ミーナ
いけると思った。ミーナもそう思ったんじゃないかと思う。
甘かった。その思いは一瞬で吹き飛ばされた。戦闘不能にしたと思っていたエンドクラブにハサミで身体を掴まれしまった。迂闊だった。完全に背を向けてしまっていた。
ミーナも攻撃を受けきれなくなって、元気なエンドクラブのハサミに掴まれてしまった。
元気なエンドクラブが、大きな右のハサミで何度も空を切る運動を繰り返している。こいつはどうやら相当性格の悪いカニらしい。ミーナがあと一打で斃れるところを、わざわざ一撃必殺で決めるつもりのようだ。ミーナの首が飛べば次はおれ。現におれの身体は元気なエンドクラブに差し出される格好になっている。
「ほんまごめん」
たかがゲーム。なのに、ミーナは泣いておれに謝ってきた。落ちていく涙が渇いた砂に虚しく吸われていく。その光景がおれの心の何かに触れた。
叫んだ。力いっぱい。しかし、無情なエンドクラブたちがおれたちを解放することはない。ゲーム開発者たちにプログラミングされた通りに動くだけ。
おれは腰の道具袋に右手を突っ込んだ。上等玉。野球ボールサイズの黒いガラス玉。おれはそれを取り出し、握り割った。こんな状況で使うアイテムじゃないのは分かっていた。
おれの身体がみるみる黒くなる。おれは締め付けていたハサミをあっさりと外して、死にぞこないのカニの腹に蹴りを入れてやった。一撃で消滅。あと一匹だけ。
元気なエンドクラブは異変に気づき、ミーナの首だけでも取ろうとした。遅かった。止まって見えるとはこの事なんだろう。おれは剣を拾い、エンドクラブの足を切り、ハサミを割り、自慢の甲羅も脳天から砕いてやった。
「もったいないわ!」
ミーナが消滅するエンドクラブを横目に口を動かした。
「いっぱいあるうちのひとつやし、気にせんといて」
戦闘終了の電子ウィンドウが目の前に現れた。どうやら、おれのレベルがまたひとつ上がったみたいだった。
「うそやん。上等玉はそんな簡単に手に入るようなアイテムちゃうし」
「一回使って見たかったし、ちょうど良かった。リアルは同じ関西人っぽいし、まあ助けられて良かった。ほら、見てよ、大きなハサミもめっちゃドロップしてるわ」
目の前にレアなアイテムである大きなハサミが三つも転がっていた。
「これあげるわ」
ミーナはおれに七色の貝殻を渡してきた。
「うわ、これ神の貝殻やん。自分で持っときいや」
「さっき拾ったやつやし」
パーティー全員のライフポイントを一瞬で全回復するアイテム。ミーナはこれを失いたくなくて、あのときおれを呼んだのだろう。
「ええわ」
「ええって、取っときって」
ミーナはおれの道具袋に、持っていた神の貝殻を無理矢理押し込んだ。
「くっせ」
身体から牛乳が腐ったような臭いが漂い始めた。どうやら、上等玉の効果が切れて、副作用が出てきたようだ。上等玉は三分間だけ、身体能力を爆発的に向上させることができる代わりに、使用後は三十分ほど異臭を放つ。
「ほんまに真っ黒になるんやな」
ミーナは臭くなったおれの腕を掴んだ。
「おい」
「あ、ごめん。嫌やった?」
「そうじゃなくて、自分のほうが嫌ちゃうんかなと思って」
「臭いもんね!」
ミーナは笑顔でそう言った。
「はっきり言うなよ!」
「さっさと大きなハサミを道具袋に入れて、一人で町に戻れって?」
おれは激しく頭を上下に動かした。
「ごめん、そんな薄情なことできる勇気がうちにはないわ」
おれは目を見開いたあと、ちょっと笑ってしまった。ミーナは町へ帰ろうとせず、その場に座り込んだ。戦闘が終われば、冒険者たちはだんだん回復する仕様。座り込めば、回復量は倍になる。
「名前はなんて言うん?」
おれのことを見上げるミーナ。まっすぐ向けられた瞳に動揺して、おれは一瞬リアルの本名を言いそうになった。
「レン」
「いい名前やん」
「ありがと」
「あたしはミーナ」
「へー」
「へーって。いい名前やね、とかないん?」
「別に」
「何なん、照れてるん? ていうか、自分も座りーや」
ミーナが自分の隣をポンポンと叩いた。戦いが終わっても高まった鼓動が続いている。
「別に照れてないし」
おれはミーナと少し距離を空けて座った。
「大きなハサミを町にいるコレクターに渡したら、一万アーレやね。レンさんは何買うん?」
初めからタメ口で話していた相手に、いきなりさん付けで呼ばれて違和感を覚えた。
「新しい剣がほしいなって」
「へー。アンダラード王国のアロンダイト当てたらいいやん」
「いやいや、あんなん当たらんでしょ」
「応募してないん?」
「した」
「じゃあ、当たるかもですよ」
ミーナは結局、それから三十分ぐらいメナン海岸で一緒に話をしてくれた。自分のライフポイントとマジックポイントが全快しても、おれがこの身体で町に帰ることができないことをすぐに察して、異臭がする中おれにずっと付き合ってくれた。




