3話 できるメイドはすぐ馴染むらしい
「・・・誰だ?」
「・・・えっ?」
最初の会話がこれである。
メイド服を着た女性は両手にティーポットとカップ、そして菓子を載せたお盆を持っていた。
「ローズワイル家の使用人のメルと申します。驚かせてしまい申し訳ありません」
そう言ってお盆を持ちながら少し腰を曲げて礼をした。
害がない人だ、とすぐに理解して警戒を解いたがローズワイルという知らぬ家名を聞いて困惑する。少し質問してみるとしよう。
「何故、自分はここにいるのでしょうか」
「貴方様はこの街、ルイガに到着され、門をお通りになってすぐに気を失ってしまったのです。門の監視をなさっていたグライン・ローズワイル様が貴方様をお屋敷まで運び、休養させるようにと私たちにお命じになり、こうしていつ目をお覚ましになられてもすぐに対応できるようにお飲み物とお茶菓子を用意させていただいております」
一つの質問だったのに街の名前や屋敷の主人、飲み物や菓子を持っている理由など様々な情報を教えてくれた。このメイドはかなり優秀な人のようだ。
「そうでしたか・・・助けていただき気を失っている間の世話までしていただいたにも拘らずこのような態度をとってしまったこと、何卒お許し願いたい。一人での長旅であった故、寝起きの警戒は癖になってしまっているのです」
ほとんど使う機会がなくなった丁寧な言葉遣いを心掛けて謝罪をする。飲み物と菓子をテーブルに置いたメイドはそんな俺の態度を見て目を見張り、慌てて手を振りながら頭を上げるように言ってきた。俺が貴族のような話し方をするとも、滑らかな礼をするとも思っていなかったようだ。
メルさんが部屋を出て行った後、俺は用意してもらった紅茶と菓子で胃を満たしていると扉がノックされた。
「はい」
「旦那様がお呼びです。私室まで案内するように言われていますので、準備ができましたらここにおりますのでお呼びください」
先ほどのメイドさんの声だ。タンスにしまわれていた自分の服を着て外に出ると、目をまん丸に見開いて驚いているメルさんがいた。
「驚かせないでくださいませ、足音を消すなんて意地悪です」
頬を赤く染めて膨らますメルさんは可愛かった。年上だと思っていたけど意外と同い年かもしれないと思いつい笑ってしまった。
不貞腐れたメルさんに謝りながら横に並んで廊下を歩いているとすれ違うメイドやボーイたちが頭を下げてきたので、メルさんはやっぱり上の立場の人なんだなと感心していると。
「皆さんは貴方様に頭を下げているのですよ」
予想外の言葉がかけられたので横を見る。メルさんがクスクス笑いながら悪戯っぽく微笑んでいた。
「なぜ私に頭を下げるのです?客人・・・という意味では頭は下げるのでしょうが全員というのはおかしいでしょう」
「貴方様が貴族の出のような丁寧な言葉遣いと流麗な礼をなさっていましたので旦那様にそのように報告させていただいたのですよ」
なんか知らんがやたら砕けた話し方になっている。そうこうしているうちに目的の部屋に到着したようだ。メルさんが扉をノックして声をかけ確認をとると中から「入れ」という声が聞こえたので扉を開けようとするとメルさんに先に開けられた。ニッコリと笑いながら入るように促されたので何も言わずに入る。
部屋はまるで書斎だった。天井と床は大理石のような白く美しいもので、カーペットが敷かれている。壁は全て本棚になっており、梯子までかけられている。奥にある机で書類に目を通しているのは確かに門の前にいた時に声をかけてきた男と同一人物だ。筋骨隆々の巌のような男だ、衛兵なんかより冒険者と言われた方が納得するだろう。
そんな男が書類からこちらに目を向け顔に似合わぬ優しい笑みを浮かべて話しかけてきた。
「目が覚めたようで何よりだ、メルから貴族の出かもしれないと報告を受けたから使用人たちにはそのように対応せよと伝えてある。早速で悪いんだが、少し質問をさせてくれ。子供が一人でこんな時期にやってくるなんてハッキリ言って異常だからな」
「おっしゃる通りです」
「話が早くて助かる。ではまず名前と出身地、なぜ一人だったのか教えてくれ。」
「名前はディーベルト・グルーザック、出身はレブルス帝国。一人だった理由は国外追放されたからです」