決心
「待て、それではレン君の身が」
「あなたも気づいてるだろう、レンさんのヘッドギアはヒューノ特製だ。確証はないが、ログアウトしても死の部屋へ強制転送される可能性は低い」
レンは神木に近づいた。
「行かせて下さい」
「しかし、」
「いま行かなかったらおれ、一生後悔します」
レンは神木をまっすぐ見つめた。
「……」
神木もレンをまっすぐ見た。
「死ぬかもしれないよ」
神木の声は低かった。それでもレンは視線をそらさなかった。揺らがない覚悟。それを感じた神木は「分かった」とうなづき、続けて「秀川、レン君に救出手順を伝えてやってくれ」と秀川に依頼した。
「レンさん、私の声が聞こえていますか」
「はい、聞こえています」
「ミーナさんはご両親も弊社のユーザーでしたので、ご登録頂いている連絡先を使ってご両親に連絡を入れさせて頂きましたが、不運なことにお二人とも帰宅には一時間以上かかってしまう場所におられました。ただ、幸いにもあなたの家がミーナさんの家に近いことが分かりました」
「ミーナの家にはどうやって入ったら?」
「ミーナさんの家の鍵ですが、スマートフォンで開くタイプのドアロックでした。お母様から今日のみ有効な認証データを受け取っていますので、レンさんのアカウントに紐付けられているメールアドレスに送付させて頂きます。ちなみに、このメールアドレスにメールを送ればスマートフォンに届きますか?」
「はい、届きます」
「スマートフォンにマイクロSDカードは搭載されていますか?」
「はい、ちゃんと入っています」
「では、いまからワクチンとともに直ぐにメールで送ります。無事に家で目覚めたら、すぐにスマートフォンに届いているメールの添付データを開いて下さい。ちなみに仮想世界からのログアウトですが、今いるタピス族の集落に濃い茶色のテントがありますので、その中でログアウトしてください」
「分かりました」
「ご協力、感謝いたします」
レンと秀川の会話が終わったところで、神木が秀川に訊いた。
「僕らの分もすでにメールで送信済みか?」
「ええ。では、よろしくお願いします」
秀川はそう答えると、リンクストーンは切断された。「僕たちへのお願いの仕方が毎回雑なんだよ、あのやろー」と愚痴る神木に浩平は「てめーも俺らに対してあんまり変わんねーよ」とツッコミを入れ、菜月も浩平の言葉にウンウンと頷いていた。
「神木さん」
レンが神木に声をかけた。
「気を付けなよ」
神木はレンを気遣った。
「おれのこの力は、ほんまは何のための力なんですか?」
「その力は、多くの人を救うための力だよ」
「ほんまですか?」
「ああ、間違いない。君は大切な使命を受けて、この世に生まれてきたんだよ」
神木にそう言われて、レンは右手を胸の前でギュッと握りしめた。
「じゃあ、初めにミーナを救ってきます」
レンの声は透き通っていた。
「ああ、救っておいで」
神木はレンに微笑んだ。
「神木さん」
「ん?」
「もし、おれが死の部屋へ送られてしまったら助けてくれますよね?」
「ああ、もちろん。僕たちは三人バラけて動く。もしそうなったら、ミーナくんを救ってから君を助けるよ」
「ありがとうございます」
レンは神木に頭を下げてから、「あ、あと」と話を続けた。
「どうした?」
「もし、全てうまくいったら、そのー……」
「ん?」
「また、会って下さいますか?」
「ははっ。僕もそのつもりだったよ。どちらにせよ、僕は君のことを育てたいと思っていたから」
「ありがとうございます。連絡待っています」
「ああ」
神木はレンの背中を優しく叩いた。そして、二人を先頭にして、全員濃い茶色のテントの中へと移動した。
テントの中に入ると、ガジュマルが「レン」と声をかけた。レンがガジュマルのほうを振り向くと、ガジュマルは少し強ばった表情で「ミーナを頼む」とだけ短く言った。続いてリンリンも、「レンなら必ず助けてくれるって信じてるから」と真剣な眼差しで言った。
「また、ガジュマルさんのお弁当をみんなで囲みましょう」
レンは二人を気づかうと、二人とも少し顔が綻んで、嬉しそうに「ああ」、「そうね」と答えた。
「レン、分かってると思うけど、」
今度はトマソンがレンの前に来た。
「ああ、もちろん。ヴォーパルソードの借りは必ず」
レンはトマソンに向かって拳を出した。
「絶対、生きて帰ってこいよ」
トマソンがレンの拳に自分の拳をぶつけた。
「じゃあ、行ってきます!」
レンは改めてみんなの顔を見た。みんなそれぞれにレンに向かって力強くうなづいて見せた。
レンは目をつぶってメニュー画面を呼び出し、仮想世界からのログアウト操作を行った。レンの身体が光となって飛散していく。それを見ながら浩平は言った。
「あいつが救えるのは死んだ人間なんだけどな」
「生きている間に救えるなら、それに越したことはないよ。彼には生きている人も救えるようになってほしい。人の死後まで考えて治療をしていた人間はマザー・テレサを含めて世界に数人しかいない。彼にもそんな人間のひとりになってほしいと僕は思っている」
神木は目を細めた。




