ヒューマン・ノーマライザー
「うひょー!」
浩平は口元を手の甲で拭いた。
「なんかすごく大阪に来たって感じがするね」
菜月はもう一度お好み焼きから上ってくる美味しそうな匂いをしっかり吸い込んだ。
神木については何も言わず、気づくとステンレス製のコテを握りしめて、目の前に置かれたお好み焼きをカットし、なにかに取り憑かれたように急いで切れ端を口に運んだ。
「あふっ、あふっ」
神木は五切れほど頬張ったあと、お冷を口に含み、やっと一息ついた。
「僕の想像を遥かに上回っているね、これは」
「ああ、めちゃくちゃうまいわこりゃ」
浩平も神木に負けじとさっきまで黙々と食べていた。
「神っきーっていつも初めの数分はご飯にがっつくよね」
「前にも言ったけど、料理人によって作られた料理は目の前に置かれた時が一番美味しい時。その味をいつもしっかり覚えたいなってね」
「別にプロ目指そうってわけじゃあるめーし」
「いいや、食べるプロではいたいと思っている」
「まあ、いいんじゃねぇの」
「神っきー、わたしの質問おぼえてる?」
「ああ、悪い、途中だったね。ヘッドギアにSDカードを挿し込めるようにした理由についてだったね」
「秀川はビジネス的に旨味があると思ったからと、あともう一つ」
「それは、もう菜月も浩平も分かっているだろう?」
神木の言葉にピンとこなかった菜月は浩平に顔を向けた。しかし、浩平も何のことだか分からないといった感じで菜月に首をかしげてみせた。
「ウィルスで問題が発生したら、僕ら三人が呼ばれるってことさ」
浩平と菜月は二人とも同時に「ああ」と口を開いた。
「僕たちは一生秀川サマにこき使われる運命なんだよ」
「……」
浩平と菜月は二人とも口を閉じたあと、鼻からため息をついた。
「まあ、天才に生まれてくるのも大変ってこったな」
浩平はめんどくさそうに首をかいた。
「天才は神っきーのことで、私らはそのおともってだけだけどね」
「おともだなんて。ここまで高い信頼関係を築けた人たちは君たちが初めてだから、僕からすれば君たちこそこんな変人と付き合える天才だと思っているよ」
浩平はちょっと頬を赤らめて、「はは」と言った。菜月も人差し指で頬をかいた。
三人は再びコテを持ち、お好み焼きを口に運んだ。
「まあ、昼からも楽しく仕事しますかー」
浩平が独り言のようにそう言うと、神木も菜月も少し笑顔をこぼして、「だな」「だね」と言った。
「そーいや、あいつらはまだ秀川ワールドで絶賛活動中なわけ?」
「おい、その話を気軽にするなと言っただろう」
「おお、すまん。わりぃ」
浩平はばつの悪そうな顔で謝った。
「ヒューノことヒューマン・ノーマライザーのことはまだ確認中だ」
「神っきー、人に言うなって言ったそばから正式名称だしちゃってるじゃん」
「さすがにこの店にあいつらはいないさ。どこで盗聴されているか分からない社内よりよほど安全だろう」
「さっき俺が謝った分、返せ」
「あの秀川大先生もさすがに気づいているだろうけど、秀川ワールドは人の脳にある情報を読み取って世界をつくる僕の仮想世界と違って、初めから前もって全部ポリゴンで作ってある。だから、」
「お前、そういうとこだぞ。他人の話を無視して自分の話を進めるなっつーの」
「ごめんなさい。僕が悪かった。許してくれ、浩平大明神」
「謝ってんのか、バカにされてんのかが分かんねえ……」
「話を続けていいか?」
「はい、どうぞ」
浩平は呆れた様子でため息をついた。
「秀川ワールドは僕の仮想世界とは違う。だから、ブラックアウト現象が出るわけないんだ。どんなに小さくとも、それは非常に大きな異常と捉えるべきだ」
「秀川からその件で連絡は?」
「ないよ。大方、僕も信用されていないんだろう」
「秀川は原因を掴んだだろうか」
「そんな訳ないだろう」
「なぜそう、言い切れるの?」
「この僕がまだ掴めていないから。ヒューノが絡んでいるかも推測の域を出ない」
「お前、秀川のことバカにしてっと、また痛い目に合わされんぞ」