良くない方向
ガジュマルが全員に「走るぞ!」と言うと、みんな一斉にダークラインに向かって走り始めた。
「何か来た!」
トマソンは走りながら後ろを確認したが何もいない。
「しかも、複数体よ!」
リンリンも走りながら辺りを見回すがやはり敵はいない。どうやら、またモグラかあるいはインビジブルウルフか、それとも未知の敵のどれかと思われた。
「ダメ! 追いつかれるわ!」
さすがに複数体相手は全滅の可能性があるとガジュマルは思った。しかし、ダークラインまではまだ遠く、このままでは逃げ切れそうもない。
「おれがしんがりをやります」
レンはその場に立ち止まった。つられてみんなも足を止めた。
「バカ言うな! さっさと走れ!」
ガジュマルはレンに向かって叫んだ。
「さっきみんなにめっちゃ迷惑掛けたんで。それやのに、剣と盾まで貸してもらって。ていうか、強制的に転送されても別に大丈夫なんじゃないっすかね」
レンは表情をゆるめた。
「じゃあ、あたしも残る」
ミーナは真剣な顔でレンの横についた。
「あかん! ミーナは逃げろ! もう魔力も残ってへんやろ!」
レンは急に顔を険しくした。
「イヤや。あたしも戦う」
ミーナがそう言うと、シンジまで「僕も残るよ」と言い出した。
リンリンとトマソンがガジュマルを見つめる。ガジュマルは思い切り目をつぶって、「くっそ! どうとでもなれ!」と言って、敵を迎え討つ体勢を取った。
そして、それに合わせるようにリンリンとトマソンも双剣を抜刀した。
みんな、なぜ逃げてくれないのかとおれは思った。これではパーティーが全滅してしまう。死ぬのは現実世界で呪われているおれだけでいい。でも、ミーナが残ると言ってくれたとき、おれはめちゃくちゃ嬉しかった。
おれは聖騎士用の魔法であるデコイアピルを発動させた。一定時間、敵の攻撃を自分だけに向けさせる魔法だ。「やめろ! レン!」という、ガジュマルさんがおれを止める声が魔法の詠唱中に聞こえた。ダークラインの向こう側では敵の特殊攻撃で盾役がすぐに退場となることを避けるため、デコイアピルは使うなと言われていた。おれはそれを無視した。そして、道具袋から最後の上等玉も取り出して、握り割った。みるみるうちに自分の体が黒くなっていく。
おれは目をつぶった。残念ながら、敵の気配は感じられない。分かってはいたが、上等玉は少しの間だけ身体能力が跳ね上がるが、感覚器官が研ぎ澄まされるわけではない。
おれは目を開け、ダークラインから遠ざかるように走った。走り過ぎて敵のロックオンから外れるのを気をつけるようにした。
おれはもしかしたら、このまま死ぬかもしれないと思った。でも、それでも良い気がしていた。事故で薄っぺらな壁の向こうへ行けるなら、ペナルティー無しのはずだ。ミーナと別れないといけないが、どうせ片思いだし、特に問題ないと自分に言い聞かせた。
次の瞬間、おれは右肩に斬撃のようなものを受けた。左太ももにも斬撃のような衝撃が走った。斬撃については鎧で一度は防げるものの、強い攻撃を受けるとすぐに鎧は攻撃された部分だけ砕けてしまう。再び同じ部分をピンポイントで狙われれば、ライフポイントを削られる。おれは立ち止まって剣を何度か振ってみたが、虚しく空を切っただけだった。せっかく身体能力を爆発的に上げたところで、攻撃が当たらなければ何の意味も無かった。レアアイテムの無駄遣い。おれは自分のバカさ加減を嘲笑した。
「レン!」
おれに追いついたミーナが一時的に防御力が上がる魔法、プロテクをおれにかけた。
「何で追いかけてくんねん! 早く逃げろ!」
デコイアピルの効果はあと一分もしないうちに切れてしまう。ミーナと一緒に追いかけてきたみんなにも、もうすぐ敵からの攻撃が始まる。
みんなが死ぬかも知れないという恐怖。ふとそれが頭をよぎった。緊急アナウンスは“ログアウト行為や魔法やアイテムで身体を転送させる行為を行う、あるいはライフポイントがゼロになって身体が自動で転送されてしまうと、現実世界に戻れなくなる”と言っていた。じゃあ、いま敵にやられて強制的にセーブポイントへ向かって身体が転送されれば、みんなはどこへ行くのか。現実世界の身体に意識が戻らないなら、いったい意識はどこへ行ってしまうのか。
また、おれの身体に斬撃のような衝撃が走った。右の二の腕。砕けた鎧から真っ黒なおれの肌が露わになった。
おれは握りしめているヴォーパルソードを見た。残念ながら、妖しく輝く様子はない。




