それでも
「何、急に」
「偵察魔法使えば、上がどうなってるかわかるやん」
「行った人の話では、見晴らし良かったって言うてたけど」
「ウソかもしれへんやん」
情報元はトマソン。一度トマソンの話を聞いて、別の場所に行ったことがあるが、話と結構違っていてパーティーが全滅しそうになったことはあった。
「まあ、ありえるけど」
「でしょ。こんなに苦労して歩いた先に何もなかったら、辛過ぎるやん!」
ミーナの中でかなり熱い閃きだったのか、ちょっと興奮した様子で道具袋からいかにも魔法使いの杖に見える武器を取り出した。その杖を額に当てて目を閉じ、ミーナはゴニョゴニョと口を動かした。次の瞬間まぶしい球体が目の前に現れ、光が弾けるようにして黒い小鳥が創成された。
「じゃあ、ちょっと見てくるね!」
さっきまでの重たい口がウソのように軽く動いた。
「あいよ」
ミーナは目を閉じたままだ。別の魔法使いの話では黒い小鳥が見えているのが術者にもそのまま見えるらしい。鳥は目が左右についているから視界が広いらしく、いつもの景色が違うように見えて、それがまた楽しいらしかった。
「あれ?」
黒い鳥はその場でホバリングをしたままでいた。この状態をおれは前にも見たことがあった。
「もしかして」
「この時計台はダンジョン扱いなんやわ……」
ダンジョンの中では磁場の影響という設定で、偵察魔法は使えない仕様になっていた。
「しかし、こんなことされると逆に上がどうなってるか気になって人気が高まりそうやけどな」
ミーナはそう言いながら、眉をひそめた。
「人気というか、ただ単に鍵持ってる人が少ないだけかも」
ミーナが目を開けると同時に、黒い小鳥は煙へと姿を変え、風とともに跡形もなく消え去った。
「とりあえず上ろう。人気ない理由がそれで分かるかも」
ミーナは眉毛を思いっきり下げながら息を吐き出した。
「まあ、そうため息つかんと」
「ため息ぐらいつかせてよ」
おれたちはまた、途方もない階段を上に向かって歩き出した。
人間は密室の中で単純作業をさせられると強烈な苦痛を感じるらしい。今回がその状況に当てはまるかどうかはわからないが、少なくとも再びだんまりになってしまったミーナにとっては大きなストレスとなっているように思えた。
失敗したかな……。
おれの口からもため息が漏れた。
「あ。レンもため息ついてるやん」
「ついてへんよ。これは深呼吸」
「レンも階段上るん、しんどくなってきたんやろう?」
「そこは否定しない」
「やっぱり」
「なんか、レベルが七十になってから全然上がらんようになってもうたんと重なるわ」
「そうなん? あたし、六十台になってからも全然上らんって嘆いてんのに」
「七十台はその三倍ぐらい上らんって思ったほうがええかも」
「うげー」
本当を言うと、おれにとっては階段を上ることなんて大したことじゃない。むしろ、ミーナと二人でいるから、何だって楽しいぐらいだ。でも、おれだけ楽しくてもダメなんだ。ミーナにも楽しくなってほしい。なのに、おれはミーナを訳のわからないところに連れてきてしまった。ミーナに苦痛を与えてしまうような場所におれは案内してしまった。
時計台の半分ぐらいまで来ただろうか。先は長い。さすがにおれの息も荒くなってきた。ミーナについては壁に手をつきながら歩いていた。
「休憩する?」
おれは足を止めて、ミーナに言った。
「せーへん」
以外な一言が返ってきた。
「なんで?」
「嫌なことは一秒でも早く終わらせたい。それに休憩してもうたら、もう一生立ち上がる気なくなるかも」
「やっぱミーナもせっかち派なんちゃうの?」
「ちゃうし。あたしはゆっくり派! それとこれとはちゃうの」
ミーナの目が恐かった。もう、冗談が通じないみたいだった。多分、自分の心のなかの悪魔のささやきと闘っているんだと思った。揺れる心にムチを打ち、ミーナは足を前に運んでいるようだった。
おれはミーナのこの目が好きだった。おれの根底には”抗ってもムダ”っていう気持ちが敷き詰められていて、あの目をすること自体が無意味だと思いこんできた。世界は結局変わらない。人間という生き物の醜い部分がこの世から消滅することはない。
”それでも”
”それでも”という気持ちがあの目に宿っているように見えた。世界が変えられないと分かっていても、それでも抗おうという姿が、決して光が届くことのない地中に住んでいたおれの目に輝きを入れた。初めは眩しくて、何度も目を閉じて拒否をしたのに、あとからあとから伝わってくる熱に対して、気付けばおれの心にも火が点っている時があった。その事実をミーナは知らない。これはおれだけに起こった変化で、誰にも話したことはない。




