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人間は神様に勝てない  作者: 永瀬けんと
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助けたい

 二つ目に入った部屋のデスクにはペン立てがあった。ただそこにシャーペンはなく、定規やハサミ、ボールペンしかささっていなかった。スマホのカバーを外し、一応ボールペンの先が小さな穴に入るかやってみたが、入らなかった。

「嫌や、嫌やぞ。大池が死ぬなんて絶対嫌や」

 おれは二階へ駆け降りた。二階にはリビングとキッチンがあり、リビングの隅に電話も置いてあった。電話の前にはメモ帳とペン。おれはすぐにペンのペン先を祈るように確かめた。

 手に取ったペンはボールペンだった。ハズレを引くたびに高ぶる焦り。シーンと静まり返った家の中で、大池のうめき声だけが遠くから聞こえてくるような気がした。

「シャーペンやなくてもいい、他に代わりになるもんはないんか」

 おれは目をつぶった。すると、さっき見たハサミがまぶたに映った。

「せや!」

 おれは再び三階へ戻った。さっきあったハサミを手にして、大池の部屋のドアへ急いだ。

「頼む! はまってくれ!」

 おれは紙を切るためのハサミを開き、少し厚い片刃の先端をドアノブ上の細い窪みに当ててみた。すると、ハサミの片刃は細い窪みの中へ入ってくれた。次にゆっくりとハサミをドライバーを回すように時計回りで回してみた。

“カチャ”

 開いた! おれはドアノブを握りしめて勢いよくドアを開いた。

「大池!」

 ベッドの上でヘッドギアをつけたまま、女性用のダイパーを履いて横たわる大池がいた。苦悶の表情を浮かべ、息も荒くなっている。

「いま助ける!」

 おれはいつもよく見た大池の通学用鞄が勉強机の下にあることに気付いた。ハサミを床に落とし、椅子を除け、通学用鞄を机の下から引っ張りだす。

「ハァハァハァ」

 突然、大池の呼吸がさらに速くなった。おれはとっさにベッドに飛び乗り、大池の両肩を握りしめた。

「大丈夫や! 大丈夫! すぐ助けるから!」

 想像もできないような苦痛。そんななかで大池は誰かの助けを求めているに違いない。

 かぶっているヘッドギアを無理矢理外すことはできない。ヘッドギアは仮想世界にいる間、あごがロックされて外せないようになる。仮想世界へ入っている最中、急にヘッドギアを誰かが外すと脳にダメージが入る可能性があるらしかった。しかも、今回はアナザー社が創った世界とは別の世界。ヘッドギアを無理矢理外す選択肢を秀川さんがおれに言ってこなかったのは、絶対にやってはいけない行為なんだとおれは思った。

 大池の通学用鞄を開け、中からペンケースを取り出す。かわいらしいペンケースの中には大池が使っているシャーペンが入っているはず。

「あった」

 おれはペンケースからシャーペンを取り出した。

「大池?」

 おれは息が急に静かになった大池を見て、嫌な予感がした。耳を大池の口元に近づけると、弱々しい吐息が途切れ途切れになっていた。

「嫌や、嫌や」

 おれはスマホの小さな穴にシャーペンを差し込もうとしたが、焦ってなかなか入らない。

「頼む、入ってくれ」

 なんとか小さな穴にシャーペンの先を突っ込むと中から小さなSIMカードとマイクロSDカードが出てきた。

 次に大池のヘッドギアの右下を確かめた。カバーらしきものがあったので、そこを爪でひっかくと、カバーが外れて中にSDカードのアダプターが差し込まれていることが分かった。

 おれはSDカードのアダプターを取り出すために、押したり、爪で挟んで抜こうとしてもなかなか出てきてくれなかった。

「なんやねん、これ。どうやって取り出すねん」

 先走る気持ちが胸を焦がす。ふと気になって、大池の口元に再び耳を近づける。おれは自分の耳がおかしくなっていると思いたかった。大池の呼吸は止まっていた。

「大池! しっかりしろ! 大池!」

 おれの声は仮想世界にいる大池には届かない。何の反応もない。

「まだや、まだ大丈夫。大池を絶対助けるんや」 

 おれはSDカードのアダプターをヘッドギアから取り出すことをあきらめて、SDカードのアダプターの穴にそのままおれのマイクロSDカードを差し込むことにした。

 祈るようにして、マイクロSDカードを差し込む。すると、SDカード差し込む口のすぐ右上にある小さなLEDランプが青く激しく点滅した。

「よしっ」

 どうやら、ワクチンの読み込みに成功したらしい。ほどなく、大池のあごをロックしていた黒い金属がヘッドギアに吸い込まれた。大池はこれで現実世界に戻れているはず。

 おれはすぐに大池の頭からヘッドギアを外した。

「大池! 大池!」

 肩を持って大きく揺さぶっても、大池はぐったりしたまま何も答えてはくれなかった。

 おれは人差し指と中指を大池の手首に当てた。脈を感じない。思いきって、大池の胸に耳を当てた。自分の息を殺し、目を閉じ、全神経を鼓膜に集中させても、心臓の鼓動は聞こえて来なかった。

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