わたしのかばん!
「ふぇ~。ごしゅじんさまごめんなさい……かばんがやぶけちゃった」
学校に行こうと準備をしていたマロンが俺の部屋にやってきて、泣きそうな顔で言ってくる。
手には学校に持って行っていた手提げかばん。
荷物に耐えられなかったのか糸で編まれたそのかばんの底がぱっくりと穴が空いていた。
「そうか、それじゃあ買わないといけないな」
山奥にある我が家。
静かに暮らすため、当然近くに村などはない。
となれば必要物品は山のふもとにある町に下りて買わなければならない。
幸いお金はある。
一生贅沢をしても尽きないほどにふんだんにある。
「いいの~?」
「ああ、もちろん」
「やったー!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ彼女。
先ほどの泣きそうな顔はどこにいったのか、それはそれはとても眩しい笑顔だ。
とりあえず、予備のかばんで今日は学校に行ってもらい、下校時に買い物に行くこととなった。
♢
「ごしゅじんさま~おまたせ!」
「おぉ、おつかれさま」
いつもどおり、変装ばっちりでマロンを学校の門前で出迎える。
町の小さな初等学校、5歳から10歳までの獣人の子供たちがここに通っている。
獣人と人間の習性などの違いから学校が別に用意されているのだ。
人間と獣人の仲が良くない地域や国もあるようだが、この町ではお互いを尊重しあっているように思う。
「あんたはほんとにパパが好きね」
俺を見て駆け寄ってきたマロンの後ろから虎耳の幼女が言ってくる。
この子の名前は【ココ】。
いつも一緒に遊んでくれるマロンの友達の一人で、グループのリーダー的存在だ。
「やあ、ココちゃん。いつもマロンと遊んでくれてありがとう」
「いいわよ、私が遊びたいから遊んでいるの」
綺麗なオレンジ色の長髪を手でなびかせて返してくる。
キリっとした琥珀色の目をした彼女は、その見た目通り気高い幼女だ。
「ココちゃん、またあしたね~」
「ええ、また明日」
目いっぱい手を挙げてバイバイするマロンに対し、ココちゃんは顔の横で小さくバイバイをする。
本当に同じ年だろうかというほど、ココちゃんは大人っぽい。
「それじゃあいくよ」
「は~い!」
手をつないでその場を後にする俺たち。
目的はもちろんかばんを買うことだ。
♢
「わ~! かわいい~!」
子供用品の置いている店のかばんコーナー。
マロンは並べられた女の子用のかばんに目を輝かせている。
「これにするか?」
マロンが見ているピンクに犬のアップリケがつけられた手提げかばんを持って聞く。
だが、しかしマロンは「うーん」と考える様子だ。
「ほかの方がいい?」
「これもかわいいし、これも、これも……決められな~い」
いくつものかばんを指さして悩む。
これも女の子といったところか、なかなか決められないようだ。
悩む彼女をそのまま見ていると「あっ!」と足早にあるかばんに駆け寄っていった。
「ごしゅじんさま! これ!」
「おぉ。本当にそれでいいのか?」
「うん! これがいい!」
「そうか、じゃあそれにしよう」
マロンが持ってきたのは先ほどのカバンによく似ているが、犬の隣に人間の男のアップリケが足されたもの。
「えへへ~。ごしゅじんさまとわたし~!」
帰る際、そう言ってそのアップリケを俺に向ける彼女の笑顔はやはり世界一かわいいのであった。