黄昏の蜃気楼
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
今日も元気にマロンが眩しい笑顔を見せ、学校に向かっていった。
空は快晴、いつもと同じ日常、今日もゆっくりと時間が流れる……と思っていたのだが――。
「なぜおまえがここにいる?」
リビングに戻り、朝から気配を消していたこいつに問う。
「せっかく会いに来てあげたのにあんまりね」
「来てくれと言った覚えはないが」
スッとなにもないはずの場所から姿を現すこいつは【ミリア】。
元同じパーティに所属していたSSSランク冒険者。
派手な金色の長い髪をなびかせ、キリッとした目をした小柄な少女。
若干16歳でSSSランクに到達した天才、派手な見た目に反して世間では【絶対不認のアサシン】や【黄昏の蜃気楼】と呼ばれている。
「しかしまあ、あんたがあんな締まりのない顔をするなんて思わなかったわ」
「なぜここがわかった?」
フッと鼻で笑う彼女に俺は問う。
そう、この家は誰にも教えていない。
それは元パーティメンバーも例外ではないのだ。
「他の人はどうかしらないけれど、私からは逃げられるはずないでしょ?」
流石ミリアと言ったところなのだろうか、嬉しい事ではないのだが。
だが、今日の異変はこの不法侵入者だけではない。
「まあいい。それで? ただ俺の顔を見に来たわけではないのだろう?」
「流石、よくわかってるじゃない」
「当然だ。今にもこの山に押し寄せようとするこの気配に気づかないわけないだろ」
そう、昨日からこの気配には気づいていた。
巨大な魔物の気配。
まだ遠くにいるのに関わらず、これだけの力を感じる。
Aランク、いやSランクに相当する魔物だろうか。
「イビルベアよ。他のメンバーがいれば良かったのだけどね。あいにく今はみんな散り散り、近くにはいないの。私だけじゃ倒せないわ」
イビルベア――ベアという熊の魔物の変異体。
茶色の体毛に魔素を纏い、全身筋肉といわれるほどの力を持ったSランクに指定される魔物である。
確かにミリア一人では荷が重いだろう。
こいつはSSSランクと言っても、戦闘向きではないのだ。
「それで俺に倒せと?」
「察しがいいじゃない」
「それは無理だな。俺はもう利用されるのはごめんだ。マロンとの平和な生活の邪魔をするな」
「いいのかしら? イビルベアは町に向かっているわよ?」
「オマエ――」
ニヤリと歪な笑みを見せる彼女。
間違いない――こいつ、イビルベアを町に誘導しやがった。
「やっとらしい顔になったじゃない」
睨む俺に対しそういってくるミリア。
「お前、後で覚えてろよ」
俺は笑みを崩さないこいつに背を向け家を急いで出た。
微かにイビルベアの地を揺らす足音が聞こえてくる。
山に住む鳥たちはすでに危機から逃れる為、一斉に空に羽ばたいている。
イビルベアの速さを考えると、もうそんなに時間は残されてはいない。
――マロンが気づいて怯える前に決着をつける。