時計台の上で
ハシゴを上りきると、そこは半径五メートルぐらいの平らな敷地があるだけだった。
「手を貸して」
おれはミーナの手を掴み、上に引っ張った。
「すごーい! めっちゃ高いやん! 景色最高!」
ミーナの顔が光よりも眩しくなった。
「でも、手すりとか全くなしやで。こわない?」
「恐いけど、いまは景色の綺麗さとかのほうが勝ってる!」
「たしかに! めちゃきれい!」
西洋の山は大半が岩で出来ているように見える。日本の山は緑に覆われて丸みを帯びている印象だが、西洋をモチーフにしているこの世界の山は角ばった印象だった。その角ばった高い山に雲が突き刺さっており、壮大な景色におれの脳からアドレナリンが出た。山の麓は草原がどこまでも広がっていて、近くで見ると恐怖を感じる巨大モンスターも、いまは景色の一部と化していて、おれたちの目を楽しませてくれた。
おれは時計台を中心に造られているこの街の屋根が全部優しい茜色に統一されていることを初めて知った。目の前に広がる茜色と草原の緑のコントラストがこんなにも綺麗に見えることも初めて知った。
三百六十度。何も視界を邪魔するものがない高台で、おれたちははしゃぐようにして景色を眺めたり、下を覗いたりした。苦労してここにたどり着いたという達成感がいっそうおれたちをそうさせたんだと思う。
一通り景色を堪能したあと、おれたち二人はその場に座り込んだ。
「世界が見渡せるとこに連れてきてくれてありがとう」
「ミーナのお眼鏡に叶うとこやったみたいで何よりやわ」
「ねぇ、レン」
ミーナはおれの顔を見ずに目を細めた。
「どないしたん?」
「世界がさあ、滅びたらいいのにって思ったことある?」
唐突だった。高テンションで脳が熱くなりすぎたあとにやってくる後悔にも似たあの冷たい暗闇の時間が、ミーナに訪れたんだとおれは思った。
「急にどうしてん」
「レンはそんなん考えたことあんのか、知りたいなと思って」
「世界って、リアルのほう?」
「別にどっちでもいい」
「そっか。この仮想世界ができるまでは、正直ずっと世界が滅びたら良いって思ってたかも」
「レンもそんなこと思ってたことがあるんや」
「世界が滅びるというか、自分がいなくなれば、自分が感じる世界は無くなるから、それでいいというか。まあ白状すると、ストファンやり始めてからも、そんな気持ちに実はたまになったりしてる」
「そっか」
ミーナは遠くを見ながら、さらに話を続けた。
「うちはさあ、現実世界のほうが大事とか、仮想世界って素晴らしいとか考えんのになんか疲れてきたところがあって……」
「ミーナは真面目なんちゃう。もっと肩の力を抜いたらええねん」
「肩の力か……。じゃあさあ、うちとキスしようよ」
「は? な、何をいきなり言い出すねん」
急に色々飛ばした言葉。おれは絶対に冗談だと思った。
「あたしとしたくないん?」
おれはミーナの顔を見た。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳。今まで見たことの無い表情。
「ウソやないんや」
ミーナはゆっくりまばたきしながら頷いた。
「こんなええとこに連れてきてもらって、嬉しかったから」
隣で微笑んでいる、おれの大好きな人。でも、何かが違う。確かにおれはミーナのことを全部知ってるわけではない。でも、違う。おれの知っているミーナは世界を壊すとかいきなりキスしようなんて言わない。
ミーナが悲しそうに口を開く。
「なんか、こんな女、嫌そうやね」
何かあった。おそらくそうなんだろう。けど、恐くて訊けない。この先に進むと二度とミーナに会えなくなるような気がして。勇気が、出なかった。




