緊急事態
“緊急時のため、全ユーザーさまに直接アナウンスさせて頂きます。現在、仮想空間の複数のコンテンツ内にてログアウト行為や魔法やアイテムで身体を転送させる行為を行う、あるいはライフポイントがゼロになって身体が自動的に転送されてしまうと、現実世界に戻れなくなる不具合が発生しております。複数のコンテンツには皆様が現在いらっしゃるこのストライクファンタジーも含まれており、安全のため、フィールドへ出ていらっしゃるユーザー様はすぐに最寄りの街や村にお戻りいただけますよう、お願い申し上げます。繰り返します。緊急時のため、”
「なになに? どういうこと?」
リンリンさんが状況を掴めない様子でガジュマルさんに訊いた。
「俺もよくわかんねぇ。けど、テレポート魔法で身体をどっかへ飛ばしたり、モンスターにやられて強制的に身体が転送されたら最悪なことが起きるかもしれないってことだろ」
「それってもしかして、死ぬとか? そんなの超ヤバいじゃん!」
「だから、ありえねー緊急アナウンスをこの世界に入ってる俺たち全員にやったんだろう」
「とりあえず、早くダークラインまで戻らなきゃ……」
「ああ」
ガジュマルさんは、おれたちに「ひとかたまりになって、走るぞ」と声をかけた。
「ガジュさん、ミーナが」
シンジは放心状態になっているミーナの背中を擦っていた。
「ミーナがどうした」
「さっきからおかしいんだ。なんか色々あって混乱してるっぽい」
「仕方ねえ。レン!」
ガジュマルさんはおれを呼んだ。
「はい?」
「お前は動けるな」
「大丈夫っす」
「なら、おまえはミーナをおんぶして走れ」
「え?」
「ほら、さっさとおんぶしろ」
おれは言われるがままにミーナの前でかがんだ。ミーナは何も焦点が合っていないかのような目で、シンジに背中を押されるようにしておれの背中に乗った。
幻滅しているだろう。
ミーナもおれがリアリスの言いなりになっていた様を目の当たりにしている。ていうかそもそも、もうミーナはシンジとイイ感じな訳であるし。だいたいおれの恋は今までうまくいった試しがないし。
仮想世界での楽しみを半分奪われてしまったような、そんな気持ちが惨めな気持ちとマーブル状に混ざりあって思わず笑い出しそうになった。これがおれにお似合いの状態。いつもの状態。結局仮想世界も現実世界の延長線上にしかないんだ。おれはおれの相応しい場所へとすぐに戻る。仮想世界に来て神様が創り出したむごい世界から解放されたと、おれは勘違いをしていただけだった。
走るみんなの背中を追いかけながら、背中にいるミーナがおれの肩にしっかり捕まってくれていることを確認する。ふと、前にミーナをおぶった日のことを思い出した。おれがミーナに恋をしたあの日。そして今日、おれはまた失恋をしてしまった。まだ大丈夫と心の中でのたうち回るもう一人のおれを、おれは冷たい目で見た。お前のその未練が希望に変わったことなんて一度も無い。
色々あって頭が混乱している。いまはそんなことより緊急事態であって、早くダークラインに戻らなければならない。おれは次から次へと湧いてくる感情を振り払いながら、足を懸命に動かした。
ミーナである大池沙也夏はどうしていいか分からなかった。大池沙也夏は琴平亮が田中大和から嫌がらせを受けていたことを知っていた。シュー太郎がリアルネームを言ったことでリアリスが田中大和かもしれないと思ったとき、ミーナは頭が真っ白になってしまった。
―――レンはもしかして、琴平くん!? レンはあたしのこと気に入ってくれてて、でも、琴平くんはあたしのこと好きじゃなくて。でも、レンはたぶんあたしのことが好きで……。
レンがリアリスから異常な嫌がらせを受けて辛い思いをしているなか、ミーナは不謹慎にも高揚感を感じていた。
―――でも、ミーナがあたしであることがレンにバレたら……。
嫌われてしまう可能性があった。今度、嫌われるようなことがあれば一生立ち上がることができないように思われた。
―――やっぱり、うちはウソの世界で本当の自分を隠しながら生きていかなアカンねやわ。
ふと湧いた高揚感が灰色に染まる。頭の整理がつかないまま緊急アナウンスがあり、さらになぜかミーナはレンにおんぶされ、揺れる景色をボーっと眺めていた。
―――レンは、琴平くんは今、何を考えながらあたしをおんぶしてるんやろう。
レンが着ている鎧はヒンヤリ冷たい気がした。
―――レンと離れなあかん。




