが急に婚約を破棄するって言うから、私は心配になって来ただけよ。で社長は何て言ったの?」


理子先輩は興奮しつつも平然とした様子だ。やはり私では敵わない相手なのか。


「婚約破棄の話しはしていません。元々するつもりも無かったですが。」


一瞬、理子先輩の顔に怒りの表情が現れ、すぐに消えていく。


「デバックの不手際を責められたから、言い逃れをしたのね。そんな必要ないのに。」


理子先輩はすっかり落ち着きを取り戻したようだ。このままだと逃げ切られてしまいそうだ。私は最後の切り札を出す。


「先輩、以前社長とお付き合いしてたそうですね。それも婚約までしたとか。」

「でも社長から一方的にそれを破棄された。今は仕事に集中したいからという理由で。」


理子先輩の表情がみるみるこわばっていく。先程までの余裕が嘘のようだ。私は構わず続ける。


「社長言ってましたよ。仕事では良いパートナーなんだけど、プライベートでは退屈な女だって。それが婚約破棄の本当の理由です。」


うおおっ!腹の底から絞り出すような低い唸り声とともに、理子先輩が私に掴みかかってきた。私の腕に爪を立て、かきむしる。


「痛い!」


思わず悲鳴を上げて右腕を見ると、血が流れている。それを見た理子先輩は急に大人しくなり、その場にうずくまる。そして静かに泣き始めた。


―――――――――――――――――――


次の日、理子先輩は会社を退職した。一身上の都合とのことで詳細は知らされなかったが、噂では地元に帰って家業を手伝うらしい。私もこれ以上、彼女を追い詰めるつもりはない。


社長には婚約破棄を申し出た。

直後こそ渋っていたものの、元カノが社内に多数いることを指摘するとすぐに快諾してくれた。そして早くも新しい彼女ができた。相手は同期の真美。彼女は勝ち誇った顔で、私を見下すようになった。


本当のところ、私には多くの真実が見えていた。社長の女癖の悪さも、同期の激しい嫉妬も、やたらと体を触ってくる上司のセクハラも。だから心優しい先輩の暗闇も理解はできるのだ。


私もこの会社を退職することにした。来月からは派遣社員として某老舗企業で働く予定だ。次こそは素晴らしい出会いを期待している。玉の輿を諦めたわけではないのだから。


(第2話に続く)


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