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聖女ファリス

 早くも雪化粧を始める大平原に、一陣の風が吹いた。白く艶めいた風は、やがてしなやかな人型を形成していく。

 私はほんの少し、眉間を難しくした。この雪を見て、"震源地"を割り出すことができるほどの魔力を持っているということだ。只者ではない。

 魔王様(♀)を煽るためそのような実力者の来訪を望んでいたことは言えるが、いざこれから大きな戦いが予想されれば、笑ってはいられなかった。

 なお、魔王様(♀)は、思いっきりうつむいて、いないフリをしている。

「ぼんじゅ~~」

 現れたのは女だった。厚ぼったい神官服を着ているのに、やけに妖艶な雰囲気をかもしている二十代半ばほどの女。ウェーブを描いている長い金髪と、みずみずしい唇が美しく濡れている様を見ると、神官衣の純朴さがちぐはぐに見えてしまう。

色めかしい、どこか匂い立つ雰囲気の女であった。

 が、私の表情が緩んでいかないのは、それが理由ではない。

「聖女、ファリス……」

 ……間違いない。一年前、魔界にまで乗り込んできた勇者輝彦の脇を固めていた女である。

 ファリスはにこりと微笑んだ。 

「知ってるんなら話が早そうで助かるわ。わたい、今、鳥が主人公のRPGやってて、早く戻りたいのよ」 

 彼女はその後、めいっぱい鳥のRPGとやらの魅力を語り、いい加減耳が疲れ始めたところでふと我に帰ったように、

「この雪は、貴方?」

 優雅に手で私を指し示しながら、上を見上げた。

「こんな季節に雪ってどういう了見よ」

「……」

「いいこと? 秋は紅葉を楽しんだり旬の物を食べる季節で、雪だるまを作る季節じゃないのよ? わかったらすぐに元に戻して。鳥のRPG、今いいところなんだから」

 ファリスはその後、早く帰りたいといっていたわりには、鳥のRPGのストーリーの魅力を長々と語った。途中、感極まって泣き出してしまったが、こちらはどう対処していいのかわからない。

「きっと、一年前勇者に同行していた時も、輝彦たちを困らせていたのだろうな」

 私がついそれを口にすると、ファリスは「あら?」ととぼけた。

「それはないわよ。輝彦はわたいにラブラブだからね。足の指舐めてっていったら普通に舐めてくれるし」

「聖女が勇者にそんなことをさせるな!」

「聖女なことと、性癖がどこに向かうかは関係ないわ」

「名前から来るイメージというものがあろう!?」

「イメージ?」

「伝説の剣エクスカリバーがあると聞いて探しに行ったら、そういう名前の薬だったらガッカリするだろう!!」

「性力増強剤だったりするわよね」

「それと同じだ! 清純派アイドルと売り出している者が男性経験九十八人とか言われたらガッカリするだろう!?」

「九十八人なんて言ってないし!!」

「聖女を名乗るならそれなりの責任があるはずだと言っている!!」

「聖女だって人間だもの!!」

 ファリスと熾烈な押し問答を続ける間、魔王様(♀)は相変わらずいない人でいるつもりらしい。隣で見下ろすと後頭部とうなじしか見えないが、私はそんな魔王様(♀)に語りかけた。

「魔王様(♀)。コイツは悪い人間です。戦いますか、逃げますか、呪文ですか、道具ですか?」

「話しかけるなってのに……!」

「かわいいお嬢さんねぇ」

 私の注意が魔王様(♀)に向いたため、ファリスの注意も自ずとそちらを向く。「魔王様(♀)」と言った私の声はよく聞き取れなかったらしい。

「何歳かな?」

「……」

 黙りこくって錘のようになっている彼女の前で、ファリスはしゃがみこんで目線を合わせようとした。

「お名前は?」

「……」

「ひとみしりだよ」

 しかたないから私がサポートすると、ファリスは顔だけを上げて「そうみたいね」と返す。

 そして再び魔王様(♀)の方を向き、

「お姉ちゃんと一緒においしいもの食べにいこっか」

「……」

「ゲームもできるわよ」

「……」

 完全に地蔵と化している魔王様(♀)に、ひとしきり鳥のPRGの操作のしやすさを語ってから、彼女は立ち上がった。

「とにかく、この雪は何とかしてくださる? メタセコイアの地脈を護る者として、この季節に雪は困るのよ」

「言っておくが、この雪を降らせているのは私ではない」

「え、嘘」

 ファリスはキョロキョロと辺りを見回して、

「貴方以外、人がいないじゃない」

「そう言われても、私ではない」

「あら、そう? 疑ってごめんなさい」

 ファリスは一転、争わぬ姿勢を見せる。そしてうなだれたようにため息をついた。

「面倒だけど、そうなると調査団を連れてこなきゃだめね。鳥のRPGをやる時間を削って……」

「……」

 ……この女はきっと、今死んだら、最期の言葉は「鳥のRPG」についてなのだろう。先代魔王様を倒してしまうような異常な精神の持ち主なのだ。断末魔が常人から逸脱していても無理はない。

「それ以前に、ここは本来立ち入り禁止なのよ。メタセコイアの見物なら、ぱっと見て帰ってね」

 そして彼奴はまた、白い風に巻かれて消えた。


「くそぉ!! 黙っておれば調子に乗りおって!!!」

 ファリスが消えた途端、俄然怒りをあらわにする魔王様(♀)。

「しかもわらわに向かって「おいしいもの食べにいこっか」だと!? ……食べたくなるではないか!!」

「あ、食べたくなるんですね」

「わらわは仮にも魔王だった者ぞ! 人間からの施しなど受けぬわ!!」

「おお……」

 少し感激する私。さっきの聖女よりもよほど、御自分のイメージを大事にされているではないか。

「だいたいなんじゃ!! 鳥のRPGというのは!!」

「あの女の長々した説明を聞いてなかったのですか? ヤツの知り合いの知り合いが作ったフリーソフトらしいですよ」

「そんな宣伝をこんな場所でするな!!」

「ごもっとも……」

「おまけに、雪を降らせたのはわらわなのに、無視しおって!!」

「無視してほしくなかったのですか?」

「いや、気付かないでほしい」

「どっちなんですか!!」

「人間は怖い! しかし雪を降らせたのはわらわじゃ!」

「それを魔王様(♀)の存在を明かさずに人間にわからせるのは困難です!!」

 そして、さらに言わなければならないことがある。

「魔王様(♀)。今からここは人間に封鎖されてしまうようです」

「そしたらツリーの飾りつけができないではないか」

 そう、その通り。

「ですから、飾りつけをしたければ人間達を討伐しなければなりませんね」

「……」

「美しいツリーを作る魔王様(♀)を邪魔しようとする悪い人間達です。その悪い人間達にも立ち向かえない程、魔王様(♀)は臆病ですか?」

「失礼な!! 魔王が臆病なはずはあるまい!!」

「その意気です。今から悪い人間たちは続々と、我々を追い出そうとやってきます。魔王様(♀)の力で片っ端からぶっ飛ばしてやってください!」

「おうよ! わらわが本気を出した暁には、空は翳り海は割れ、世界は混沌の渦に飲み込まれるじゃろう!!」

 よし……。私は内心で勇む。

 まずは聖女ファリス。そして英雄の四人を各個撃破できれば、人間達など後は烏合の衆だ。

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