セレクション
おれはヘッドギアを手にいれるのが遅かったし、ストライクファンタジーを始めるのも遅かった。早く追い付かないと。その焦りからくる動機に支配されて、レベル上げに集中した。いまではレベル七十。上級者たちの仲間入りをした。はずだった。
「そのストイックさは嫌いじゃない。ただレン氏よ、人生は回り道してこそ、だぜ」
トマソンの言う通りなところがあった。おれはストファンで知らないことがいっぱいあった。上級者たちは情報交換がうまく、常にお得なことや面白い話のひとつやふたつを持っていた。人は見ず知らずの人においそれと有益な情報を渡さない。表面の付き合いで終わらせる。複数人に囲まれているはずが、とんでもない疎外感に苛まれる。仮想世界に来てまでこんな思いをするのは嫌だった。
「さっきの店主もプレーヤーなの知ってた?」
「は? あれってCPUちゃうの?」
「違う違う、あれはマジプレーヤーだって」
「うそやん」
「寝たきりのおじいちゃんおばあちゃんにアナザー社がヘッドギアを配ってるらしいぜ。おじいちゃんおばあちゃんはベッド生活から解放されるわけで、アナザー社は喜んで働いてくれる労働者を手に入れられるわけで、win‐winなわけ」
「ウィンウィン?」
「双方うれしいってこと。CPUだと味ってやつが出ないから、ストファンを盛り上げてくれてるって点でボクらにとっても嬉しい存在だよね」
「へぇー」
トマソンはおれのことを気に入ってくれたみたいで、こういう豆知識をちょくちょく教えてくれた。
おれはさっき買った焼き鳥を食べようと包み紙からはみ出している串をもう一本つまもうとした。するとその瞬間、巨大な鐘の音が頭がい骨に響いてきた。
「キター!!!」
おれとトマソンの声がハモった。ラック広場から広がるその音はセレクションがいまから始まることを告げていた。
「やべっ、急ごう」
おれは包み紙に入れた焼き鳥を腰に着けた革製の道具袋に放り込んだ。ドラえもんの四次元ポケットのようなこの道具袋は、冒険者の必需品だった。鎧のような大きいものから細かい小銭までなんでも入ってしまう。しかも、入れる前の状態なので、さっきの焼き鳥は熱々のままいつでも頂けるといった具合だった。
平日の夕方でも、広場は人で溢れていた。一万人ぐらいいるんだろうか。欲望から生まれくる炎が目に見えるんじゃないかと思えるほど、広場の熱気はすごかった。大勢の目が一点に集中する。城のテラス。国王が手を振りながら現れた。
「諸君! 今日の逸品はこれである!」
国王の横にいる魔道士数名が魔法で巨大な立体スクリーンをつくり、目の覚めるような白さを持つ盾を映した。
「シールド・アイアス!!」
割れんばかりの歓声。この中でたった百人ほどしか手にいれることのできない代物に、胸が熱くなっているのはおれも同じ。アイアスの盾でミーナを守りたい。妄想に近い願望を胸に、おれはその場に立っていた。
そういえば。おれはふと、思い出したようにもう一度リンクストーンに触れて、ミーナを探してみた。
アクセス不可。
やっぱりいない。自分が欲しいものじゃなくても、このイベントには必ず顔を出していたのに。
「いよいよだよ、干将・莫耶!」
トマソンは興奮すると目がでかくなり、瞬きをしなくなる。
「今日はシールド・アイアスやっちゅーねん。この転売野郎」
「何とでも言いたまえ。ぼくは伝説の双剣を手に入れて文字通り伝説となる」
「伝説になってもうたら、死んでもうてるってことになるんちゃうんか」
「ああ、やばいやばいやばい。胸騒ぎが止まらない」
トマソンを見ているとこっちまで鼓動が加速してくる。執着という悪魔を目の前にして冷静を保っていられる人なんているんだろうか。年月をかけて強固に築いたはずのレンガの壁であろうが、執着がささやく濃厚な甘さの前にはもろくも崩れさってしまう。
「さあ、選ばれた冒険者たちよ、存分に励んでくれ!!!」
王が高々と声をあげると、スクリーンは弾け、小さな妖精たちとなって冒険者たちに降り注いできた。
「きたきたきた! こっちに一体向かってきた!!」
雄叫びをあげているのはおれやトマソンだけではない。みんな、まばゆく光る妖精たちに夢中になっていた。ゆっくり羽ばたきながら降りてくる限られた数の妖精たちは、当選者の道具袋に入っていく。
「え?」
一体の妖精がおれの顔の前に止まって微笑んだ。ティンカーベルをモチーフにされたであろうその妖精は高貴な香りを残して、おれの道具袋のなかへと入っていった。




