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人間は神様に勝てない  作者: 永瀬けんと
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人間は神様に勝てない

 当時、この事件は世界のニュース番組で取り上げられ、仮想世界のユーザー数は激減すると思われた。しかし、事態はすぐに終息した。

 アナザー社は確かにメディアへの対応に追われ、新たなセキュリティ対策を次々に発表した。ただ、それが功を奏したのは表面的な部分だけだった。

 仮想世界のユーザーの大半が辞めなかった理由。それは世界にはびこる社会的な格差に他ならなかった。歯止めがまるでかからない格差という暗闇は、人間の感情を食べながら順調に成長を続けていた。確かに、神木さんたちの対処が早くて、ヒューマン・ノーマライザーの企てによる被害を限定的に抑えられたことも大きかったとは思う。アナザー社のヘッドギアのユーザー数は世界で二億人を優に超えている。失われた命の重さを数値化はできないが、今回の事件で亡くなった人の人数は、仮想世界にアクセスする全ユーザーのうちのたった0.0004%ぐらいにしか過ぎない。もしかしたから、ほとんどの人間にとっては対岸の火事というレベルに過ぎなかったのかも知れない。いや、それもあるかもしれないがやはり、格差から生まれた不平等を仮想世界が補っていたことがユーザーを仮想世界につなぎとめた一番の理由だと誰もが思っていると思う。どんなに貧しかろうが、ヘッドギアを買って、月に数千円を払い続けることができれば、プライベートクルーザーを乗り回して、毎晩ドン・ペリニヨンで絶世の美女や男前と喉を潤すことも出来てしまう。人間は一度味わってしまった至福の時間を失うことが、命を失うよりも重いということを、ある意味でこの事件はさらに証明してしまったのではないかと思った。

 おれは神木さんに訊いたことがあった。

「人間は創造主である神様、サムシンググレートに勝ったんじゃないですか」

 と。仮想世界へ入り浸たれば、現実での人生の勉強を放棄できてしまう。我々は身体を得たことで、色々な不自由を得て、悩みが発生する。時間と空間に縛られ、遠い場所というものが発生してしまう。良し悪しが判断され、××の原因ともなる外見が与えられてしまう。不完全な身体が病気になって、不自由という枷を取り付けられる。それらの悩みが成長の糧であるのに、その糧を放棄するということは、この地球で人間として生まれたことをほぼ放棄できる、つまりサムシンググレートが用意した世界と概念を超えた営みを人間自身が創り出すことが出来たのではないかとおれは考えた。でも、神木さんは言った。

「人間レベルがサムシンググレートに勝てる可能性は1ミリもないよ。対抗心を燃やしたところで、それさえも飲み込まれて終わり。だったら、サムシンググレートの意図を読んで、それに向かって行動したほうがよっぽど有益だよ」

「なんで勝てへんのですか?」

「仮想世界ごときに入ったところで、悩みの種がなくなるとでも?」

 おれは最近、大池が現実世界の自分が仮想世界のウソの自分を認めないことに悩んでいたという話をしていたことをふと思い出した。

「……」

「魂は知っているのさ。成長しにこのどろどろで、真っ黒で、精密で、息を呑むほど美しいこの世界に来たのは、自分自身を成長させるためであることを。そして、身体はひとときの借宿であることもね」

「神木さんは嫌にならへんのですか? こんなクソッタレな世界で生きていかなあかんこと」

「脳はね、ときに嫌だと言うよ。でも、魂はね、ずっと刺激的な毎日にウハウハしているよ」

「ウハウハ?」

「ガッポガッポ」

「ガッポガッポ? 魂ってそんなこと言うすか」

「言うよ」

「マジっすか」

「ウソ」

「なんなんすか、神木さん。からかってます?」

「からかってはない」

「神木さんの言う魂っていうのがまだよく分かんないっすけど、おれら人間はやっぱり魂の声に耳を傾けることが大事だったりするんすか?」

「いや、重要じゃない。魂の声なんて聞かなくていいよ」

「え? なんで?」

「僕らは脳を得たことで魂の声が聞こえなくなる。サムシンググレートがそういう仕様にしているから」

「よく心の声を聞けって言うじゃないですか」

「心は良いんだよ、あれはだいたい脳だし」

「分かんねぇ……神木さんの言うこと、たまに意味不明っす……」


「琴平くん!」

 大池に肩を叩かれて、おれはハッとなった。

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