5話 ディーベルト 2
自分の素性を話し終えたディーベルトはグラインとメルと食事をしたあと、使用人たちに挨拶をしローズワイル家をあとにした。旅をすると伝えたところ資金を渡されそうになったのだが断った。理由は資金は両親から既に渡されておりアイテムボックスと呼ばれるマジックアイテムに収納されているからだ。グライン達にそれを説明しなかったのはアイテムボックスというアイテムは世界に現存する物は三つしかないほどの貴重品であり魔力登録により使用者本人にしか使えない。
それにアイテムボックスは魔力登録というものがあるがこれは強制的に破棄させることができる。その方法は使用者を殺すこと。人の魔力は生命が失われることと連動して失われる。
これは魔力は魂と繋がっているという説を提唱した者がおり、その者が実験として罪人にアイテムボックスを渡し処刑してみたところ、アイテムボックスから収納していたアイテムがすべて吐き出され未登録の状態に戻ったことから世界中に知られたことだ。
それに他にもグラインたちに話していないことがある。
それはディーベルトの能力だ。身体能力とは違う、魔法戦闘力や特殊能力のことだ。グラインは印象に残っていないようだが、ディーベルトは初級魔法でも上級魔法並みの性能で使うことができる。これはおそらく瘴気を摂り込み肉体が変質したのと同時に魔力の質や量も変化したのだろう。今まで使うことができなかった魔法を使用可能になりその効果も異常なほど高かった。
魔法の制御はまだ素人だが威力は一級品。つまりどういうことか、簡単に言うと暴発しやすいのである。そのためディーベルトは魔法の使用を己に厳しく禁止している。師となってくれる者に巡り合えば頻繁に使用すると決めているがまだ出会っていない。
そんなディーベルトがルイガで最初に行くことにしたのが冒険者ギルド。国外追放となって放浪者となった自分には身分がない。つまり宿もとれないのである。
冒険者となり冒険者証を手に入れれば、収入がある・支払いがない場合すぐに依頼で稼げるという保証が与えられるのである。
「さて、行くか」
目的が定まったところで歩き出す。そこで第一歩を踏み出したところでディーベルトの体は硬直した。
「・・・・・・どこにあるんだ?ギルド」
なんとも間抜けな話だ。だが幸いここは街であり現在は朝。人通りもあるし情報はすぐに得られることだろう。となれば善は急げだ、早速通行人に声をかけることにした。
「おはようございます。お聞きしたいことがあるのですがいいでしょうか?」
「ああ、おはよう。なんだい?」
「冒険者ギルドに行きたいのですがこの街に来たばかりで道がわからないのです」
「ほぉ、若いのに冒険者になりたいのかい?逞しいねぇ。それに言葉も丁寧で、いいとこの子かい?ギルドならこの道を真っ直ぐ行って突き当りを右だよ」
「普通の子供ですよ。ありがとうございます」
「そうかいそうかい、頑張って強くなんなよ」
愉快そうに笑いながら通行人は去って行った。この街の人たちは明るいなと思いながら言われた通りの道を行く。突き当りを右に曲がるとギルドはすぐ目に入った。レンガ造りの赤い屋根、所々にある窓の向こうには人影が見える。屋根には剣がクロスされた刺繍が施された旗が風に揺れていた。
建物の扉を開けると老朽化のせいかギイイと大きな音が鳴る。その音に反応した冒険者たちの視線が一斉に入ってきた小柄な人物に集まる。
(・・・・・・パーティーとはまた違った圧力だな)
貴族の集まりで何度かパーティーに出席したことはあるがこんな重く押しつぶされそうな圧力を掛けられたことはない。せいぜい品定めされているようなネットリとした気色の悪い視線を浴びるだけだ。これが死と隣り合わせが日常の者たちの放つ当たり前のものなのだ。
気を引き締めて正面奥に見えるカウンターに近づいていくと、横から大きな体躯の男が行く手を塞いだ。
「よお坊主、こんなところに何の用だ?ガキが来るとこじゃないぜ、とっとと帰んな。まさかぼうけんしゃになりにきたわけじゃないだろう?」
体躯に見合う掠れた低い声、それでいて広いロビーに響き渡る力強さがあった。それでもディーベルトは怯むこともなく男を見上げた。
かなりの大男だ。ディーベルト二人分、いやそれ以上ある。頭にある角からして亜人・鬼人族だろう。肌は赤黒く鍛え上げられた筋肉が山のように盛り上がっている。体にいくつも傷があり歴戦の戦士を思わせる迫力を放っている。黒い鎧を身にまとっているが両腕は剥き出しで同じく黒い籠手をつけている。黒くてわかりにくいが光沢があることからこの籠手も金属だろう。
全く怯んでいない自分よりもかなり小さな存在に男は訝し気に肩眉を顰めると、腕を組んで仁王立ちになりさらに反応を窺っている。
「そのまさかですが」
気負うことなく言い返すと鬼人族の男は一瞬驚いた顔を浮かべて顔を右手で覆い笑いだした。様子を見ていた周りの冒険者たちも聴いていたのだろう、一斉にあざけるように笑いだす
「ガーッハッハッハッハッハッ!おいおい冗談だろ?お前みたいなチンチクリンが冒険者になったって死ぬだけだ!もうちょいでっかくなって出直して来な子犬ちゃん」
「貴方よりは強いですよ」
「・・・・・・は?」
鬼人族と一緒にディーベルトを笑っていた周りの冒険者たちはこの一言に一斉に凍り付く。
「おいおいおチビちゃん、世間知らずにもほどがあるぜ。そこにいるのは銀級で、明日には金級になるかもしれない男だぜ?喧嘩売っちゃあイカンよ」
「そうよ坊や。それにこの男は短気だから子供でも態度に問題があれば叩き潰されちゃうわよ?怪我をしないうちに謝って帰った方がいいわ」
周りの冒険者たちがディーベルトを可哀想なものを見る目で、中には本気で心配した様子で注意してくる。
「坊主、言葉には気を付けろ。そいつが言ってた通り俺は短気なんだ、ガキでも容赦しないぞ」
男は額に血管を浮き上がらせ種族名に恥じぬ鬼の形相で見下ろしていた。
「へぇ、大人気ないんですね」
挑発的な笑みを浮かべてそう言うと男から殺気が放たれた。周りの冒険者たちはディーベルトのセリフに騒めき、鬼人族の男の殺気を感じ取り大慌てで止めに入った。
「バカガキ!この人を怒らせるな!言っただろう、この人は明日金級の試験を受けられる程の実力と実績があるんだ!ガキが歯向かっていい相手じゃねぇんだよ!」
「ボルグさん落ち着いて、たかが世間知らずのお子様の挑発じゃないですか。相手にするだけ損ですよ」
周りの冒険者たちがボルグと呼ばれた鬼人族の男を宥めにかかっている。そうこうしているとロビーの奥、カウンターの方からカツカツと音をさせて一人のギルド職員であろう女性が近づいてきた。