悪魔
「ちょ、おい」
おれはリアリスの肩に手をかけたが、すぐに振り払われてしまった。
リアリスは葦の原っぱに近づき、そこへアロンダイトを刺し込み、柄を力強く握りしめた。
「なに!」
トマソンが一番に声を上げた。おれたちみんなもひそめていた眉を開いた。
リアリスは葦の原っぱ一帯を瞬時に凍らせてしまった。そして、「フン!」という声とともにアロンダイトを薙ぎ払うと、凍った葦たちは砕け散り、地面にバラバラと落ちていった。
「気にいったね、これは」
リアリスは口角を不気味に上げた。
「今の技、どうやって?」
おれは知らない技を使ったリアリスに訊くと、リアリスはじろりとおれを見た。
「知らねーの? アロンダイトは熟練度を上げると、水属性に加えて氷属性の技も使えるようになる」
そんなこと、物知りのトマソンからも聞いたことはない。
「ていうか、アロンダイトを持ってないあなたが、なぜそんな高度な技を使えるんですか」
おれはみんなも思っているであろう、疑問をリアリスにぶつけた。
「ギャンブラーだからってのはあるんじゃね?」
リアリスはアロンダイトを肩にかけると、再びおれのところへきた。
「よう、琴平」
リアリスがおれの耳元でささやいた。いまの状況で絶対聞くことが無い名前。おれの脳は軽く震動した。
リアリスはおれの強張った表情を確認して、高く口角をつり上げた。打って変わって今度は大きな声でこう言った。
「このアロンダイト、おれにくれよ」
悪魔に見えた。目の前にいるのは人間ではない。赤く焦げた皮膚に、黄色い目の玉、鋭い牙まで生えているように見えた。そんな悪魔が声を落としてまたささやく。
「せっかく苦労してレベルを上げて、こんなところまで来てんのに、台無しにしたくないやろ」
目の前の悪魔から汚れた空気が漂い始めた。現実と言う名のその空気は、みるみるこの浄化された世界を穢していく。
「持っていってください。さっき助けてくれたので、その剣はあなたに差し上げます」
おれの顔は引きつっていたと思う。リアリスは嬉しそうにおれの肩を何度も叩いてきた。
「お前、ちょっと待て」
ガジュマルさんが精悍な眼差しを持ってこちらに近づいてきてくれた。
「アロンダイトがそう簡単に手に入らねぇことはお前も知ってんだろ」
ガジュマルさんは今にもリアリスに掴みかかりそうだった。あの戦士と魔法使いが「ケンカか?、ケンカか?」とガジュマルさんを煽っている。他のみんなは心配そうにおれたちを見つめていた。
「こいつが、くれるって言うてんやし、別にいんじゃね? なあ、そこの君」
リアリスはおれに同意を求めてきた。
「ガジュマルさん、別にいいんすよ。そもそも、この人たちに助けてもらってなかったら、おれたち全滅してたかも知れないし」
「いやいやいや、レン、今の状況の全滅とアロンダイトを天秤にかけたら、アロンダイトのほうが重いに決まってんだろ」
そうじゃない……。天秤にかけられているのはそれじゃないんだ、ガジュマルさん……。アロンダイトの対の皿にはおれがやっと手に入れた最高の仮想世界での生活が乗っているんだ。
心の声は届かない。神様はこの世界で人間にウソをつけるようにした。人間が創ったこの仮想世界であっても、そこは同じ仕様。
「剣を手に入れたら、やっぱ盾も欲しくなるよなー」
欲望に満ち満ちた悪魔は、ミーナを守るための盾まで要求し始めた。ああ、おれは今気づいた。こいつは盾が欲しいんじゃない。剣が欲しいんじゃない。おれを絶望に落としたくてウズウズしてやがるんだ。こんなことをしてくるヤツは、あいつしかいない。
田中大和。
笠井や道林としゃべっていたことが、こいつの側近らに漏れてしまったんだ。そして、田中大和は今日ここへ来た。現実で体育の吉田先生を騙して、おれを谷底へと突き落としても飽き足らず、自らの手でおれをどん底へ蹴落とすべく、こいつはここへ来たんだ。
おれは震える手でリアリスに盾を差し出した。
「どうぞ、使ってください」
あまりのあり得ない光景に何かを察したのか、ガジュマルさんは言葉を失ったようで、これ以上は何も言わなかった。
「ウヒョー」
リアリスがアイアスの盾をフリスビーを投げるように放った。盾はまだ凍って残っていた葦を砕いて、ブーメランのようにリアリスの手元に戻った。アイアスの盾が攻撃的な防具であることを知っていたが、リアリスはやはりおれの知らない技を使った。




