死人に口なし
「日登朔夜!この私と戦うのだ!」
日登朔夜に宣戦布告する三成光輝。
去年の秋から始まった二人の個人戦は毎週末飽きもせず繰り返される。
「今日の私は今までとは違う。貴様を今日こそ倒す!」
朔夜は何を言っているんだ?と怪訝な顔をする。
「返り討ちにして差し上げますわ」
と応じるのもいつものワンセットである。周囲はまた始まったとあきれ顔ですぐに興味を失う。恒例のそれであるがゆえに勝敗は見えていると皆一様に思っている。だが、二人の中では”恒例の”ではなくなっていた。
入学式の終わったばかりの週末に行われた幻想戦において二人の認識は変わっていた。
――今度こそ奴に一泡吹かせてやる。
光輝は勝つというそれではなかった。口上は倒すと言ってはいるが、その実、勝たなくても良かったのである。
――負けないまでも勝てないかもしれない。
朔夜は宣戦布告を受けて平然とした表情をしているが内心の焦りを自身で誤魔化せなかった。
二人の心中におけるパワーバランスは逆転していたのだ。
新学期になってから学則によって幻想戦だけでなく、幻想舞闘や団体戦である大舞闘会すらもレギュレーションが改定されてしまった。
幻想戦は1対1の個人戦であっても戦場にいる存在は観戦者であろうと自衛しない限りは無警告に攻撃して討ち取ることが出来る。無論、無警戒で巻き添えを食えばその時点で耐久度が減算され、戦場から離れても回復はしない。
このレギュレーションの改定で先行利益者となったのは光輝であった。先週末の朔夜との幻想戦で観戦者を”大量虐殺”した挙句、根こそぎ彼ら”犠牲者”の戦績ポイントを奪い取ったのである。
――戦略的勝利と戦術的勝利という判定基準が加わったことは今後の幻想戦で大きく影響する。
朔夜は先週末のそれで痛感していた。個人戦である勝敗自体は引き分けであったが、光輝が戦略的勝利を得ている以上、自分も同じ様に観戦者を”虐殺”することが正解だと理屈ではわかっていた。だが、それを是認することに彼女は違和感を感じていた。
――私は……彼と戦うことが楽しかったのかもしれない……。だから、水を差されたあの勝負が気に入らないのだ。
彼女がそう結論付けるのは割と早い段階ではあった。
だが、そう考えるとますます戦術的勝利だけで光輝には対抗出来なくなってきたことに腹立たしく思えていたのだ。しかも、彼の戦闘スタイルの変化が自分を追い詰めているということも理解していただけに余計に負けたくないと勝つことにこだわってしまったのである。
だからこそ焦りが自身の蝕んでいたのだ。
「先週は新入生が多くいたけれど、今日は観光客がいない分、私との戦いに集中していただきますわ!」
「まだクラスメイトがいるだろう?」
「認めたくはないですけれど、巻き添えを食う覚悟がある方々だけここにいると判断することにしましたの」
朔夜は非情な決断をしたのである。
「梓弓!」
静かに彼女が術式の名を告げる……彼女は和弓を発現させたと同時に矢を数連射する。無論、標的は目の前に立ちはだかる光輝ではなく、クラスメイトたちであった。
――マジか……この女、容赦なくクラスメイトを虐殺しやがった。
光輝が内心そう思った瞬間、耐久限界に達したガラス素子がパリンパリンと割れ、クラスメイト達は一掃されたのである。
「ちょっと!」
「朔夜、なんでこんな酷いことを!」
「そうよ! クラスメイトを虐殺するとか何考えてるの!」
彼女の友人たちが非難の声を上げるが、朔夜は厳然と言い放つ。
「ここは戦場よ、余所見をした人から死ぬのよ。そしてあなたたちは死人……死人に口なしよ。諦めなさい」