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成り行き勇者討伐

 聖女ファリスが連れてきたのは、意外にも一人だけだった。

 しかし、その一人が、我々にとっては最悪である。

 勇者輝彦……魔界でも伝説となっている最強の剣士だ。剣技ももちろんだが、その勇で天魔を退け、何者も寄せ付けぬ鋼の意思で、すべての布陣をなぎ倒してきた。イメージ的には、鋼鉄の猪のような男である。

「それにしても、数が二人足りないようだが……」

 私が勢いでそれを聞いてしまうと、ファリスはちょっとバツの悪そうな顔をした。

「マーモスは、わたいが輝彦選んじゃったから、その後ヤケ酒の毎日でアル中で動けないんだって」

「……大賢者ダムンもか」

「あの人はタイの天ぷらに当たって死んだわ」

「……」

 英雄の末路に空しさを覚えてしまう……。

 というか、クリスタルゲイトを守っていた人形は、単なる木偶だったということになる。そう思えば、彼奴が死んでも魔族たちの抑止力として働いていたわけだからシステムとしては賢い。さすが賢者の仕業というべきか。

「つまり、貴様と輝彦は結婚したのか」

「まだ籍は入れてないけどね。ま、身体はもう一生分使われたかな」

「やめろ聖女」

 本当に最近の人間は自覚がない。勇者と言われたら勇者の、聖女と言われたら聖女の名に恥じぬ生き方をしてもらいたい。

 まぁそういうことを言い出すと魔王様(♀)も大概なのだが、まぁ、この方の場合は名前が魔王様(♀)なんだから仕方がないだろう。

 ともあれ自覚のない勇者たちは、魔王様を討伐した後好き放題を行って、この体たらくのようだ。救いなのは、輝彦がこの一年でメタボ化していなかったことくらいか。

「いいよそんな話は……」

 そんな、なんとなく不毛な会話に、勇者は割って入ってきた。

「おっす。オラ輝彦」

 ちなみに、私は彼とは面識がある。

「久方ぶりだな。輝彦」

「ん? 初対面じゃないのか?」

「魔王城で貴様らは一度四人ばらばらになったことがあったな」

「あったねぇ」

「あの時に、改札で貴様のキップを切ったのが私だよ」

「覚えてるわけねぇだろ!!!」

「なんだと!? 貴様にとっては私は顔も覚えられないようなザコの一人でしかなかったということか!?」

「せめて戦ったんならザコにも数えられるが、キップ切りなんて単なるエキストラじゃねぇか!!」

「何を失礼な!! エキストラだとしてもエキストラにも生命も知性もあるのだ! 社会は主人公だけで形成されているわけではないのだぞ!!」

「今してるのはそんな話か!!」

「まぁいい。とにかく貴様と私は初対面ではない」

「どうでもいいわ!!」

「そのよしみで、交渉したいことがある」

「交渉……?」

 いぶかしげな声を上げる勇者輝彦。私はうなずいた。

「我々は確かに魔族だが、戦いに来たわけではないのだ」

「うそだぁ」

 ファリスが素っ頓狂な声を上げる。

「貴方、さっき"雪辱を果たす"とか何とか言ってたわよね?」

「忘れてもらおう」

「ええ!?」

「人間のいいところは都合の悪いことは忘れてしまえる頭だ。今、その能力を使わずにいつ使うというのだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。強引過ぎない?」

「過ぎなくない。とにかく黙れ」

 私はこの不毛な会話を納めると、話を続けた。

「とにかく、我々は戦いを望んでいるわけではない」

「じゃあなにをしにきたんだよ」

「クリスマスの飾り付けだ」

「ハァ?」

 さすがに、勇者も唖然とした。わかる。その反応だけは私も同感だ。

 しかたないのだ。希望者は三歳児である。

 私は相変わらずしがみついて離れない魔王様(♀)を指し示して言った。

「この方は、実は現在、魔族の王ではない」

「ハァァ?」

「本当だ」

「違えよ。そんなコマいのが魔王だって方が信じられねぇ」

「でも輝彦、わたいのレジストがその子に跳ね飛ばされたの」

「なに!?」

 レジストとは、自己に害をなす魔法の効果が及ばないようにするための魔力妨害のことを指す。自分の魔力で周囲に霧を作り、その粒子の乱反射で敵対する者の魔力を阻害する方法で、この世界では一般的に用いられる対魔法の防御法である。

 その強さは各々の魔力に準じるから、ファリスほどの神官であれば、相当高レベルの魔法でも侵入することは難しい。現に、先ほどの私の力はあの女に及ぶ前にかき消されてしまった。

 だから驚いているのだろう。輝彦も間違いなくあの女のレジストの強さを知っている。驚きとしては子供のライオンが厚さ三メートルの鋼鉄の壁をぶち破って逃げ出した……くらいの衝撃なんじゃないだろうか。

 しかし魔王様(♀)。輝彦の注意が向けば、なおさら私にしがみついた。その重みを感じながら私が口を開く。

「先代魔王が貴様らに打ち砕かれた時、王位継承権一位であったことは確かではある」

「ちなみに、その子の名前はなんていうの?」

「魔王様(♀)だ」

「やっぱり魔王じゃないの!!!」

「名前だけだ!」

「魔王って名前がついてて、魔王じゃないなんて理屈が通用するの思うの!?」

「では聞くが、人間のキラキラネームで姫とついている者はみな姫か!?」

「う……」

英雄ひでおという名の人間はみな英雄なのか!!」

「……ごめんなさい……」

 何とか切り抜ける。危なかった。何か反論されたら返せる自信はなかった。

「とにかくだ。魔族の王は今、このお方ではなく、彌洞びどうという名の魔龍がなっている。貴様らならその裏を取るのは容易いだろう?」

「あの戦争の後、お前らはおとなしくしてるから知らんがね」

「求心力となる者がおらんかったからな」

「そのままでいてほしいぜ」

 しゃべる輝彦を私はずっと目に捉えているが、無防備なようでまるで隙がない。この男が先代魔王を屠ったのだ。軽言吐いている最中でも熱波のようなプレッシャーが私たちを覆っている。

 私は「はじめに戻るが」と言い、

「我々は人間に危害を加えるためにこちらに来たわけではないし、先ほどの小競り合いも、決して魔王様(♀)が好戦的な態度をとっていたわけではない」

「そうなのか?」

「まぁ、隣のそいつはけしかけてたけどね」

「それは忘れてもらおう」

「そこ、うやむやでいいのかなぁ……」

「貴様は引っ込んでろ。話が進まん」

 いるのだ。小さなことばかりに頓着して話の本質をぶらしてしまうヤツ。

 私は自分のことを棚に挙げつつ女を無視して、勇者の方へ意識を向けた。

「魔族と人間は多くの血を流したばかりだ。ここでヘタに争い、話を交ぜ返すことはせず、このお方の小さな望みを認めてほしい」

「クリスマスをやるってのか」

「飾り付けをな」

「これは……」

 輝彦は両手を広げ、空を仰ぎ見た。

「そのための雪かよ」

「そうだ」

「なかなか面白そうだ」

「わかってくれるか」

「だが、否だ」

「……」

「俺は今人間として、魔族のお前らを敵にはしない。だがな……」

 輝彦は、剣の柄に手を掛けた。

「理由はどうだろうがファリスを殺されかけたことには変わりない。おとなしく魔界に戻らないのなら輝彦個人として、お前らに立ちはだかる」

「わぁ! かっこいい輝彦!!」

「まだまだお前の尻が俺には必要だからな」

「たるまないようにエクササイズするわ!」

「……」

 このバカップルめ……。

「……貴様、かっこいいことを言ってるつもりだろうが、その女が自業自得で殺されかけたことを逆恨みして、後々まで因縁の残る戦いを仕掛けるなど、下の下策だとは思わないのか」

「お前らに言われたくねぇよ」

「木を見て森を見ないとは、貴様のようなヤツのことを言うのだ」

「だからぁ、お前らもそうだろうが」

「ム?」

「勝手に人間のテリトリーを侵して、好き勝手なことをしようとしていることのほうが、よっぽど木を見て森を見ない暴挙じゃねえか」

「貴様なぁ……」

 私は思わずうなだれてしまった。

「三歳児に"森を見ろ"というほうが無茶だろう?」

「お前の監督責任だって言ってるんだよ!」

「三歳児に少し夢を見せてやるくらいいいだろう!」

「魔界でやれ!!」

「魔界に木がないことは貴様も知っておろう!?」

「じゃあ木がなくてもできることをやれ!!」

 ……互いの議論は平行線を辿っていたが、あるところで彼奴は最後通牒を突きつけた。

「選ばせてやる。おとなしく帰るのなら黙って見送ってやる。しかし、帰らなければ成敗する」

「魔王様(♀)、どうされますか」

 私は、聞くしかない。

 魔王様(♀)はもう一度私にしがみついたが、泣きそうな声で「ツリー、飾りたいのじゃ……」と呟く。私は言った。

「では、その意志を貫くために戦わなければなりませぬ。頑張れますか?」

 悔しいが私では輝彦どころか、脇に控えているファリスにも歯が立たない。魔王様(♀)があくまでツリーを飾りたいのなら、御自分の力で何とかしてもらうしかない。

「……できますか……?」

 わたしはもう一度聞く。

「無理はなさらなくてもいいと思います。また後日、軍容を固めてくることも可能でございます」

 狼煙は上げたのだ。彼女はツリーのためなら陣頭に立つだろう。

「今日は帰りますか?」

「いや、やる」

 おお!?

「では……降りられますか?」

「うん」

「成り行きとはいえ、相手は先代魔王様を倒した勇者ですぞ?」

「問題ない。お主は下がれ」

 ……そして雪原の大地に降り立つ魔王様(♀)。

「三歳児でも、魔族の王として容赦しないぜ」

 輝彦はそういいながら、剣を抜いた。

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