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旗揚げ

 メタセコイアの……もっと言えば、魔王様(♀)の周りに人が増えてゆく。

 中には純白のブレストプレート(鉄の胸当て)をつけているものもあり物々しい。

 メタセコイアを護るために世界の有志を集めて編制された軍隊、メタセコイア聖騎士団の証であり、先の戦争ではなかなかこしゃくな相手だった。今はどの程度残っているのかわからないが、この地がもっとも激戦場となった時は、その数は数万に達していたと思われる。それらはまだ、我々を排除する動きはないものの、監視オーラを隠そうとはしない。

 よかろう。今こそ我々の正体を明るみにし、貴様らを恐怖の混沌へと落としてやろうぞ!!

「さぁ魔王様(♀)。旗揚げの時でございます!!」

 頃合いを見計らって私はけしかける。そして粉雪の舞う白銀の風景を背に、私は背水の陣よろしく、宣戦布告を叫んだ。

「愚かな人間どもよ! 先代魔王が荼毘に付され、辛酸を舐めてより一年! とうとう雪辱を晴らす時がきたわ!!」

 発言と共に集まる衆目の眼差し。私はさらに調子を上げる。

「手始めに貴様らを屠り、その血で洗った杯で復讐を誓わんとす!!」

 ……布告に対して、一番初めに反応したのは、聖女ファリスだった。

 彼奴は一度長い金髪をかきあげると、

「やっぱりマゾだったのね」

「マゾ『ク』だ!!」

「なんでわたい一人の時にはおとなしくしてたのよ」

「ふん、王の心の準備ができていなかったからだよ」

「王って貴方?」

「私ではない。よく聞け。この方こそ……」

 私はびっと手で魔王様を指し示しながら……

 …………

 ……絶句した。

「下を向いておられるーー!!」

 絶句したと言いながら叫んでしまったが、先ほどの威勢はどこへやら。魔王様(♀)はまた、この現状をなかったことにしようと努力しておられた。

「なあに?」

 ファリスが微笑む。

「この子がまさか、王だとでも言うの?」

 こちらが魔族だと宣言したにもかかわらず、無造作に距離を詰める聖女。先代魔王様にさえ立ち向かった胆力がなせる業なのだろう。

 だが如何に人間の英雄に数えられていても、私も上級魔族である。コケにされてはたまらない。不意打ちのためのノーモーションで撃てる魔力の一撃を装填し、無造作に撃ち放つ。

 しかし聖女は物怖じもせず、手をパチンと鳴らしてその魔力をかき消してしまった。

「無防備なわけじゃないのよ?」

 そして呆気にとられた私の脇に再びかがみこみ、隠れている(つもりの)魔王様(♀)に語りかけた。

「貴方が、新しい魔王……?」

「……」

「かわいらしすぎてそうは見えないけど……でも……」

 ファリスの声が据わる。

「……魔王なら無視はできない」

 彼女は手を伸ばす。彼女の頬に触れる。私が再びの魔力を装填した時。

 魔王様(♀)から、大きな、それは本当に大きな、悲鳴が上がった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 悲鳴というか、泣き声か。いや、超音波のような奇声が辺りに破裂すると同時に、周囲数キロにわたる空気に、突如きめの細かい亀裂が走る。その亀裂に巻き込まれた者は、巻き込まれた部分がまるで薄紙であるように無残に千切れた。

「あっっ!!」

 ファリスは反応し、防御魔法をかけながら飛び退ったようだが、まったく間に合わない。

 私の見ている中で彼女は折り曲げられた空気に則していびつに曲がり、その後捻じ曲げられて数メートル先へ投げ出されていた。

「…………」

 再び、開いた口が塞がらないワタクシ。ファリスは私が放った一撃を物ともせずに跳ね除けたのだ。魔王様(♀)が今、行ったことがどれほど段違いな出来事であったかは語るまでもない。

 というか、

「ファリスを……屠った……?」

 それが私にとって信じられない。

 ファリスといえば、全魔軍が恐れた四英雄の一人だ。彼奴を傷つけることができたのは先代魔王様と四天王のみ。彼ら実力者でも"倒す"までは至っていないからこそ、彼女はこんな状況でも余裕の笑みを浮かべていたのだ。

 それが……まさか一撃で……?


「ぼんじゅ~~」

 その声は十メートル……ファリスが倒れた場所からは逆方向から聞こえた。

 振り向けば神官衣を引き裂かれた聖女の姿。笑顔で挨拶らしきものをしているが、頬を伝っている液体は、まさか冷や汗ではないだろうか。

「わたいも一応魔王を倒した勇者様ご一行だからね。しぶといのよ? あれくらいじゃ死なない程度にはね」

 見れば、ずたずたに引き裂かれて地面に叩きつけられているファリスは、いつの間にか人形のようなものがその身代わりを負っていた。

「平和ボケかしらね、わたいも……。その子の力が見抜けなかったなんて……」

 ……ちなみに、その頃魔王様(♀)は、知らない人に触れられてショックだったのか、その後私に抱っこを要求し、くっついて離れない。

「悪いけど、仲間を連れてくるわ」

「待て!」

 相手は手負いだ。これほどのチャンスもないだろう。私は一瞬で溜められるだけの力をすべて溜めると、彼女へと解放した。

 しかし彼女はそれには動じず、ひらりと身を翻すとそれを弾き、「あんにょん」と手を振りながら、再び白い風となって消える。

 ……後に残るは雪景色。すでに、積もり始めている。


 うってかわって静かになった広大な風景。

 平原は雪原といえるほどにその姿を変え、色だけでなく音も一緒に埋めていく氷の結晶が、私に抱かれた魔王様(♀)の頬に触れる。

「魔王様(♀)……もうだれもおりませんぞ」

「……」

 もっとも、魔王様(♀)はそんなことを気にする余裕もなかった。

 こういう時の魔王様(♀)は、しばらくショックから立ち直れない。身体も顔も、私に密着させたまま、恥も外聞もなくひたすらにくっついたままだ。

 しかたないので腰の辺りでトントンと手の拍子をつけてあやしてやると、やがて落ち着いてくるのだが。

 私は考える。やはり今の状態での無理強いはよくないかもしれない。

 これほどの酷いひとみしりでも、あと十年もすればとりあえず人間を見ることくらいは平気になるだろう。このように鈍い状態では勇者どもが本気で戦備を整えた際、後れをとる可能性も高い。

 そして何より、つらそうな魔王様(♀)を、私は見てはいられなくなった。

 まぁ、反抗の狼煙は上げたのだ。魔王様(♀)の力は圧倒的だった。それを知らしめたのだから、上出来ではなかろうか。

「ファリスが『仲間を連れてくる』と言えば、最悪、先代魔王様を倒した者どもを率いてくるやもしれません。今なら逃げられます。そうされますか?」

「クリスマスツリーは……?」

「それは諦めないと……」

「……」

 しばらくの沈黙……そして、首を小さく横に振る魔王様(♀)。

「飾りつけ、したいのに……」

「でもそうすると、先ほどよりもさらに激しい戦いを強いられます」

「飾りつけ、したいのにぃぃ……」

「うーん……」

 ひとまずこの場を納め、相手をおとなしくさせる方法……。

「じゃぁ……説得?」

「説得じゃと?」

「うーん……」

 人間が聞く耳を持つかはわからないが、こちらもいくつか話せる余地がないわけでもない。

 場合によってはなし崩しに戦いが始まってしまうかもしれないが、とにかく「戦わずツリーを飾る」という目的を果たすとすれば、そんな方法しか思いつかない。

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