ヤバい状況
「やっぱ待って!」
ミーナはピンチになっていた。左のハサミで身体を掴まれ、右のハサミで首をちょん切られそうになっていた。エンドクラブの一撃必殺技。冒険者はライフポイントがゼロになると、強制的に三時間前の状態に戻される。しゃべって三時間過ごした分なら何の痛みもない。もし、三時間レベル上げやクエスト攻略やレアアイテムを手に入れていたら、それは全部パーになる。この時のミーナはおそらく後者。おれはそれをすぐに察して、剣を抜いた。
エンドクラブの右のハサミの先端を砕き、続いて左のハサミを根元から切り落とした。ミーナがハサミに挟まれたまま尻もちをつく。
「やっぱ、待ってって言わんかったら良かったかも」
遠くにいたエンドクラブ三体がこちらに向かってきた。さすがに二人でも全滅の可能性が出てきてしまった。
「さっさとこいつを片付けて逃げよう」
「無理。さっき足くじいたから」
「パートヒールは?」
「使えない。それ覚えんの、レベル十二から」
「ヒールはあと何回分?」
「一回だけ。もう無理やし、はよ君だけ逃げて」
「景色はだいぶ赤く見える?」
冒険者はライフポイントがゼロに近づくと景色が赤くなっていく。
「結構赤い」
やば過ぎる。足のくじきを治せる魔法もおそらくアイテムもないし、ライフポイントを回復できる魔法も一回しか使えない。
「とりあえず、最後のヒールで自分のライフポイントを回復させといてくれ」
「何言ってるん、はよ逃げや」
「ごめん、そんな薄情なことできる勇気がおれにはないわ」
エンドクラブが右のハサミを降り下ろしてきた。おれはそれを鉄の盾で受け流して、柔らかい腹の部分に剣を刺しこんでやろうと思った。エンドクラブの弱点。うまくいけば、すぐに目の前のエンドクラブを葬れる。っていうか、うまくいかないと状況は厳しくなる一方。
失敗してしまった。カウンターに気付かれて、エンドクラブは瞬時に横へ運動し、剣は硬い甲羅に弾かれてしまった。
ミーナが短い悲鳴をあげた。おれは一瞬だけ視線をミーナへ向けた。
「こんなときにビーストビーかよ!」
厄介な敵が増えてしまった。巨大なハチはすばしっこくて、物理攻撃を当てにくい。尻にある針を一度でもくらうと毒で身体が一気に重たくなってしまう。
エンドクラブとのにらみ合いが続く。向こうは攻撃をしてこない。聖騎士はカウンターが得意であっても、自分から攻撃を仕掛けるのは苦手。いつもなら冷静を保って攻撃を待つ。でも、いまは状況が違う。エンドクラブ三匹がそこまで来ている。後ろを取られれば、さすがの聖騎士でも大きなダメージを受ける。焦りが身体中に充満する。
おれは耐えきれなくなった。パンパンに膨れ上がった苛立ちを抑えきれず、右のハサミに向かってなぎ払うように剣を振った。右のハサミも機能を停止させてしまえば、こいつは攻撃手段を失う。
おれの剣は空を切った。エンドクラブはひょいっとハサミを上に持ち上げておれの攻撃をかわし、そのままハサミを降り下ろしてきた。重い一撃が盾に響く、おれの足が砂に埋まる。
好機が生まれた。エンドクラブはおれの盾にハサミを弾かれて、後ろにのけぞった。いまなら、腹を刺せる。おれは足を回転させて懐に入ろうとした。
次の瞬間、背中に激しい衝撃が走り、おれは砂浜に叩きつけられた。背中にヒリヒリとした軽い痛み。ゲームなのでズキズキのような強い痛みが走ることはない。振り向くとエンドクラブ三匹がそこにいた。