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魔王様(♀)の戦いぶり

「いかにも彌洞なり」

 巨大な龍はそう答えた。そして続ける。

「久方ぶりだな。勇者秋月」

「え?」

「貴様に封印されて長い月日がたった。とうとう雪辱を果たす時が来たようだな」

「何を言うとる。わらわは秋月ではないぞ」

「言い逃れとは見苦しいぞ秋月」

「失礼な!! 逃げてなどおらんわ!!」

「いや魔王様(♀)、彼奴は別に逃げたと言っているわけでは……」

「お主はだまっとれ」

「はい……」

 どうも彌洞の思考は錯綜しているようだ。勇者秋月などという輩は聞いたことがないが、問いただす間も与えられずに会話は続いてゆく。

「秋月よ。このような魔界の奥底まで朕を追い詰めたことは褒めてやろう」

「秋月とは誰じゃ!!」

「……貴様、記憶喪失か」

「セリフが漢字ばっかりでわからんわ!」

「いや魔王様(♀)、別にセリフを漢字でしゃべっているわけでは……」

「お主はだまっとれ」

「はい……」

 魔王と魔神の頂上決戦。……実態は、めまいがするような口げんかに発展している。

「とにかく、貴様が秋月だと認めぬ限りは、朕はテコでも動かんぞ!!」

「動け!!」

「動かぬわ!!」

「動け動け動け動け動け!!!」

「動かぬ動かぬ動かぬ動かぬ動かぬわ!!」

 ……子供の喧嘩か……。

「だいたい、おぬしを封印したのはわらわのパパじゃろう? パパは秋月などという名前ではないわ!」

「なに、朕を封印したのが勇者秋月でないとすれば、いったいどんな秋月に封印されたと言うのだ!!」

「むぅ……」

 魔王様(♀)はそれからしばらく彌洞を見上げていたが、

「これ、召使い」

 ふと召使いの方を向き、あっけらかんと言い放った。

「こういうのを『トラとタヌキは川田さんよ?』というのじゃな……」

「それを言うなら『取らぬタヌキの皮算用』ですし、こういうのはそういう風にはいいません」

「馬鹿には何をいっても無駄じゃ、と言いたいのじゃ!!」

「それなら『馬の耳に念仏』でいいのではないでしょうか」

「それじゃ!!」

「『牛に対して琴を弾ず』でもおっけーです」

「一度にたくさん言うな! わからなくなる!!」

「あ、すみません……」

「とにかくその、『牛に対して馬の念仏』じゃ!!」

「すでに混じってます!!!」

「まあよい。……とにかく、知能はトカゲ並みのようじゃが、勇者討伐には手ごろそうではないか?」

「しかし……どのようにけしかけるのですか?」

「簡単じゃ」

 再び空を見上げる魔王様(♀)。

「彌洞とやら。勇者輝彦を倒してまいれ」

「そんな直球ですかぁぁぁ!!!!!」

「秋月よ。決着もつけずに朕に指図とは、見上げたふてぶてしさよ」

「ではどうすればよい? 決着とやら、つければよいのか?」

 その目が怪しく光った。この際自分が秋月でもいいと思ったか、"決着"をつけてやろうという判断が妖気となって場に立ち込める。

「危険です! 先代魔王様ですら手を焼いた魔神ですぞ!?」

「つまりはヤケドをしないように気をつければよいのじゃろう?」

「"手が焼ける"は手がファイヤーというわけではありませぬ!!」

 が、魔王様(♀)は聞いてない。

「これ、彌洞。わらわがお主を倒せば、お主は輝彦と戦う指図を受けるのか」

「ナメられたものよ。かつてこの魔界をも大混乱に陥れた伝説の魔神、彌洞様に向かって、"倒す"だと!?」

 いきり立つその吐息に、炎すら混じる。

「その慢心を内臓ハラワタと共にえぐり出してやろうぞ!! そして必ずや魔界掌握の悲願を果たし、すべての魔族どもを意のままに操っては、人間界をも制覇する礎とするのだ!!」

「え……?」

 場の気配が静まった。まるで妖精がすっと戦場を横切ったようになる。

「お主、今、なんと言った?」

「二度も言わせるな!!! 必ずや魔界掌握の悲願を果たし……」

「これ、召使い。ちょっと通訳せい」

「つまり、魔界を自分の物にしたいと言ってます」

 そうか……とうなずく魔王様(♀)。通訳が自分の想像から外れていなかったということが、顔色から伺える。

「お主の望みは魔界の王となることか?」

「だけではない。魔界の次は人間界。そして世界のすべてをわが手中に収め、我ら魔族の世を創るのだ!!」

「……」

 魔王様(♀)、しばらく黙って、思考を整理させている。そして再び私の方へ振り返った。

「これ、召使い」

「はい」

「今日からお主達全員、このトカゲについてゆくがよい」

「ええ!?」

「わらわは隠居したい。こやつは王になりたい。……すべてが丸く収まるではないか」

「し、しかし!!」

「わらわは勇者輝彦と会わずにすむ。こやつはいずれ輝彦とぶつからねばなるまい。ぷりんぷりんではないか」

「それを言うならウィンウィンですね」

「そう、それじゃ」

「秋月よ……」

 声が、空から降ってくる。

「まるで勇者の貴様が魔界を掌握しているような物言いだな」

「秋月は偉いのじゃ。お主と決着をつける必要もなくなったな」

「ふ……ようやく自分のことを秋月だと思い出したようだ……」

「この際秋月でも冬月でも構わん」

「であれば、決着をつける時よ」

「ん?」

「朕にとっては貴様は宿命の敵……この決着をつけずしてその先には進めぬわ!」

「ふぅ……」

 魔王様(♀)は静かに息をつく。交渉は、彼女の中で、すべて終わったらしい。

「それじゃ、決着をつけるか。せいぜい頑張れよ。トカゲ殿」

「フン、言うようになったな秋月。朕をトカゲ呼ばわりしたこと、後悔するぞ」

 彌洞が身を起こす。その巨大さはまさに魔族の神というにふさわしい威容を誇っている。


 魔龍は一度啼いた。

 それが音速を超えた衝撃波となり魔王様(♀)に襲い掛かる。

 衝撃波というと"強い空気の流れ"くらいにしか思えないかもしれないが、実際は急激に圧力の高まった空気が、人体と接触することによって体内を破壊し、その際発生した真空が空気を呼び寄せることにより起こる風が、すべてをなぎ倒していくという、著しく危険なエネルギーの塊だ。人間ではひとたまりもないし、高速なため避けることすらかなわない。

「ぐわ!!」

 私の身体はそれに抗う術を持たず、はるか向こうまで吹き飛んでしまった。

 ……すさまじい力だ。これでも私は一応、魔族でも相当高位に属すのに、それがまるで突風に晒された木の葉のようにひとたまりもなかった。逆に、高位の魔族だったからこそ今の爆風も致命傷にはならなかったとも言えるのだが、ともあれ咆哮一つでこれほどでは、本格的な戦闘が始まれば、私など一瞬でかき消されてしまうことは想像に難しくない。

 しかし、そんな突風が吹き荒れる中、となりでたたずんでいた魔王様(♀)はびくともしてない。そればかりか、小さな身体でずしりと構えたまま、左の人差し指を突き出し、銃弾のような細くて鋭いエネルギー弾を撃ち出した。

 鏑矢のようなうなりを上げる鋭い光線。それが彌洞の巨大な頬をかすって通り過ぎる。一瞬顔をしかめた魔神はしかし、間髪をいれずに、象牙のような爪を持つ前腕を振り下ろした。

 ダァンという地鳴りが魔界を揺るがし、魔王様(♀)の姿を一瞬にしてかき消す。

「魔王様(♀)!!」

 が、聞こえてきた彼女の声は、どこまでも落ち着いていた。

「なにをふざけておるのじゃ、トカゲ殿」

「ぬ?」

 見れば、叩き潰されたはずの魔王様(♀)は、魔神の手をすり抜けたかのように手の甲に居座っている。

「まず全力を出せ。あくびが出るわ」

「ぬう!」

 彌洞は止まった蚊を振り払うようにしたが、魔王様(♀)のワンピース姿はもうそこにはなく、数メートル向こうでまるで初めからそこにいたように涼しい顔をしている。

「ぬぁ!!」

 魔龍が再び吼えた。今度はその巨体の全身を取り巻くように無数の星が瞬き、魔王様(♀)目掛けて乱れ飛ぶ。

 しかしそれも、魔王様(♀)がサンダルをきゅっと鳴らして一喝するだけで、すべてが動きを止めた。

「……」

 呆然としているのは彌洞より私だ。見る限り、あの魔龍は魔力も攻撃速度も果てしない。なのに手前で仁王立ちしているワンピース姿の幼女は汗一つかかずにそのすべてを空しくしているのである。

 まさか本気で先代を超えている……?

「これ、召使いよ」

 しかも、よそ見をする余裕すらあるらしい。

「はい! なんでしょう!?」

「……おしっこしたい……」

「そこまで余裕ですかぁぁ!!!!」

 その間、彌洞は長い首を振り回したり、飲み込んでしまおうと画策したようだが、いずれもあざ笑うかのように舞う魔王様(♀)には至らなかった。


「ちょこまかと!!!」

「トイレはどこじゃ?」

「このような荒野にトイレがあろうはずがありませぬ!!」

 温度差のある決戦場。魔王様(♀)にとって、今は彌洞よりもトイレらしい。

「その辺でするしかありません!」

「魔王ともあろう者がトイレでないところでおしっこができるか!!」

「隠居するなら魔王じゃないから大丈夫です!!」

「あ」

 手を叩く魔王様(♀)。

「それもそうじゃな。では手伝え」

 おもむろにスカートをめくると、何の色気もないパンツを下ろそうとする。

「戦いの途中でございますーーー!!!」

 この方の常識はどこにあるのだ!!と、三歳児相手に考えてもしかたないことを私が脳内で破裂させている傍ら、彼女は思い出したように龍へ振り返った。

「これ彌洞。わらわはおしっこをするからちょっと待っておれ」

「おのれ! 愚弄するか!!」

「お主もおしっこくらいはするじゃろが」

「そういうことではないわ!!」

 言い掛けに口を開いた彌洞から吐き出される炎の帯。が、不愉快そうな表情を浮かべた魔王様(♀)はそれを素手で跳ね除けると、返す刀で何かを放り投げるようなしぐさをした。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「えええええええええ!?」

 彌洞、それだけで撃沈。私、もはや絶叫。

 何をやったかすらわからない。それほどにさりげない一撃であったはずなのに……。

 開いた口が塞がらない私の目の前で、山のような巨体は崩れて横倒しになり、ぴくぴくと痙攣しながら気を失ってしまった。

「ほれ召使い。おしっこじゃ」

「あの……その龍は伝説の魔神なんですが……」

「伝説でも何でも、とりあえずおしっこじゃ!!」

「とどめは……」

「おしっこじゃ!!!!!」

「……」

 ……あくまでおしっこが先らしい。

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