ダークラインの向こう側
「んじゃ、行きますか」
ガジュマルさんは空っぽになった弁当箱を道具袋に終い出した。それを見て、みんなも立ち上がり、レジャーシートを一緒に片付けた。
黒い木まで数メートル。おれたちはぞろぞろとゆっくり歩いた。
「じゃあ、このへんからカメラ入れるから」
トマソンはそう言って道具袋からスズメみたいな小鳥を取り出し、空に飛ばした。この小鳥はトマソンを中心に動画や写真を勝手に撮ってくれるアイテムで、ネットの動画投稿者たちから重宝されていた。
「ライブ配信やるの?」
ミーナがトマソンに訊いた。
「いや、違う。ダークラインはダンジョンだからライブはムリ。だからあとで編集してからアップ予定」
「そーなんだ。生きて帰れたらいいね」
ミーナはそう言ってから、杖を額に当てて、防御力アップ魔法をおれたちに施した。
ダンジョンで録画した動画は生きて帰らないとすべて消えてしまうシステムになっていた。
黒い木の向こう側もこっち側も大して景色は変わらない。肌色の大地がしばらく広がっているだけ。おれたちは歩く速度を変えることなくダークラインを超えた。
「警戒!」
リンリンさんが突如臨戦態勢に入った。敵はどこにもいない。おれはとりあえず、魔法使いふたりを守る態勢を取った。
「どこよ」
ガジュマルさんが周囲を見渡す。
「リンリンの言うとおり、ボクらには気配を感じる」
武術家は敵の感知能力に優れている。リンリンさんとトマソンは目を閉じ、敵が近づいてくる方向を確認している。
「レンくん! 後ろ!」
おれはリンリンさんの声にすぐさま反応して、後ろを振り向いた。何もいない。シンジもすぐさま動いてミーナを突き飛ばした。「キャッ」というミーナの短い声と同時にシンジは藍色の狩衣ごと背中を引き裂かれた。
「くっそ」
姿が見えない敵。おれは即座にシンジをカバーしようと盾を透明な敵がいると思われる方向に差し出した。
「僕はいい! ミーナを!」
おれは判断を誤った。敵の狙いはシンジではなく、回復役であるミーナだった。
「ミーナ! しゃがんで!」
リンリンさんがミーナの頭上に飛び蹴りを入れた。続いてトマソンがコバルトブルーに輝く双剣をミーナの近くで振り回す。
「ヒットあり!」
トマソンの攻撃だけが当たったようだが、おそらく浅い。
「地面見ろ! 足跡追えるぞ!」
ガジュマルさんのアドバイス。おれは敵がいると思われるあたりの地面を見た。僅かだが砂煙が細かく上がっている。おれは砂煙の場所とミーナの間に身体を入れた。
ミーナが重力加重魔法を唱え始めた。相手の動きが速いと判断しての行動だろう。ただし、この魔法は敵に当たらなければ意味はない。
「足の動きからして、多分犬か猫系」
リンリンさんが動く足跡との距離を詰めていく。トマソンも別の角度から近づく。
大きな砂煙が上がった。
「どこいった!」
トマソンが目標を見失った。
「キャ!」
今度はシンジがミーナに抱きついた。そして瞬時にとがった氷柱をいくつも魔法で生成し、自分たちを守るようにして張り巡らせた。
氷柱は簡単に破壊されていく。おれは急いで壊された氷柱前に盾を振り回してみるが何も当たらない。
「おらよ!」
今度はガジュマルさんがいい匂いのする液体をシンジたちに向かってぶち撒けた。
「なんすかこれ!」
ガジュマルさんのよく分からない行動におれは首をかしげた。するとリンリンさんが「ナイス!」と言って、踊るような運動を始め、敵に攻撃を当て出した。それに続いてトマソンが飛び上がり、身体を空中でスピンさせて何度も見えない敵に双剣を当てた。
とどめはシンジだった。矢のように放たれた氷柱が敵を貫き、敵はその場で倒れ込んだ。
見えない敵はオオカミのようだった。倒れ込んだ瞬間、敵は見えるようになり、すぐに消滅した。
「レンくん!」
リンリンさんが不満を隠しもせず、おれに近づいてきた。
「動きが悪いって」
「す、すみません……」
おれは視線を落とした。確かにおれは何の役にも立っていなかった。リンリンさんのキツい目がおれからミーナに移る。
「ミーナも。重力加重より、あそこは回復優先でしょ。シンジの背中、結構深く削られたの気づいてた?」
「すみません……」
ミーナも視線を落とした。
「ふたりとも、ここは普通じゃないんだよ! インスピレーション高めていかないと!」
「リンリンさん」
おれは目が合ったリンリンさんの名前を呼んだ。
「何よ」
「何で最後、敵の位置がわかるようになったんすか」
「ガジュマルがソースかけてくれたじゃん。ソースが見事敵に付着したの分かってなかった?」
「あ、いや。そういうことやったんか……うおおおおお! すんません!」
おれは両手で頭をかきむしった。ガジュマルさんのとっさの機転をおれと、多分ミーナも気づくことができていなかった。おれはリンリンさんの言うインスピレーションを高めろという意味をなんとなく理解した。
おれは身震いした。これがトップレベル。世界で五百万人のプレイヤーがいるこの世界の先頭集団。おれはいまその場所にいる! 確かに自分が役に立てなかったことは悔しい。でも、胸の奥の方からどんどんワクワクが湧き上がってくる。
「ミーナ! 次、頑張ろうぜ!」
おれがそう言うと、さっきまで暗そうにしていたミーナが笑ってうなづいてくれた。ミーナが不意に見せる笑顔。めちゃくちゃかわいい。湧き上がる意味不明なやる気。おれは次こそ、ヒーローになってやろうと思った。




