時計台の中で
「この時計台作ったひと、絶対ドSやで、きっと」
ミーナがいきなりついた悪態に、おれは吹き出してしまった。
「ドSて」
「絶対そうやわ。まるであたしという馬が一生食べられへんニンジンを頭にぶら下げて走らされてる気分」
おれは再び吹き出してしまった。おれがミーナの表情を真剣に捉えて深く入り込んでいたときに、ミーナはこんなバカなことを考えていたのかと思うと、自分のアホさ加減が恥ずかしくなった。
「おもろいこと言うなあ」
「何もおもんないし」
ミーナは膨れていた。プンスカというマンガのような音が今にも聞こえて来るような気がした。
「おれは楽しいわ」
「は? この状況?」
「イエス」
「レンはドMやなあ」
「だって、ミーナの反応がおもろいねんもん」
「あ。ドMじゃなくて、ドSやったか。この時計台を作ったひとと君は変わらない訳だね」
「そうかも」
「うーわ。とんだゲス野郎が目の前にいたわけだ」
「ゲスは言い過ぎやろ」
「いいや、レンは今日からゲス野郎や」
「じゃあ、ミーナはヘタレ野郎やな」
「カチン」
「おっと、切れちゃったかな」
「オボエトケヨ」
「おお、言葉から急に感情が消えた」
「ウエニツイタラ、ボコボコニシテヤル」
「物騒やな」
ミーナは本気か冗談か分からない感じで、また口を閉じてしまった。
上り始めて十五分は経っただろうか。うっすらと天井らしきものが見え始めた。
「もうすぐっぽいよ」
少しでも元気づけたくて、おれはミーナに言葉をかけた。
「マジっすか」
ミーナがテンション高めに声を発したので、おれの心も上がった。
だんだん天井が近づいてきた。と同時に何やら長めのハシゴが見えてきた。
「ウソやん」
ミーナがすぐに反応した。
「あのハシゴ、五メートル以上はありそうな気がすんな……」
「めっちゃこわいやん……」
軽く会話をしている間にハシゴの下についた。見上げてみると、ハシゴは筒状にくりぬかれた天井部分に吸い込まれるようにして取り付けられており、実際は十メートル以上はあるようで、最後何メートルかは真っ暗で何も視認できなかった。
「上るか」
「うっそ、上るん? これを? 下見てみいや」
「見ーへんよ」
「めっちゃ恐いで」
「知ってる。でもまあ、別に死ぬわけちゃうし」
「死ぬし。三時間前の状態に戻るし」
「何か良いアイテムでも取ったん?」
「滅びの欠片」
「ウソやん」
「ほんまやし。ほら」
ミーナは道具袋から透き通った黒い石ころを取り出した。
「それって、半径五メートルは何もなくなるっていう、噂の?」
「そうそう。使い方間違ったらパーティー全滅するっていう、噂の」
「要らんのちゃう、それ」
「いるし。ピンチの時に使うもん。カニ倒してる時に変な人に手助けされんの、もう嫌やん?」
「変な人っておれ?」
「そやで。今から、こんな階段上ろうとしてるしね」
「じゃあ、やめとく?」
「いや、行く」
「行くんかい」
「ここまできたし、行くしかないのは分かってますよ」
ミーナは心臓を叩き始めた。気持ちは分かる。ゲームと分かっていても、肌に当たる生ぬるい風は本物のそれと何の違いもないように、ここから落ちれば間違いなくジェットコースターを遥かに超えた恐怖を味わうことになる。
「じゃあ、おれから」
ミーナが眉間に力を入れながらうなづいたのを見て、おれはハシゴに手をかけた。多少ひんやりとした鉄の感触が腕を経由して脳に伝わってくる。おれは交互に手と足を運動させて、ハシゴを上った。
おれは下を見なかった。音だけでミーナもハシゴを上ってきていることを確認した。足をすくめてはならない。その事だけに注意を払い、おれは真上に進んだ。
一番上についた。と思う。光は全くなく、おれの上への手探りが何かにぶつかった。恐る恐る、もう一度手を伸ばす。何やら熱い。さっき感じた熱はやっぱり間違いではなかった。あと硬いし、表面はざらざらとしている。
触れない熱さではないと思ったおれは、上への力量を思いきって増やした。
「やっぱり」
上から光が漏れてきた。どうやら、おれの手にぶつかったのはマンホールみたいなフタのようで、おれはそれを一気に持ち上げて横にスライドさせた。
「まぶすぃ」
真っ白な世界に包まれて、ミーナが嬉しそうな声をあげた。




