仲間割れ
「インビジブルウルフだって、いまの」
シンジがモンスターブックを開いていた。冒険者がゲームの最初にもらうモンスターブック。知らない敵と戦い、その敵にとどめをさした冒険者のモンスターブックにだけ倒した敵の情報が書き込まれる。
「ダークラインの向こう側はマジで情報少ないから、貴重な情報だよ、それ」
トマソンは動画投稿者として他人がアップした動画もよくチェックしているらしい。今回の冒険前にはダークラインの向こう側の動画を探しまくったが、ほぼ無いに等しいと言っていた。生きて帰らないと撮った動画のデータが消えてしまうという制限があり、黒い木の向こう側をちょっと歩いてみたレベルの動画は多数あれど、敵をまともに倒したりしている動画は無いらしかった。
ミーナはシンジの背中を治癒し、みんなにセイントシャワーをかけてくれた。聖魔法使いがレベル1から使えるこのセイントシャワーという魔法が非常に有能で、魔法で小さな木製のじょうろを生成したあと、中に入っているキラキラした空気を冒険者にかけると、傷ついた装備品が元に戻り、身体の汗とか汚れとか一気に洗い流した状態になるので、聖魔法使いはそれだけでジョブのなかでナンバーワンという人もいるぐらいだった。
「レン、たくましくなったよね」
最後であるおれにセイントシャワーをかけながら、ミーナが声をかけてくれた。
「そう?」
「うん。さっき、カッコ良かったし」
顔が熱くなった。
「いつもは憎まれ口言うくせに、なんやねんいきなり。ていうか、さっきの戦闘でカッコいい場面なんてあった?」
「そこちゃうよ。戦闘終わったあと」
「終わったあと?」
おれはリンリンさんに怒られた場面を思い出したが、思い当たる節がなかった。
「なんか、まぶしく感じちゃった」
意図せず、ミーナと視線がぶつかった。
「ミーナ?」
ミーナは慌てた様子でじょうろを光にして飛散させ、会話も途中にシンジのところへ行ってしまった。さっきぶつかった視線。ミーナの瞳の中におれがいた。まさか。そんなはずはない。時計台の上でおれは彼氏失格の烙印が押されてしまったはず。妙な期待感に心が躍る。ここは現実世界とは違う。おれの天国である仮想世界。ミーナをもう一度見る。
———ああ……やっぱミーナのことが好きや……ここはリアルとはちゃうし、おれにもまだまだチャンスがアリやって思いたい……。
おれは高鳴る胸を抑えた。未練がましいのは良くない。勘違いしてはいけないと思った。
「思ってたより、タピス族が言ってた山って近いよね」
リンリンさんの言葉に、ガジュマルさんが「確かに」と応えた。ダークラインを超えて北西に見える山は結構すぐそこにあった。肌色の大地の次は人の背丈を優に超える葦が密集した原っぱがあり、それを抜ければ麓に着きそうだった。
みんなが再び歩き出したところで、おれはシンジに肩をそっと叩かれた。
「最近ミーナの様子がおかしい。レンは何か知らないか」
急に何を言い出すのかと思った。さっきは戦闘のドサクサに紛れて、抱きつくし。
「別に」
心当たりが無いわけではなかったが、おれは素っ気なく首を横に振った。今日はいつも通りのあいさつをしてくれたし、ミーナは何も変わっていないと言えば変わっていない。ただ、さっきは確かにちょっと変だったのかもしれない。でも、それはもしかしたらおれのことを少しだけ見直してくれていたのかもしれないわけだし、いやいや、ていうか今日のミーナはシンジとよく話している。こんな陰気臭いやつのどこがいいんだろう。こいつは絶対ナルシストに違いない。
「そっか。レンはミーナのこと、何も知らないんだな」
「あ?」
シンジの売り言葉におれのこめかみが切れそうになった。
「さっきも全然ミーナを守れていないし、お前みたいなヤツ、なんでここにきたの」
おれはシンジの肩を突き飛ばした。
「テメー、さっきから何様だ、この野郎」
「お前が役立たずだって言ってんの」
シンジは魔法でおれの脳天に氷柱の切っ先を突き立てた。挑発。ストファンでは冒険者同士の戦闘はできない仕様。今すぐシンジの顔面をボコボコニシテヤリたいが、それをしてはいけない。
「ちょ、あんたら、何やってんのよ!」
異変に気づいたリンリンさんがおれたちの間に割って入った。
シンジは氷柱を消滅させて、静かに葦の原っぱへ足を動かした。
「何でケンカになった?」
リンリンさんがおれをにらんだ。
「知らねーすよ、あの野郎が急に」
おれは視線を逸した。逸した先に、心配そうに見つめるミーナの瞳があった。
「リン、それぐらいにしとけ」
ガジュマルさんがリンリンさんの肩を持った。
「こんな危険な場所で仲間割れとかやばいって。原因つきとめて、早々に仲直りさせとくべきでしょ」
「んなことできねーに決まってんだろ。それにふたりともガキじゃねーんだから、戦闘に入ったらちゃんと仕事すんだろ」
リンリンさんはガジュマルさんに弱い。ガジュマルさんの本気が目に少しでも宿ると、リンリンさんは「分かった」と言って、それ以上は何も言わなくなる。案の定、今回もリンリンさんはすぐに静かになった。




