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ひとみしり

「落ち着いてください魔王様(♀)!!」

 私は慌てて彼女のズボンの裾にすがりついてみたが、あえなく振り払われる。

「失礼な! 落ち着いておるわ!!」

「魔王様はまだ三歳ですよ!? 隠居とか、なにしてんですかーーーー!!!」

「隠居ったら隠居じゃ!! 知らない勇者とか怖すぎるからな!!」

「いや、だって、そしたら誰が王になるのですか!!」

「妹(1歳)にでもやらせればよかろう」

「しゃべれません!!!!」

 そして……残念な事に妹(1歳)からは、それほど強い魔力が確認できない。

 勇者輝彦のパーティは強大である。輝彦だけでなく、聖闘士マーモス、大賢者ダムン、聖女ファリスなど、一騎当千の者たちが脇を固めているのだ。

 先代魔王様が討ち取られた際、彼奴らは魔王軍が施した十重二十重の布陣を中央突破してきたわけだが、その手並みのあまりの鮮やかさに、逃げることすら忘れて見入ってしまった者もいたほどだ。

 とてもじゃないが……王がお飾りでは、魔族の再興は果たせない。

「お考え直しください! 魔族はただでさえ輝彦に蹂躙されてひどく縮小しております!!」

「もうちょっと簡単な言葉でしゃべらんか!! わからんからな!!」

「あ……つまり、魔族はこのままじゃみんな負けちゃいます!!」

「戦わなければよかろう!!」

「わたしがいつもいつもいつもいつも口すっぱく言っている言葉をお忘れですか!!」

 魔王様(♀)はいつか、世界を我ら魔族のものとするために働かなければならない……あれほど言ってるではないか。

「魔族のものとするために働くのはよい! しかしその間に知らない者と会わなければならないなどとは聞いておらんわ!!」

「だから再三ユーシャヲタオセと!!」

「クリスマスが早く来る呪文かと思っておったわ!!」

「んなわけないでしょぉぉぉぉぉ!!!」

 しかし、そんなわけないと思えることを普通に想像して理解しているのが三歳児というものだ。その辺は私のほうが反省しなければならなかった点かもしれない。

「とにかく、先代魔王様ですら後れをとった勇者輝彦とその一味です!! 魔族の中でもまともに戦える者はそうそうおりません! 魔王様(♀)が起ってくれないことには……」

「じゃあわかった。勇者輝彦とやらを連れてまいれ」

「へ?」

「ただし、わらわのいる部屋の壁の向こうに案内せい。一発で吹っ飛ばしてやるわ!」

「そんなの無理ですーーー!!」

 そんな誘致ができるのなら苦労はしない。

「お願いします! ではわかりました。まずそのひとみしりを治しましょう!」

「どうやって?」

「それはまぁ……」

 とりあえず、人に慣れさせるしかないんじゃないだろうか……。


 街に来てみた。

 無論魔族のだ。先ほど公園があったように魔界にだって街はある。

 石畳のメインストリートは人の往来も激しく、"活気"という言葉を使うと魔界としてはどこか妙だが、それなりに活気がある。

 一年前に輝彦たちに破壊の限りを尽くされたことを考えれば、目覚しい復興を遂げていた。

 ちなみに魔界の街には大きく分けて魔族と呼ばれる人型ヒューマノイドと、モンスターと呼ばれる四足歩行(四足とは限らないが)の者たちが混在し、そのため、統一感がなく雑踏としている。人間界はその辺が単純でうらやましい。

 なお、私も魔王様(♀)も魔族であり、一見したところただの人間が迷い込んでいるように見える。魔王様(♀)は九十センチメートル弱。私は百八十センチメートル強……まぁ、知らぬ者が見れば親子のように見えるかもしれない。

「さて、頑張りましょう」

「話しかけるでない……」

 見れば、そのまま前転でもするんじゃないかと思われるほどにうつむいている魔王様(♀)が、私のそでを掴んで漬物石のようになっている。

 多分本人は、これで誰からも見えていないつもりなのだろう。

 ちなみに、これでもマシになったほうで、以前は目をつむるだけで自分は消えたと思っていた。そうではないことを説明するのに長い時間を要した。

「大丈夫ですよ。魔王様(♀)に比べたら戦闘力5のゴミたちです」

「わかっておるわ!」

「ではなぜ怖いのです」

「怖くなんかない!」

 急に魔王様(♀)はそでから手を離して強がっている。でも目線は相変わらず真下だ。この街がどんな風景を彩っているかもまったく見えていないだろう。

「ほれ、怖がってなどおらんぞ。見ろ、召使い」

「あ、はい。顔を上げても大丈夫ですよ?」

「歩くこともできるぞ。ほれ、ほれ」

 魔王様(♀)、調子づいてきたらしい。頭は下げたままだが、声がだんだん大きくなってきた。

「わらわがひとたび動き出せば空は翳り海は割れ、世界は混沌の渦に飲み込まれるじゃろう!! ……コラ召使い!! 聞いておるのか!?」

「それ、私じゃなくて、別のオッサンです」

「わぁぁぁぁ!!!! 召使い!! だっこじゃ!!!!!!」

「は、はい!!」

 羽でも生えたのかというエアウォークでダイブしてくる魔王様(♀)。しばらく小さくなって、張り付いたまま囁いた。

「……行ったか?」

「はい、大丈夫です」

「もう帰りたい……」

「は、はい……」

 ……これは、一筋縄ではいきそうにもない。


「やめじゃやめじゃ。わらわはやはり隠居するぞ」

「考え直してください!!」

 城に戻るなりまた駄々をこね始めた魔王様(♀)を、私はどうしていいのか分からない。

「りんご飴差し上げますから!!」

「うむ、りんご飴はいただくぞ」

「隠居を取りやめてくれるのですか!?」

「隠居はする」

「飴は……?」

「飴はもらう」

「都合がよすぎませんか!!」

「りんご飴一つで隠居を取りやめさせようとしているお主のほうが都合がよすぎはしないか?」

「はぅ!!!」

 三歳児のくせにたまに鋭い。いや、その頃の子は魔王様(♀)に限らず、みな性根から素直にできているから、深々と刺さる言葉を発する時があるものではあるのだが……。

「しかし魔王様(♀)。三歳で隠居なんてされたら後の数百年はどうされるのです」

「電車ごっこでもして暮らすわ」

「絶対に飽きます!!」

「そしたら ボールぽんぽんもある」

「飽きますってば!」

「そしたら、世界一おっきいクリスマスツリーの飾り付けでもするわ!」

「そんなことをしてる場合じゃありませぬ~~~!!」

 私は声を荒げるしかない。

「貴女様が勇者を倒さなくてどうするんですか!!」

「勇者とやらを倒すのはわらわでなくてもよかろうに!」

「貴女様が起たなければ……」

 魔族の士気は上がるまい。実際に輝彦を倒すのは彼女じゃないにしても、彼女が陣頭に立ってこそ、魔族は背中を気にせずに勇者に挑めるのだ。

「我が軍の四天王は、いずれも先の戦いで勇者に敗れ、全滅いたしました。魔道師ケインと魍魎七星は残っていますが、いずれもまだ若く、勇者達に立ち向かうには経験が不足しております」

「それを三歳のわらわに言うか!」

「はぅ!!!」

 なぜか三歳児に論破される私。何も言えずに黙ってしまうが、

「んーーー」

 対する魔王様(♀)は頭を掻きながらなにがしかを思い出しているようだ。そしてふと、「あいつがおろうに……」と言った。

「あいつとは?」

「ほら、パパが手に負えないとかで封印された魔神じゃ」

彌洞びどうですかっ!?」

「あ、そうそう。そんな名前じゃったな」

「あれは……」

 魔族でも伝説となっている大龍だ。若き日の先代魔王様が魔界の統一を図ろうと運動した時、難攻不落の要塞として君臨した実力者の一人であった。数百年前の出来事であり、本来魔王様(♀)は知るはずもないのだが、知るはずもない彼女ですら知っているほど、根強く語り継がれているバケモノでもある。

「わらわが掛け合ってやる。勇者討伐はその彌洞とやらに任せればよいじゃろ」

「危険です。それに……」

 実力以上に、私には心配があった。

「魔王様(♀)は彌洞に会うのは怖くないのですか?」

「なぜじゃ?」

「なぜって……」

 彼女は超がつくほどのひとみしりじゃないか。

 しかし、それを口にしても、彼女はあっけらかんとしたものだ。

「彌洞は人ではなく、化け物なのだろう?」

「はい。全体を見渡すこともかなわぬほど大型の龍でございます」

「なら怖くない」

「え?」

「動物園で、象もキリンも平気じゃったろが」

「……でもオランウータンからはずっと顔を背けていらっしゃいましたよね?」

「あれは人型に近いからじゃ!! 手招きされた時は死ぬかと思ったわ!!」

「人型が苦手なんですね」

「わらわの側近がモンスターばかりなのはなぜだと心得る!?」

「あ……」

 だからなのか……。

 魔王様(♀)の周りを固めているのは、確かに人型とは大きくかけ離れた獰猛なモンスターばかりだ。

「あれってひとみしりだったからなんですね……」

「そうじゃ。どこの世界の魔王もそうじゃろう?」

「え!? あれってどこの世界の魔王もひとみしりが原因なんですか!?」

「当然じゃ」

「知らなかった……」

「魔王は皆、ひとみしりで苦労するものなのじゃ」

「……」

 ……私はここで、一つ賢くなった気がした。

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