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メタセコイアを護れ!

 腰を低く身構える輝彦。鍔元から炎のような蛍光色の光が噴き出して刀身を包み、挑発的に揺らめく。先代魔王様の"絶対防御"と呼ばれたレジストを叩き斬って後続の魔法攻撃を可能にした聖剣『リンギットフレア』であり、昨年の戦いではすべての魔族があの光に恐怖した。

 対する魔王様(♀)は、あくまで目を合わせたくないのか、下を向いたままだ。直立。戦う準備ができているとは思えない。

「魔王様(♀)!」

 こと戦いとなれば、王の挙動に下々の我々が口を出すなどありえないのだが、無構えを通り越して無気力に見える魔王様(♀)を見て、叫ばずにはいられなかった。

「つぁ!!」

 吼える輝彦。雪を撥ねて中空を跳ぶ。人智を超えたその踏み込み速度は健在であり、間もなく魔王様(♀)の元まで到達した彼奴は真っ向に振り下ろした。

 剣撃がそのまま大地を裂き、周囲の雪を巻き上げて爆ぜる。それは震源地にいた二人をも覆い隠したが、次に地表から巻き起こった炎の螺旋が、その規模をはるかに越えて一瞬で空へと到達する。

 氷の煙が霧散する頃、魔王様(♀)は引き裂かれた地面の上に立ったまま、輝彦はファリスに救われて、少し距離をおいたところで片膝をついていた。

「あぶなかったね~」

「死ぬとこだったぜ」

「死んでもらっちゃ困るのよ。結婚する前から未亡人はごめんだわ」

「お前の尻を一人にするわけないだろ」

「わたい、お尻が生きてるようなものなのね? いいわそれでも!」

「このバカップルめ!!」

 もうちょっとマシないちゃつき方はないのか!?

「これ、召使い」

 その光景に気をとられている私に、魔王様(♀)は声をかけてきた。

「わらわはいいことを思いついたぞ」

「は、はい。いいことですか?」

「目をつむれば怖くないことがわかった!!」

「目をつむって戦うつもりですか!!!」

「少なくとも目を開けて戦うよりは戦えると思う」

「その理屈のほうがわかりません!!」

 というか、さっきの輝彦の一撃をどうやってかわしたのか。

 ……もともとレベルの違う戦いだ。私がわからなくても無理もないだが、こっちを向いて満面の笑みを浮かべている魔王様(♀)はかすり傷も負っていないようだ。

「魔王様(♀)……」

「ん?」

「……勝てそうですか……?」

「だいじょーぶ」

「あぁ……」

 そんな頼もしい言葉をいただいては、貧血で倒れそうだ。

「ただし、メタセコイアに結界を張れ」

「え?」

「あの木を巻き込んで破壊してしまっては困る」

「魔王様(♀)の力に耐えうる結界が張れるとは思えませぬ」

「ちっとは働かんか!!」

「は、はい! 善処はします!!」

 しかたがないのでメタセコイアの幹の前まで移動はしてみたものの……。

 ……もし流れ弾がこちらに飛んでこようものなら、ひとたまりもない。

 命の危険は味方の流れ弾によるもの……という理不尽に脅えながら、私は戦いを見守らなければならなくなった。

 魔王様(♀)は再び目を閉じて、今度は腕を大きく広げる。その先に発生したいくつもの球体が、まるで太陽を中心に飛び回る惑星のようにさまざまな楕円を描いて周囲の風景に無差別に襲い掛かる。触れればすべてを破壊して回転を続ける無数の星が、やがて輝彦とファリスにも襲い掛かった。

 いや、それ以上に、メタセコイアにも襲い掛かる。

「うわぁぁぁ!!!」

 その威力が半端ない。私の結界でこれを防ごうなど、回遊してくるマグロを金魚すくいの薄紙ですくおうとするようなものだ。

「魔王様(♀)お待ちくださいーーーーー!!!!」

 結界を維持するのに必死に両腕を突き出す私だが、とてももたない。

 が、諦めて回避動作を行おうとした時……。

 不意に、両手が軽くなった気がした。見れば隣で結界を重ねがけしている女の姿。

「なに!?」

 聖女、ファリスじゃないか。

「なぜだ……!!」

 苦しい。呻くように私が聞けば、彼女も苦しそうに言う。

「こっちが聞きたいわよ……! なんで貴方がメタセコイアを護っているの……!?」

「この木は魔王様(♀)が飾り付けをするためのものだ。壊されるわけにはいかぬ」

「それなのに何共食いしてんのよ!!」

「たぶん、あの方はまだ御自分の力のコントロールができんのだ……!」

 だから手に負えない。

 球体の一つを聖剣で叩き割った輝彦は、勇敢にも、高速で成長を続ける太陽系のようなフラクトルの中へ飛び込み剣を振りかぶったが、立て続けに飛び出した光の波動に跳ね飛ばされて近づけないでいる。

「まだだぁ!!」

 軽やかなステップを踏んでジグザグに方向を変えながら再び肉薄しようとする輝彦。だが、今の魔王様(♀)は今、まるで自身が自然災害のオンパレードであるかのように、何もないところから突如災厄を巻き起こしては次の力を用意している。そのすさまじさに、さすがの彼奴も途方にくれている様子だ。

「ちょっと……!! わたい、もうダメ……」

「がんばらんか!! メタセコイアは人間たちの象徴だろう!?」

 しかも、その力があまりに野放図すぎて、こちらはこちらで、敵味方関係なく一つのものを護るという、おかしな構図が出来上がっている。

「先代魔王様を屠った英雄の力はその程度か!!」

「なんで貴方達に力を貸さなきゃなんないのよ!!」

 ファリスは歯を食いしばりながら、全力で結界へ魔力をつぎ込んでいる。私もその力を一層強め、叫んだ。

「我々のためじゃない。メタセコイアのためだ!!」

「っていうか貴方達、本気でメタセコイアにクリスマスの飾り付けをしに来ただけ!?」

「言っただろう! 魔王様(♀)は隠居したのだ!」

「……」

「貴様らが余計なことをしない限りは人間に危害は加えん! そもそもあの方は戦いを求めておらん!」

 腕がもがれるような手ごたえに苦しみながら、魔王様(♀)を見る。

 目をつむっているからなおさら、あてずっぽうで攻撃を加えているのだろう。実際、輝彦はその間断のない大魔法の応酬に攻めあぐね、"被災"するたびに命を削られていた。


「ねぇ貴方」

 私の隣で女の声がする。依然、神木を護るために口以外は身動き一つできないこの女は苦しそうに言った。

「休戦しない……?」

「ム?」

 私も余裕はない。全身に脂汗をかきながらその言葉を受け止める。

「わたいは輝彦を止めるから、貴方はあの魔王を止めて」

「死ぬわ!!」

「逆じゃもっと止まんないでしょ!?」

 それはごもっともだが、あの渦中にどうやってとびこめと……?

「その辺は保護者責任だと思うの!!」

 ごもっとも。

「今から五秒だけ、わたいたちがここを離れてもメタセコイアが無事なくらいの魔力をつぎ込むわ」

「五秒で何とかしろと言うのか!!」

「保護者責任だと思うの!!!!」

 保護者責任で天災が止まるのなら、パンデミック物の物語など成立しない。しかも五秒……。

「いい? いくわよ!?」

「十秒考えさせろ!!」

「はい、一二三……」

「はやすぎるわぁぁ!!!」

 貴様の言う五秒というのはその勢いでの五カウントか!?と、本気で思えるほどおざなりに数を数えたファリスに、空恐ろしさを感じた私だったが、とりあえず休戦でも何でも止まってくれない限り、メタセコイアを守りきることは不可能だ。

 さらに、それでメタセコイアが破壊されたら、その後あの方のへその曲がり方は、想像するだに恐ろしい。

 どうしたらいいんだ!!!!

「はい、十秒。いくわよ!!」

「またんかぁぁ!!!」

「魔界の十秒は一ヶ月くらいかかるの!?」

「そうではないが!!」

「じゃあ、諦めて行きなさぁぁぁい!!!」

 ファリスは一際大きな力を込める。彼奴の腕がまばゆいほどに光りだし、やがてそれが神木に添うように膨れ上がった。

 同時に飛び出す聖女。私も見ている場合じゃない。どうしたらいいのかもわからないが、暴風の目に向けて走り出した。


 暴風は想像をはるかに絶する厳しさだ。

 吹き荒れる嵐が雪を巻き上げ、それに炎や稲妻、エネルギーの塊が爆発を繰り返し、単なる暴風というよりは宇宙の創生はこのように行われたのではないかというような錯覚にすら陥るほどの天変地異が起きている。大地は割れ、そこからマグマが噴出し、そのマグマを魔王様(♀)はさらに操って、無差別な攻撃を繰り返していた。

 というか勇者もさすがだ。よくぞこの状態で生きている。

 というかこんなのどうやったら止まるのだ!!!

 というか後三秒!!

 私は寸でのところで殺人光線をかわす。とてもじゃないが近づけない。

 というか二秒!!!!

 メタセコイアが折れたら泣くんだろうなぁ……それはそれは、三十年くらい泣くかもしれない。

 それはつまり、三十年拷問されるのと同じ意味合いを持つ。

 というか一秒!!!!!!

 ををっっ!!?奇跡が起きてる!!!

 その"奇跡"を横目に挟んだ私は、もはや脊髄反射で叫び散らした。

「魔王様(♀)!!! ジングルベルを歌ってくださぁぁぁい!!!」

「ぬ?」

 魔王様(♀)、勢いが止まる。

「ジングルベルとな?」

「クリスマスの飾り付けにはジングルベルですよね!?」

「しかし、勇者はいいのか?」

「勇者はすでにノビております!!」

 聖女ファリスが飛び出し、彼奴の身柄をさらったまではよかったが、それで避けのリズムが狂ったのだろう。高圧のエネルギーに巻き込まれ、それがファリスにも伝播し、二人で地面に突き刺さっていたのだ。タイミングとしては奇跡としか言いようがない。

 まぁもっとも、先代魔王様を倒した連中だ。あの程度では死なぬのであろうが。

「もう邪魔な存在は消え去りました!!! あとは雪が積もるのを待つのと魔王様(♀)のジングルベルだけでございます!!」

「そうなのか」

 しかし、あれだけの魔力を開放しておきながら息一つ切れていない魔王様(♀)。末恐ろしいとはこのことだろう。

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