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門番

 魔界から人間界に行くのはそんなに難しいことではない。

 王城から北東へ三昼夜、二つの滝が向かい合わせになっている"クリスタルゲイト"という場所があり、それぞれの滝の裏の岩盤に埋め込まれた五メートル大の水晶に特殊な光をあてることによってそれが叶う仕組みとなっている。

 こんなに簡単なのに、先の戦争の後、魔族はモンスターも含めて誰も人間界に行こうとはしなかった。

 理由として、先代魔王様が崩御されてからまだそれほどの時間が経過しておらず、人間との摩擦に辟易していることが大部分を占めることは占める。

 しかしそれとは別にもう一つ。……現在、クリスタルゲイトには、勇者に随行した大賢者、ダムンによる監視システムが働いていて、近づく者を排除する動きが見られること。

「ども~~。ご機嫌麗しゅう~」

 コイツだ。

 ダムンの作った魔道生物まどうせいぶつである。魔道生物とは、人形に魔力を吹き込まれてかりそめの命を与えられた生き物のことで、術者のキャパシティによってその実力は大きく異なってくる。なお、人形といっても布製とは限らず、鎧だったり石像だったり、形も人型とは限らない。魔法で操作されているものをひっくるめて、魔道生物と呼ぶ。

 ちなみに現在は、人間の少年のような人形がほんの少し浮いたまま、こちらを見下ろしている構図である。"それ"の場合、普通の布製であり、キャベツ人形みたいなのが無表情まま、テンションだけはやたら高い。

 奇奇怪怪、百鬼夜行の魔界でも、こういうヤツは別の意味で不気味だ。

「警告します~。ワイがやられることがあれば、その報告はダムン様に行きますよって」

 そして、一番のネックがこれ。

 先ほど術者のキャパシティによって実力が異なると言ったが、見る限りではとても大賢者ダムンという、人間の最高峰が作った魔道生物とは思えないほど、"これ"から大した力は感じられない。

 "これ"を敬遠する理由はその強さではない。その通報機能にこそ、魔族一同は鼻をつまんでいる。

 ダムンに知られるということは、人間界すべてに知られるということを意味する。それほど世界への影響力の強い男に魔界の喉下は握られていて、人間たちとの摩擦を避けたい魔界としては、この門番が非常に厄介なものとして映っているわけだ。

 魔王様(♀)も、知っててここに来ているはず。さて、どうするつもりか。

 つかつかと人形に歩き寄る魔王様(♀)。そして中空に浮かぶそれに、言った。

「どけ」

「そんな直球ですかぁぁ!!!」

 どけと言われてどく門番がいるものか。しかし魔王様(♀)は気にしない。

「わらわはこれより人間界へ往く。邪魔じゃ」

「ワイはそういう魔族のお方々を監視するために作られとります~。おめおめ通したら仕事にならんです」

「わらわは何も戦いに赴くわけではない。それなのに大事おおごとにされるのは面倒じゃ」

「あのぅ。ワイはお役人みたいなもんなんで」

 すると、魔王様(♀)はふいっと私の方を向いた。

「どういう意味じゃ?」

「融通は利かないといいたいのでは……?」

「規則は規則ですんで、お通しするわけには参りませんよって」

「ではやっつける」

 と、魔王様(♀)はおもむろに人形へ向けて指を差した。途端、人形はパンッと弾けて四分五裂する。

「そんな!! あっさり!!!」

 っていうか手を出しちゃってよかったのか!?

 ……という私の視線の先で、散らかった布がそれぞれに動き出す。それらは風船のように膨らんで、刻まれた数だけの人形に増えて我々の周りを取り囲んだ。

「ずいぶん鼻息の荒いお客さんですなぁ~。あんさんみたいなのを人間界に送り出したら、そら危険ですわ」

 そして人形の一つが腕を振り上げ、振り下ろす。それがまるで鞭のようにしなりながら伸びてきて、魔王様(♀)のいた地面を叩いた。呼応するように次々としなる別の腕。しかし、魔王様(♀)をすくい上げた私はその一切をかわし、人形の一つを地面に叩き落す。「べっ!!」という声がして、一つは動かなくなった。

「なるほど。ぶん殴る分には大丈夫なようだ」

 斬ったり分けたりすると増殖するらしい。撃退するなら一体一体片っ端から殴れば終いだ。

「魔王様(♀)。コイツと敵対してよろしいのですね?」

「邪魔だからよい」

 ……たまに魔王らしい三歳児。しかしともかくも彼女はそういう決断をした。ならばその意思に沿って働くのが私の仕事である。

「ではお待ちください。魔王様(♀)は打撃戦は苦手でしょう」

「うむ。任せるぞ」

 私は魔王様(♀)を地上に降ろすと、人形の一つを睨みつけた。


 人形の一つが伸びる腕を振り下ろす。綿と布とは思えない重厚なしなりを見せるそれを私はかいくぐり、肉薄してきたもう一体に横蹴りを一閃して突き放した。

 数は十二。文字通りボロ雑巾のように無様な格好で横たわったのが、すでに六ほどあるから、先の魔王様(♀)の魔法では、十八分割されていたのだろう。

「十一」

 踏み込む私の膝が、人形の顔にめり込む。

「十」

 そして「ぎゅぅぅ」と潰れるような声を上げたその雑巾を、腕をしならせてきた対角の一体に投げつけた。

 そんな私の背中を脅かす別の一体。首すじを狙ったその一撃も、私にとってはテレフォン(わかりきった攻撃)でしかない。首をすくめてそれをすり抜け、すぐ後ろにいる人形の鳩尾の部分を肘で小突くと、振り返りざまにタメの利いた蹴りを放つ。

「これで、九」

 多いな、さすがに……。

 軽いため息。そして再び大地を蹴った。その、まさにその場所に人形が放った氷弾が降り注いだが、その頃私はすでに、別の一体の一撃をいなしながらその腕を取り、大きなアーチを描いて地面に叩きつけている。

 切り立った岩盤が冷たく突き出した山岳地帯である。決して逆の立場にはなりたくない。

「八」

 それにしても、奴らの耐久性が低くて助かった。私はいくつかの人形が角度を変えて振り回してきた腕の一つに乗り、戻っていく腕の上を走って顔を蹴り上げた。 崩れ落ちる人形を使って別の人形の一撃を防ぎ、布の身体にめり込んでしまったその腕をつかんで振り回し、飛び掛ってきた別の一体に叩きつけて滝つぼに落とす。

「五……かね?」

「あ、あんさん、いいんですか? 本当にダムン様に通報しますよ?」

 さすがに簡単に飛び出してこなくなった残り五体の人形たちが、安い脅迫をして私を笑わせた。

「貴様らはお役人みたいなものなのだろう?」

「さいですが」

「どちらにしても通報はするな?」

「さいですな」

「ではその脅迫の意味は?」

「ないですな」

「自分で墓穴を掘るな!」

 半ば呆れながら、私は次を言った。

「こちらも同じだ。魔王様(♀)から倒せというご意思をいただいた以上、貴様らが何を警告しようが殺すのみ」

 三たび距離を詰める私に襲い掛かる無数の腕。しかしいい加減読めた。奴らはそれほど多くの引き出しを持ってはいない。

 所詮はかりそめの知能である。悟った私の動きはさらに研ぎ澄まされ、彼らはそれに対してなす術がなかった。

 残り五体の身体は次々と、申し合わせた映画のセットであったかように舞い上がり、ある者は岩盤に叩きつけられ、ある者は渓谷に落ちて消えていった。


「やるのぅ。召使い」

「お褒めに預かり恐悦です」

 彌洞にこそ足元にも及ばないが、私も王の身の回りの世話をする任をいただいている身。無能では勤まらない。

 私は改めてクリスタルゲイトと呼ばれる二つの滝に目をやった。

「いいですか? 去年まで魔族と人間は血みどろの戦いをしていました。隠居したとはいえ魔族の王だった魔王様(♀)が人間界にいるということがバレたらどえらいことになりますからね?」

 しかも、大賢者ダムンにこちらの"出陣"は知られてしまっている。幸い我々二人だけなので、すぐに尻尾を掴ませることもないだろうが、用心に越したことはない。

「わかっておるわ」

「ではいきます」

 私は背負い袋からマジックアイテムである特殊な鏡を取り出し、黄土色の空に浮かぶ白い月の光を水晶へと反射させる。すると光を受け取った水晶はもう片方の水晶へと光を投げ、合わせ鏡のように互いを映し始めた。

 割れる滝の先で、互いを映す鏡が無数に互いを映し合い、無限の奥行きを作ってゆく。それはやがて異空間へと通ずる門となって、石の最奥を光が照らした。

 その様子を凝視して呆けている魔王様(♀)。瞬きもしない。実際滅多に見られない光景だが、それでなくても、"変化"というものは、そのいちいちが幼児にとっては新鮮なものだ。

「いろんなところで、こういういろんなものが見られるのかのう」

 微妙に意味のわからないことを言いながら、しきりに感激している。

「繰り返しますが、向かう先は敵地ですからね。寄り道しないで行って、すぐに帰りますよ?」

「わかっておる」

「魔界に帰っておうちのドアを開けるまで、油断なさいますな」

「遠足か!!」

 言いながら、私には一つの意図がある。まぁそれは追々話すとして……。

「手を繋ぎましょうか?」

「よい、走ってゆく」

 そして幼女は合わせ鏡となっている水晶へと飛び込む。「わーい!」とかはしゃぐ姿は人間の幼女となんらかわらない。一抹の不安を覚えながらも、その光景はどこかほほえましい。

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