茜色の街と黄昏の会話
旅日記 No.0172
次に訪れた世界は……
「おぉ~いい景色だな。」
肌を撫でる風がほんのりと温かさを感じ、七技は、いままさに太陽が地平線へと落ちようとしている、茜色に染まる静かな街に立っていた。
「さてと……」
風の忍術を密かに巡らせ、気配を探る。
「ここにも、あいつはいないか。」
七技は、腕の紋章を見て、次の世界へと空間を繋ぐにはもう少し時間が必要なようだった。
「数時間だけ時間があるな、久しぶりに景色を楽しむのも悪くはないな。」
七技は急ぐこともなく、あてもなく夕闇の迫る道を歩き始めた。
(本当にいい景色だな。)
川沿いの遊歩道に出たときだった。
「……あ」
欄干に肘を預け、沈みゆく夕日を眺めていた一人の男性と、ほんの少しだけ目が合った。
「……え」
どこにでもいそうな、小柄で三十代後半ほどの男性だった。
(……この世界の人間だな)
怪しまれぬよう通り過ぎようとした七技だったが、男性の方からふっと穏やかな笑みを向けられ、声をかけられた。
「綺麗な夕焼けですね。」
「えっ?」
「見かけない顔ですね。」
「……ああ。遠くから歩いてきた」
七技が立ち止まって答えると、男性は「へえ」と感心したように頷き、隣のスペースを軽く示してくれた。
「……となり、失礼します。」
七技は吸い寄せられるように欄干へ並び、二人は沈みゆく空を見つめながら、ぽつりぽつりと会話を始めた。
(話でもしたいのか、この男?)と心の中で思いながら……
「一人暮らしでね。仕事の帰りにこうして夕日を見るのが、毎日の日課なんです」
そう言って笑う男性に、七技も静かに耳を傾ける。
「そんなに大変な仕事なんですか?」
「まぁ、今はわけがあって仕事を……休んでいるのですがね。」
特別に大きな出来事があるわけではない、平凡でささやかな日常の話。だが、その言葉にはこの街で地に足を着けて生きている人間の温もりがあった。
(気になることを言う男だな……)と思う七技だが、旅を続けたいため(この人には悪いが聞き流すか)とあまり話を広げない感じで話を聞き続けた。
「何も特別なことはない街ですが……まあ、こうして今日が無事に終わって夕日を眺められるなら、悪くない一日だったと思えるんですよ」
男性の飾らない言葉に、長い旅をしてきた七技の胸がふっと軽くなる。
「……そうだな。こういう景色を見られるなら、悪くない」
お互いの名前も、どこから来てどこへ行くのかも深くは尋ねない。
「……久しぶりだな……」
「え?」
「いや、何でもないです。」
「俺も久しぶりです、こんな素晴らしい夕陽を見られて。」
ただ、夕暮れ時の短い時間の中で、二人は不思議と心地よい共感を分かち合っていた。
(…そろそろ別の世界に行けるな。)
太陽が完全に地平線の向こうへ隠れ、空の茜色が濃い群青へと溶け込み始めた頃、七技は腕の紋章の色が変わったことに気づく。
「今何時だ……?」
男性は小さく息を吐き、腕時計に目をやった。
「おっと、すっかり長居してしまったな。……それじゃあ、私はこれで失礼しますよ。良い旅を」
「ああ。少し話ができて、楽しかったよ。」
「そうでしたか、では。」
男性は穏やかに手を振ると、街の明かりが灯り始めた住宅街の方へとゆっくり歩み去っていった。
(本当に久しぶりだった……)
男性の背中が完全に影の中に消え、周囲に誰もいないことを確認した七技は、気づかれないように周りを確認してから、腕の紋章を光らせて次の世界へと旅立った。
「……良い街だったな」
ひとりごとのように呟き、七技は目の前に開いた空間の穴へと足を踏み入れる。
(気のせいか……あの男以外に誰も人の気配がなかった気が……)
七技が何かに気づく中、何事もなかったかのように穴は閉じ、茜色の街にはただ静かな夜風だけが吹き抜けていた。
七技は時に、異世界の住人と話すこともある。




