くっそー!
「わああん!!!ヤダ!!思いっきり踏んだ、ちょ、ねえ!!なんでこんなとこに?!てゆっかヤバイまだこのズック先週買ったばっかなのに!!…全然取れない、どっか砂利ない?!」
間も無くうららかな春の陽気があふれること間違い無しの、よく晴れ渡った朝の街中に、私のだみ声が響き渡る。
朝六時過ぎの澄んだ空気が爽やかに漂っているはずなのに、私のまわりは不快感でいっぱいだ!!
なぜならば…今!たった今!
私は、いぬ、イヌ、犬のうんこを踏んじゃったからだよっ!!!!
……なんで、こいつは!!!
……なんでこいつは、こんな所に、いるんだよぉおおおおお!!!
こんな街中で外に出てくんなよ!!
家に帰るまで腸内に留まっとけよ!!
何を正々堂々とアスファルトの上に居座っていやがるんだよぉおおおお!!!
道路は、道路は生きとし生けるものが闊歩する平面であって、命の脈動を持たないやつが寝そべってていい場所じゃないんだよぉおおおお!!!!
「も~wwwお母さん足もと見ないで歩いてるからだよ!!!」
「かわいそう…w」
被害を免れた娘と息子が…半笑いでこちらを伺っている。
くっそー!!!
人事だと思ってええええええええええ!!!
なぜだ、なぜ人はうんこを踏んだ人を見ると笑うのだ!
なぜだ、なぜ人はうんこを踏んであたふたしている人を見ると笑ってしまうのだ!
なぜだ、なぜ人はうんこを踏んで怒っている人を見ると笑ってしまうのだ!!
なぜだ、なぜ人はうんこを踏んで錯乱している人を見ると笑ってしまうのだ!!
実に被害を受けた者の心を逆なでする状況を生み出す、この、憎々しさ極まりない茶色い物体!!!
踏んで不愉快。
踏んで憤慨。
踏んで遺憾。
踏んで、踏んで、踏んで、糞でええええ!!!
「あそこに砂利あるよ!!水たまりもあるから、そこで洗えばwww」
「大丈夫。」
「グぬぬ…朝っぱらからもう……!!!」
くそ忌々しい茶色い物体を、砂利の上で足の裏をゴリゴリやりながら、刮げ落とす。
くそムカつく茶色い物体を、水たまりの上澄みに浸してちゃぷちゃぷやりながら、擦り付ける。
「ああ、とれたとれた、取れてるよ!!良かったね!」
「よかった。」
心優しい無傷の皆さんが、私の足の裏をのぞき込んで太鼓判を押してくださったよ!!
……どうやら、この疎ましさウルトラマックスの呪縛から、逃れることができたようだ!!!
「あーも―!!ひどい目に遭った…朝っぱらから腹立たしいことこの上ない、誰だ後片付けもしないで!!も~さ、片づけられないなら出すなって話じゃんね!!くそう、地味に健康丸出しの弾力のある踏み心地がまたなんとも小憎たらしくてさあ!!!」
「まあまあ、運が付いたと思っときなよ!!いいことあるって!!そのうち!!」
「いいことあるよ!」
私の普段の教育の賜物か、うちの子たちは皆、前向きでいい事を口にする癖がついている。
……そうだな、惨劇はもう過ぎ去ったのだ、今後は前を向いて、楽しい時間を過ごしてゆかねばなるまい。
「うぐぐ、そうだね、いいことあるよね…宝くじでも買ってみようかしら。」
そういえばずいぶん前に、砂場で猫のうんこ掘り当てたときは町内会のビンゴで商品券当たったんだよね、それ使って買った空気清浄機は未だ現役なんだよな…。そうだなあ、わりと前だけど頭の頂点にカラスの糞が直撃した時も千本引きで特等を当てたんだった、全然ほしくない香水でさあ、バイト先のヤンキーにあげたら喜ばれて・・・そういえばあいつ飯をおごるとか言ってたくせに結局ばっくれたんだよ、ぐぬぬこの恨みはらさでおくべきか……。
そんな事を考えながら幹線道路沿いの道に出ようとしたところで…。
どた、どた、どた、どす、どす、どす、どす……!!!
何やら、重低音が聞こえてきたぞ!!!
「あーん!!待ってよー!!何でおいてったの!!お父さんも花見行くって言ったじゃん、起こしてよー!!!待って、待って!!はあはあ、ひー、ひー!」
今日はみんな休みだから、朝一で花見に行こうって話だったんだよ。出店も並ぶらしいし、なんか催し物もやるって広報に書いてあったもんだからさ!
ところがどっこい、昨日夜遅くまで食べ放題の番組見てた旦那がさあ、ちっとも起きなくって!!!気を使って置いてきて差し上げたんだけれども、どうやらお気に召さなかったらしい…。
さては家のドアが閉まる音を聞いて飛び起きたな!!寝癖はそのまま、裸足にサンダル履き、わりとかなり恥ずかしいキャラクターものプリントのスウェット着用でアスファルトにめり込まんとする歩みでにじり寄る、爽やかな朝の風景に溶け込めない、やけにでかいおっさんの姿―――!!!
「ちょ…あんたその格好で花見行くの?!知り合いに笑われるよ?!ただでさえ愉快な体型してんのに、さらに輪をかけて見苦しい見た目…」
「ひどーい!!!みんな優しい人ばっかだから大丈夫だもん!!」
「お母さんひどい!!悪口じゃん!!」
「ひどい…。」
少々非難囂囂の声を浴びつつ、一家揃って桜満開の公園に向かいましてですね。
公園内をぐるっと回って、桜の写真をわんさか撮って、健康推進コーナーで背筋を伸ばしたりアキレス腱伸ばしたり、反復横跳びやったり垂直跳びやったり、開店直後の出店に右端から全部並んで一通り食べたりしたわけですけれども。
「ふひーん!!犬のうんこ、ふんだー!!!ねえねえ、どっかに砂利ない?!水は?!」
なんかどっかで聞いたようなセリフが頭の上から降ってキタ━(゜∀゜;)━!!
「ちょ!!お父さんも踏んだの?!さっきさあ、お母さんも踏んだんだよ!!ウケる!!夫婦で踏んでるとか!!!」
「仲がいい!」
満開の桜に気を取られていたら、足もとなんか…まあ、見ないかも、知れないぞ。
この事故は、起きるべくして起きた悲劇に違いない……。
よかった、自分には二度目の悲劇が起きなくて…そんなことを思いつつ、旦那の足の裏を確認して差し上げる…。
茶色いのが思いっきり足の裏にはりついているぞ、これはなかなか取れそうにない。
何でこんなに思いっきり踏み抜くかね、普通もっとそっと踏むんじゃないの。
「も~何やってんの?!足もと見て歩きなよ!!ぶよぶよしてるから踏むんだよ!!あと60キロ痩せろって言ってるじゃん!!」
「でも―!だって―!!落ちてると思わないじゃん……。」
「お母さんひどい!!かわいそうじゃん!!も~、ほらお父さん凹んじゃったよ!!」
「ひどすぎる。」
……どうやら、足の裏の面積に対しての重量の違いというのは、非常に被害の大きさに関係しているらしい。
砂利でごしごしやっても、水たまりでじゃぶじゃぶやっても、一向に剥がれ落ちない旦那の足の裏の茶色い物体よ……。
「もう諦めたら!!歩いてたらそのうち取れるでしょ!!ほら、あっちにも出店あるよ、食べるでしょ、花見団子!!!」
「食べる!!お父さんは桜餅と草団子とぼたもちも買お!!」
「あたし若鮎買いたい!!あとさっき買ったステーキ丼持って帰りたい!!」
「三色団子がいい!」
さんざんうまいもんを食い散らかして家に帰ったわけですけれども。
夕方に買い物に行こうと玄関を出たら…、玄関の階段に、ぺらぺらになった茶色い物体がですね?!
地味に直射日光を浴びて乾いているのがなんとも忌々しい。
こいつはおそらく、旦那の足の裏で潰されたあの物体に違いあるまい。
公園で旦那に憑りついてからおよそ8000歩、我が家までついてくる、見上げた根性。
……なぜここまではがれなかったんだ。
……なぜ階段の途中ではがれたんだ。
公園内は、細かい砂利というよりは、パラパラとした砂地と芝生が多かった。
おそらく粘土質である茶色い物体は、ゴム生地であるサンダルの裏にへばりついたまま、砂を身にまとって防御を固めたのだ。
砂というガードを経て、本体にダメージを受けることなく、我が家までやってきた。
そして、階段を上る時に、靴底がやわらかく曲がって、型で抜かれたクッキー生地のように剥がれ落ちた、と……。
なるほどねえ…。
……って!!!
ああ、なんで私は朝から夕方まで、うんこのことを思い浮かべなければならないのか!!!
クソ忌々しい糞めええええええええ!!!
私は怒り心頭で玄関わきの水道をひねり、ホースの先をつまんで勢いよく水をぶっかけてですね!!
憎たらしい物質を弾き飛ばしたわけですけれども!!!
翌日車に乗り込んだ際にですね!!
フロントガラスに茶色い破片が付着していてですね?!
怒り心頭で洗車をしたという、お話ですよぉおおおおおおおおお!!!!