無愛想女
ミーナがストファンに来ていた。五日ぶり。そんなこといままであっただろうか。おれは早速リンクストーンでミーナに通話を試みた。
「おーっす」
繋がった! ミーナの声だ!
「めっちゃ来てへんかったやん、何してたん?」
「いやー、もうストファン辞めようかなって思って。ていうか、ヘッドギアつけんのも辞めようかなって」
「うそやん!」
「ほんま。でも、結局ノコノコ現れてしまいました」
「なんやねん、うそかよ」
「うそちゃうし」
「せやけど、また誘惑に負けて来ちゃったわけでしょ」
「まあ、そんなとこ」
何気ない会話に心が踊り出す。
「見せたいもんがあんねん、いまどこ」
「カラバールの森」
「うげ、遠いな」
カラバールの森はおれが今いるアンダラード王国から、旅客用の飛空挺に乗って十五分、そこからビッグドッグで飛ばして十五分のところにある。ビッグドッグは言葉の通りの大きな犬。この世界では現実世界の馬みたいに移動手段のひとつしても使われている。
「レンはアンダラード?」
「そう」
「じゃあ、二十分後にハーバスのアイス屋さんに居よか?」
「助かる」
ハーバス共和国はアンダラード王国発の飛空挺で直接行ける場所。飛行時間は二十分。ミーナはカラバールの森からビッグドッグで二十分かかる場所に来てくれると言ってくれた。
「じゃあ、それで」
「今日こそ、デートしようよ」
いつもの軽い感じ。断られると分かっていても、言いたくなる。ミーナはすぐに誰かと合流してグループで動きたがる人。
「ええよ。じゃあ、とりあえずアイス屋さんで」
プツン。
おれが、「え?」という前にミーナは通話を切ってしまった。いま、「ええよ」と言った。確かにそう言った。
「マジか……」
おれは走った。ハーバス行きの飛空挺は五分ごとに出ている。別に急ぐ必要はない。しかしあふれでる気持ちが抑えられず、石畳を蹴って飛空場へ向かう。いままで何回デートしてくれとお願いしただろうか。百回は下らない。「はいはい」とか「そういうのはまた今度ね」とかあしらわれ続けて、今日とうとうオッケーをもらったんだ。
―――よっしゃあああああ!!!
千アーレを窓口で払う。和紙っぽい感じの切符は簡単に偽造できそうなクオリティだが、いまはそんなことどうでもいい。改札で切符にスタンプを押してもらい、ハーバス行きの飛空挺乗り場に急ぐ。疲れない。おかしいぐらい身体がぬるぬる動く。ストファン内では、レベルが上がるごとにスタミナやパワーが上がっていく。レベル七十のおれは現実世界に比べて三倍ぐらいあるらしい。それでも疲れるときは疲れるのに、いまはそれがない。いくらでも走れそうな気がしてくる。
飛空挺は無数のプロペラが付いた木製の乗り物。昔の木製の船みたく、甲板がだだっ広くあるだけで、乗客である冒険者たちはそのへんに座ったり、手すりにもたれかかって景色を眺めたりする。売店で名物の軽食とか飲み物とかも売っているから、乗挺中苦痛になるとかはあまりない。
飛空挺のキャプテンが景気よく掛け声をあげると大空への旅が始まる。ゆっくり浮かび上がるように飛空挺は高度を上げ、目的地へと進み始める。速く動く気球といった感じ。現実では絶対に再現できないことはみんな分かっている。軟弱にしか回っていないプロペラが百トンはあるだろう挺体を持ち上げられるわけがない。
高度を順調に上げていく飛空艇。おれは飛空艇の一番先頭に立って、風を受けた。頬に優しく当たる風。まぶたを落とすと、鮮明にあの日のことがよみがえってきた。
ミーナと初めて会ったのはメナン海岸。海面から十メートルはありそうな底まで視認できてしまうほどの透明度で、鮮やかな魚や海藻たちが気持ちよく揺らいでいる姿にとても癒される。
ミーナは砂浜でエンドクラブという人の背丈ほどあるカニのモンスターをひとりで狩っていた。聖魔法使いとしての運命。回復役を担うパーティーに必須の存在は、ひとりだとめちゃくちゃ弱い。低い攻撃力では敵のライフポイントを削りきるのにやたら時間がかかる。
「手伝おうか」
当時のレベルはおれもミーナも十ぐらい。レベル十五ぐらいまでは、単独で行動することが多く、おれがあの時見ていた光景は珍しいものではなかった。
「ひとりで十分」
せっかく守りの固い聖騎士見習い様が声をかけてあげたのに、素っ気ないセリフが返ってきた。
「じゃあ、ご勝手に」
おれはもうエンドクラブから”大きなハサミ”というアイテムを手に入れていたから、集落に戻れば無事クエスト終了で一万アーレを手にいれることができる。おれはこんな無愛想女をさっさと視界から消して、集落に足を向けた。