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クリスマスツリーのために

「てぃんうーえー、てぃんうーえー、てぃんうーおーおえー」

 すっかり上機嫌に戻った魔王様(♀)。何を歌っているのか、わからないかもしれないが、ジングルベルを歌いながらメタセコイアに雪が積もるのを見上げて待っている。

 なお、今まで誰も気づいていないと思うが、魔王様(♀)はまだうまく言葉がしゃべれない。とくにラ行は母音のみとなってしまうため、「あれ?」とか言うと「あえ?」となってしまう。たどたどしい言葉はかわいらしいが、モノによっては何を言っているのか分かりづらいことも多い。

「召使いよ。だっこじゃ!」

「魔王様(♀)も、もう赤ちゃんじゃないんですから……」

「赤ちゃんじゃもん……」

 しかし、そんな魔王様(♀)は先代魔王様を倒した勇者に手も足も出させなかった。

 今でもにわかに信じられないことだし、思うほどに不思議だが、ひょっとすると魔王様(♀)は、これ程の幼児ゆえに、ペース配分をまったく考えないで事が行えるところで、なまじ理性の働く大人たちに先んじただけかもしれない。

 つまり、そういう動きをされるという前提に立って対策を講じられてしまうと、あるいは厳しい戦いとなるのだろう。

 もっともそれは、いつまで続くかわからないあの第一波の全力攻撃に、骨の一つでも残っていることが前提なので、よほどのことがない限りは遅れをとることもあるまいが。

「赤ちゃんなら、こやらのマーチはまだ無理ですね」

「赤ちゃんはもうやめたからよこせ!」

 ……どこかで見たようなやりとりをしながら、二人は降りしきる雪を眺めている。

 なお、勇者達二人は今、地中深くに埋められて首から上だけを出している。そのまま晒し首だ。

 気がついた時に邪魔されてはかなわないので、殺してしまいましょうと言ったのだが、なぜか魔王様(♀)が嫌がったので、このような措置となっている。まぁ、このまま雪が降り積もればやがて窒息するのだろう。

「これ、召使い」

「はい」

「雪が積もったら、飾り付けの飾りはどうするのじゃ?」

「……」

「これ、聞いているのか」

「あ、はい。聞いてます」

「飾りつけはどうするのじゃ」

「……ようやく気付きましたね……」

「え?」

「……」

 それを……ずっと考えて、考えて……どうしようもなかった。

 とりあえず、いつかなにかいい方法が見つかるだろうと先延ばしにしてきたが、一向にいい案が思いつかないまま、今まで来てしまっている。

 そもそも、魔界にクリスマスはない。魔王様(♀)がクリスマスを知ったのは偶然で、戦争時に戦利品として鹵獲してきたものの中に図鑑があって、先代魔王様が彼女に与えたのが初めだった。

 魔王様(♀)は痛く気に入られ、その時は私も適当に調子を合わせていたのだが、いざこうなってくると、飾りつけがどんなものなのか、何を使って作るのかよくわからないし、そもそも本当に飾り付けまで行き着くとも思ってなかった。

「なにせ人間の儀式ゆえ……」

「できんのか……?」

「すみません……」

「……」

 魔王様(♀)、一気につらくなる。顔が少しずつ歪んで、泣きそうな声を上げた。

「飾り付け、したいのに……」

「わぁぁ! 待ってください!!」

 慌てて、この場をとりなそうと躍起になる。

「わかりました、何かを考えましょう。まだ雪が積もるまでには時間があります」

 魔王様(♀)が悲しむのは見たくないもあるはある。しかしそれ以上に、ここまで来てガッカリさせたら、後が怖いことはさっき言ったとおりだ。

「ちょっと待ってくださいね」

 とは言ったものの取り付く島もない。私は図鑑を穴が開くほど見ていた魔王様(♀)とは違うので、実際飾りといっても何が飾ってあったかさえうやむやなのだ。

 なにか……思いつくものは……ないかと……

 見回すと、見つけたのは二つの晒し首。しかも、どことなく何か言いたげではないか!

「クリスマスの飾りについて、一家言ありそうだな」

 首だけの輝彦が言う。

「あるというかなんというか……」

「まるで仲間になりたそうにこっちを見てるではないか!!」

「いや、そういうわけじゃ……」

「言ってみろ。クリスマスの飾り付けについて語りたいことを存分に申すがよい!」

「じゃあ、教えてあげるから助けてよ」

 聖女ファリスの、聖女らしからぬ生首が言った。しかし、私はそれには難色を示さざるを得ない。

「貴様らを解き放つことなどできんわ!」

「でも、わたいたち、すっごい飾り付け、詳しいわよ?」

「ぬ……」

「もう、メタセコイアいっぱいに、キラッキラに輝くステキな装飾だってできるんだから」

「……ホントか……?」

「え!?」

 私はつい声を上げてしまった。今の「ホントか……?」は、なんとひとみしりの魔王様(♀)からだ。

 顔を若干上げて、上目遣いで、ファリスを見ている。こんな奇跡があるか。

 首だけファリスはにこりと微笑んだ。

「もちろん。わたいたちが手伝って飾り付けしたら、きっと感激しちゃうわよ?」

「わぁぁ……」

 小さいながら、魔王様(♀)の歓声が上がる。多分思い浮かべたツリーがすごくなったのだろう。私の方へ向けてくる目がめっちゃ物欲しそうだ。

「のう、召使い」

「はい」

「こやつらは別に悪人というわけではないのではないか?」

「悪人です」

「じゃが、クリスマスツリーの飾り付けについて詳しいらしいぞ」

「クリスマスツリーの飾り付けに詳しい悪人なのです」

「むぅ……」

「解き放てぱ最後。再び我々に牙を向いてくるのは必定でございます」

「神に誓ってしないわよ」

 ファリスが言う。

「聖女がそういうのよ? 信じられない?」

「貴様など聖女ではない」

「『腐っても鯛』っていうでしょ?」

「腐って、モアイ?」

「『腐ってもタイ』でございます!!」

 教育係でもある私は魔王様(♀)が聞き違えたことわざを訂正しつつ、ファリスのほうを向いた。

「つまり、腐ってしまったが聖女は聖女だといいたいのだな?」

「もののたとえよ!!!」

「まぁいい。魔王様(♀)に牙をむかない根拠は?」

「だって……」

 ファリスは魔王様(♀)に目配せをし、

「わたちは魔王じゃないんでしょ?」

「……」

「クリスマスの飾り付けがしたいだけなのよね……?」

「……」

 顔を背けてしまう魔王様(♀)。ファリスは再び私の方へ向いた。

「その子を押さえるのは簡単じゃないし、本当に飾り付けをしにきただけなら、わたいたちが無理して立ちはだからなくてもいいでしょ」

「だけど、相手は魔族だぜ?」

 勇者が勇者らしい了見の狭さを示す。と、ファリスは、

「貴方は黙ってて。ここで凍え死んだら二度と聖女のお尻が触れないのよ?」

「貴様はもう、自分で聖女と言うな」

 もうホントに広告審査機構に訴えるぞと言いたくなる。

 その、腐っても聖女は再び魔王様(♀)に向かった。

「きれいな飾り付けしたいでしょう? わたい、これでも聖女なのよ? 聖なる夜の飾り付けの専門家みたいなもん」

「わぁぁ……」

「聖女ってそういう意味なのか!!」

「村に戻れば儀式のための装飾品はたくさんあるわ。どう? 飾りたくない?」

「……飾りたい……」

「お前、魔族の要求を聞き入れるつもりかよ」

 声を尖らす輝彦に、ファリスは言った。すこしおどけて、どこかとぼけるように……。

「いいんじゃない? 世知辛い世の中で、一日くらい夢のような日があってもさ」

「これ、召使い」

「はい」

「こやつらを出してやるのじゃ」

「よろしいのですか!? 相手は先代魔王様を屠った勇者ですぞ」

「よい。わらわはキレイなツリーを作りたい」

「恨みはなしですかぁぁ!!!!」

 ……世界がみな三歳児の精神構造の持ち主なら、世界にいざこざはなくなるのかもしれない。

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