ビーチボールと青い猫
海岸の砂浜での遊びの定番といえば、ビーチボール遊びですね。
競技としてのビーチバレーは、オリンピック種目にもなっています。
でも今回のお話はそれではなく、屋内の球技でございます。
ビーチボールバレーまたはビーチバレーボールと呼ばれ、バドミントンのコートを使います。
富山県や東京都足立区などを中心に、日本各地で実施されているようです。
このお話は小学生の少年が近所のお姉さんに相談を持ち掛けるというものです。
既出小説の人物がでますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
知様主催『ビタミンカラー祭企画』参加作品です。
僕が小学校から帰る途中、近所のお姉さんが前を歩いているのに気がついた。
「あ、実佳姉ちゃん。こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あら、浩二くん。今日はどうしたの?」
実佳姉ちゃんも中学校の帰りのようだ。
ここで会えてよかった。後で実佳姉ちゃんちに行こうかと思ってたところだったんだ。
最近は宿題とかでわからないことがあったら、実佳姉ちゃんに相談している。
いつも助けてくれるスーパーお姉さんだ。
「あのね。僕、ビーチボールバレーの試合に出ることになったんだ。今度他の小学校と対戦するんだよ」
「あれれ? 浩二くんって、小学校のビーチボールのクラブには入ってなかったよね?」
「僕はクラブには入っていないよ。こないだ体育の授業でやっただけ。でも、そこで活躍できたから、今度の対抗戦のお手伝いで呼ばれたんだ。男子の数が足りないんだって」
ビーチボールバレーは砂浜ではなく、体育館のバドミントン用のコートで試合をする。
四対四でビーチボールを打ち合う、バレーボールみたいなスポーツだ。
「僕、クラブの子から聞いたんだけど、実佳姉ちゃんも小学校の時にクラブに入ってたんだよね。すごく活躍してたってきいたよ。小学校の体育館にある表彰状を見たんだ。あのブルーキャッツって、実佳姉ちゃんのチームでしょ」
「あはは……。懐かしいね。あのころは青猫軍団って呼ばれてたよ」
「それでね。来週、試合にでるから、技とかを教えてほしいんだけど」
実佳姉ちゃんはちょっと考えて言った。
「試合のメンバーの四人は決まってるんだよね。1人にサーブを打ってもらって、残り3人でレシーブ・トス・アタックの練習をやるのが基本だよ。役割を交代しながら、それを繰り返して練習するといいよ」
「クラブのコーチの人も同じことを言ってた。でも、メンバーの男子で塾とかで忙しい子もいて、あまり四人そろって練習できないんだ。僕も図書委員の日はできないし」
「人数が足りないんだったら、コーチの人か女子にサーブを打ってもらって、レシーブとトスを中心に練習だね。浩二くん一人が無理することもないよ。頑張りすぎるとケガしちゃうかも」
「……僕、同じクラスのシノブちゃんから『期待してるよ』って言われたんだ。だから頑張るんだ」
シノブちゃんはショートカットの髪型をしたかっこいい女の子で、クラスのみんなから人気がある。
ビーチボールの練習でも、他のチームの子にもいろいろアドバイスをしていた。
「へー……」
あれ? 実佳姉ちゃん、今ちょっと機嫌が悪い?
「それにシノブちゃんから、実佳姉ちゃんの活躍のことも教えてもらったんだよ。実佳姉ちゃんって大会でサーブだけでも何点も取ってたんでしょ。僕もそれやってみたい」
ビーチボールバレーは1セット15点までで試合をする。
表彰状をもらった大会では、実佳姉ちゃんはサーブで連続10点以上とってたらしい。
「あたしの時は回転サーブありだったからね。浩二くん、できるの?」
「僕、うまくできない。それに今度の試合では、クルクルサーブは禁止だって」
ビーチボールバレーのサーブはボールを投げ上げて、下から打たないといけない。
まっすぐ下から打たないと、やりなおしになる。
回転サーブ、別名クルクルサーブは、ボールを前に回しながら投げ上げて打つサーブだ。
うまい人がやると、打ったボールがネットを越えたところで急降下する。
アタックと同じくらいのスピードで落ちてくるので、レシーブできないんだ。
自分に向かってボールがきたら、結構怖いし触れない。
今度の対抗戦では使わないから、一安心かな。
「浩二くん。ちょっとランドセル置いて、普通のサーブの真似をしてみて。素振り」
「え? うん。いいよ」
僕はランドセルを地面に置いた。
ボールを投げ上げるイメージで、それを下から打つ動作をやってみた。
「ふむふむ。そっかそっか。じゃあ、今度は上半身と両腕の力を抜いてブラブラってしてみて」
「……? ぶらぶらー」
「そうそう。今度はそのまま力をいれないで、サーブの素振りしてみようか。ボールのことは気にしないで、腕は最後まで力を抜いて振り切ってね」
僕は言われた通り、力を抜いて素振りした。
びゅんっ!
「あれ? 腕が速くなったみたい」
「それでいいの。手にボールが当たるまでは力を抜くのよ。当たる寸前に力を入れるの。ビーチボールより重いドッジボールに叩きつけるイメージで素振りしてみて」
僕はそのイメージで腕を振ってみた。
「浩二くん。サーブはそんな感じで打ちなさい。それと、狙うのは相手コートの一番奥。いえ、コートの向こうまで飛ばすつもりで打って」
「え? コートからでたらアウトになっちゃうよ」
「それでいいのよ。レシーブされてアタックを打たれるより、相手をびびらせて点をくれてやった方がいいんだよ。基本は全部遠くまで飛ばしてね」
「う、うん。わかった」
僕が答えると、実佳姉ちゃんはニコッと笑った。
「じゃあ、必殺技を1つ教えてあげようか」
「え? なになに? 必殺技ってあるの?」
実佳姉ちゃんはサーブの構えで、ボールを投げ上げる動きをとった。
そこからスローモーションみたいにゆっくりと腕を振った。
「ボールが当たるまではさっきと同じで、力を抜いてすばやく振るの。で、ボールに当たったところで手を止めるのよ」
「え?」
「正確には、一瞬だけ振りを遅くして、ボールが手から離れたらまた素早く振りきるの。やってみて」
「え? え? こんな感じかな」
僕は言われた通りやってみた。何か変な感じ。
「うまくいけば、ネットを越えたところでボールが落ちるんだ。試合で自分のサーブの番が回ってきても、最初はこの技を使っちゃダメよ。その前にコートの後ろに打って、相手を後ろに下がらせておくの」
「あ、そうか。コートの奥に打つと見せかけて、ネットのところに落とすんだ」
「そうそう。でも何度も繰り返してやるとバレるから、1試合に1回だけにしようね。サーブは基本的には全部、コートの奥を狙って打ってね」
「うん、わかった」
実佳姉ちゃんは今度は素早く手を振った。
よく見てると、ボールが当たる所で少し遅くなったようだ。
「試合までにサーブを打つタイミングとか、力の抜き方とか練習しとこうね。打ちこんだサーブがネットに触ってたらやり直しになるけど、自分のコートに落ちたら相手の点になっちゃうからね」
「打つのが弱すぎてもダメってことだね。あ、もしも相手がこのサーブを知ってて、同じサーブを使ってきた場合って、どうやってレシーブするの?」
「そうねえ……相手の手の動きはこっちから見えないから、音で判断するしかないね。きれいなレシーブが難しい場合は、なるべく真上に高くあげるといいよ。他の人が拾ってくれるから」
「なるほどね。あ、そうだ。実佳姉ちゃん。ブルーキャッツって、ネコアタックっていう技を使ったってきいたけど」
僕がきくと、実佳姉ちゃんはちょっと困ったような顔をした。
「それ、猫招きアタックのことだよね。ネットぎわにトスを上げてもらって、ボールをほとんど真下に落とすんだよ。ボールを叩くときに、肘をまげて引き落とす感じね。でも、やめた方がいいよ。ネットに身体とか服が触れると相手の点になるし、手がネットを越えてもダメなのよ。それに変な打ち方になるから、腕をケガするかもしれないの」
「え? そうなの?」
「うん。だから、アタックも遠くを狙うの。アタックを打つ前に、ネットから十分に距離をとっててね。トスはネットから1メール以上離れたところにあげてもらって、助走をつけて前に飛びながら打つの。打つ時は、ボールは水平にまっすぐ前に打ち出しなさい。そのつもりで打てば、ボールは床に叩きつけられるから」
「わかったよ。アタックを打つ前はネットから離れるんだね」
「相手のサーブの時、レシーブしたボールがトスの人に綺麗に届けば、いいトスが上がる。いいトスが上がればアタックが決まるの。3回で相手コートに返さないといけないから、試合までにレシーブ、トス、アタックのリズムをつかんでおこうね」
実佳姉ちゃんは、ぴょんと前に跳んだ。。
全身がバネになったような、しなやかな動きでアタックをした。
かっこいい!
「こんな感じよ」
「すごーい。あ、実佳姉ちゃん。僕、猫招きアタックも見たい」
「そう? じゃあ、ここがネットだとして、この辺りにボールをあげてもらうの」
実佳姉ちゃんはその場でまっすぐ上にジャンプした。
手首のスナップを効かせて引き落とした。
ほんとに右手が招き猫みたいな感じに見えた。
「浩二くん。さっきも言ったけどね。このアタックは腕や肩に負担がかかるから、やっちゃダメよ」
「うん。ありがとう。実佳姉ちゃん」
「試合、がんばってねー。あたしも浩二くんの活躍、期待してるよー」
* * * * * *
翌週、試合が終わった後、僕は実佳姉ちゃんの家にやってきた。
結果を報告したかったのだ。
「お疲れさま、浩二くん。あたしも用事がなかったら応援に行きたかったよ。で、今日の試合はどうだったの?」
「うん。僕のチームは3回試合して2回勝った。あの必殺サーブは2回決まったよ。3回目はバレてたかな。レシーブされちゃった。あ、他のサーブもアタックも言われた通り遠くを狙ったよ。サーブは全力で打ってもコートの外までは行かなかった」
「そうなの。で、クラスメイトのシノブちゃんの期待に応えてあげられたんだ」
「いやー。僕もいちおう活躍はできたけどね。メンバーのハヤトくんがアタックをばんばん決めてて、シノブちゃんも他の女の子もみんなその子を応援してた」
となりのクラスのハヤトくんは、僕より背が低いのにジャンプがすごかったんだ。
まるで羽根がはえてるみたいに跳んで、アタックを決めていた。
試合の後はシノブちゃんとハイタッチしてたな。
「ふふっ、そうなんだ。ハヤトくんって、ブルーキャッツのメンバーの弟くんだよ。昔から上手だった。シノブちゃんとも、いっしょに練習してたよ。だけど今回は浩二くんだって、すっごく頑張ったんだね」
実佳姉ちゃんは、ぴっと僕の膝を指さした。
なんどか床にぶつけた膝小僧がまだ少し赤い。膝サポーターをつけてたのに。
「浩二くん。まだ動ける? あたしも久しぶりにやりたくなっちゃった」
実佳姉ちゃんはカラフルなビーチボールを取り出した。
青ペンで猫のイラストが描かれている。
「今日は風がないから、そこの公園でトスの打ち合いっこしようよ」
「うん。やる!」
「ふふっ。ブルーキャッツのトスを教えてあげるよ」
実佳姉ちゃんはピンと伸ばした指の上で、ビーチボールをコマのようにくるくる回した。