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真夏のジングルベル

 魔王城には初夏だというのにジングルベルが大音響で流れている。

 なぜかと聞かれれば、魔王様(♀)はクリスマスが大好きなのである。

「うまいケーキが食べられるからな!」

 ……そういうことらしい。

「あと、プレゼントももらえる日ですよね」

 召使いである私が言えば、

「なに、プレゼントとな?」

「魔王様(♀)はなにがほしいですか?」

「なんでもよいのか?」

「望みは何でも叶えるのがサンタでございます」

「じゃあ、高い高いしてほしい」

「……そ、それはほしいものでは……」

「何でもいいと言ったろうがーーー!!!」

「いやあの……ほしい『モノ』でございます」

「モノか、じゃあキラキラ光るお空の星がほしい」

「無理でございますーーーーー!!!!!」

「何でもいいと言ったろうがーーーー!!!!」

「せめて手に届くものにしてください!」

「じゃあバナナ」

「さっき食べてたではございませんか……」

「また食べたい」

「……さ、左様でございますか……」

「それがクリスマスにもらえるのか?」

「クリスマスじゃなくてももらえますね、バナナなら……」

「お主がくれるのか?」

「いえ、サンタさんでございます」

「サンタさん?」

「赤いコートを着て、空飛ぶソリにに乗ってくるヒゲの翁ですね」

「翁?」

 私はタブレットを操作した。

 近頃はwifiが魔界にも完備されており、インターネットがとても便利な世の中となっている。

 サンタで画像検索すれば、無数のサンタが列になって現れるのだ。

「……この翁でございます」

「……」

 透いたような目をする魔王様(♀)。

「赤いコート着ておりますでしょ?」

「……」

「彼が魔王様(♀)が寝てる間に来て、プレゼントを置いてってくれます」

「……召使いよ……」

「は、はい!」

「ただちに城の戸締りを厳重にするのじゃ!」

「え?」

「サンタとやらを一歩も城に入れるでない!!」

「ええ!? プレゼント持ってきてくれるんですよ!?」

「いらん!!!!」

「ええええーーーー!!」

「知らんじじいが会いに来たら怖いじゃろうが!!」

「サンタにも人見知りですかぁぁぁ!!!」

 ……そう、この魔王様(♀)は、極度の人見知りなのだ。


 そもそも魔王様(♀)は三歳児である。

 ジングルベルを聞きながら、遊びに付き合うこと怒涛の如し。時間が許す限り、ずっとずっと、私の仕事はそれだ。

 歩けば"きゅっきゅ"と音のなるサンダルと水色のワンピース。どこをどう見ても人間のオコサマにしか見えないのだが、れっきとした魔王である。先代の魔王様が勇者輝彦に倒され、若くして……というか、幼くしてその地位を襲名した。

「魔王様(♀)はいつか、世界を我ら魔族のものとするために働かなければなりませぬ」

 私はそれをいつも言い聞かせる。先ほどのように魔王城でジングルベルを聞いている時も、今のように、公園で遊んでいる時も、である。

 教育係なのだ。魔王様(♀)が誤った道に進まないよう、私がしっかりしなければならない。

 ただ、あまりに口すっぱく言い過ぎたため、さすがの魔王様(♀)も飽きているらしい。返答する声は、まるでコバエを払うようだ。

「わかっておる。じゃから日夜積み木を積んでおろうに」

「あ、あれは世界征服のためだったのでございますか!?」

「当然じゃ」

「どう繋がるのか見当もつかないところが恐ろしいですね……」

「わらわが本気になった暁にはすべてを混沌の渦へ落とし…………」

「はい」

「……」

「ん? どうしました?」

「コラ! 話しかけるな!! わらわが見られたらどうするのじゃ!!」

 見れば、公園の脇を通り過ぎる魔族の影……。

「あぁ、確かに見知らぬオッサンが歩いてますね」

「話しかけるなというに!」

「というか、そのひとみしりは何とかなりませぬか……」

「何とかなれば警察はいらんじゃろが!」

「意味が分かりません」

「とにかく、ひとみしりのわらわも住みよい世の中にするため……するため……」

 しおれていくような語調が、半ば隠れるようにして私の足にしがみつく魔王様(♀)の喉を鳴らす。

 今しばらくの間。……人の気配が消えてようやく、そぞろな空気も澄んでくる。

「……行ったか?」

「いったい、それでどうやって世界征服するんですか……」

「失礼な! 誰もいなければわらわの力はすでにパパを超えておるわ!」

「……」

 嘘ではなかった。その魔力と資質の果てしなさは、三歳にして、壮絶を極めた先代魔王様と勇者輝彦の決闘を再現できる……いや、戦局をひっくり返せるのではないかというほどに凄まじい。

 以前、魔王様(♀)に気に入られようとして、阿修羅という四十二の腕を持つ魔物が魔王様(♀)の背中からいきなり目を塞いで「だーれだ?」をやろうとした時のことだ。

 先代魔王様の反応の速さを考慮に入れた阿修羅は、その長い腕を大きく広げ、どのように逃れても目を隠せるようにした。

 ところが魔王様(♀)は半径十メートルが射程範囲だった阿修羅の矢継ぎ早な不意打ちをすべてかいくぐったばかりか、普通予備動作のために数十秒はかかる魔法を一瞬で数十個具現化し、阿修羅を背中に広がっていた山脈の風景ごとふっ飛ばしてしまったことがあった。

 荒くれ者も多い魔族の世界で、このような幼児が王座を脅かされないのは、ひとえに誰も及ばない圧倒的な力があってこそだ。その力をもって、すべての魔族が魔王軍の再興を信じ、先代魔王様の雪辱を晴らしてくれるものと信じている。

「これ召使い。次は『あ、あ、あーーの、ほっ、ほっ、ほっ』じゃ」

「あ、あ、あーーの、ほっ、ほっ、ほっ?」

「おちゃらか、おちゃらかってやつよ」

「あーーー、ジャンケンするやつですね!」

「うむ」

「しかしそれなら、あ、あ、あー、じゃなくて、せっせっせーのよいよいよい、じゃないですか?」

「失礼な!! そう言っておるわ!!」

「"の"しか合ってませんーーー!!!」

「とにかくやろう。わらわがリードする」


 あ、あ、あーのほっほっほっ、

 おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか…………


「いつジャンケンするんですか!!!!」

「しらんわ!!!!!」

 ……まだ、いろいろと世の中の仕組みがわかっているわけではないが、とにかく我々魔族の長として、堂々たる成長をしていただかなければならない。

「これ、召使い」

「はい!」

「お主はよく、ユーシャヲタオセという呪文を唱えておるが、あれはいったいどういう意味じゃ」

「あ、やっぱりわかってなかったんですね」

「なんじゃ、クリスマスが早く来る呪文か?」

「そんなわけありません」

「毎日がクリスマスになる呪文か」

「クリスマスではなく、貴女様の使命でございます」

「しめい……?」

「はい」

「つまりわらわの本名は"ユーシャヲタオセ"じゃったと……」

「しめいと言ってもお名前のことではないのです!!」

「ではちゃんと説明せんか!! わらわは難しいことはよくわからんからな!!」

「えっとつまり……」

 しばし思案……。どう説明するのが一番簡単かを、しばし腕を組んで考える。

「勇者という、悪い人がいます。名を輝彦」

「悪そうな名前じゃな」

「貴女様のお父上を亡き者にした張本人でございます」

「それは悪いやつじゃな」

 ……亡き者の意味がよく分かっていないらしい。特に感慨もないまま話は続く。

「使命とはつまり、勇者輝彦を倒し、世を再び我々の手中に……」

「待て」

「はい!」

「勇者輝彦を倒すのはわらわか」

「左様にございます」

「それは、勇者輝彦とわらわが会わなきゃならんということか」

「は、まぁ、そういうことに……」

「たわけがぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「え?」

「お主の頭は節穴か!!! そんな怖いことをしたら目から鼻血が出るわ!!!!」

「臆してはなりませぬ!!!」

「臆してはおらぬ!! 怖いのじゃ!!」

「臆すの意味がわかってますか!?」

「難しいことはわからぬと言うとろうが!!」

「わからないのにテキトーに否定しないでください!!」

「失礼な!! テキトーではなく、まじめに否定したわ!!!」

「……」

 どうしてもどこか会話がかみ合わなくなってしまう三歳児との会話。しかたないといえばしかたないのかもしれないが、彼女の脳の中身は限りなくフリーダムである。

 そして、ひとしきり言い合うと、場は静けさを取り戻した。

 魔王様(♀)が何を考えているかなど分かりはしないが、唇を噛み締めて目を泳がす先で、とばっちりが飛んでくるのではないかと思うと生きた心地がしない。

 静寂の公園に、ここでも深々と流れる夏のジングルベル。ある意味での狂気の中で、魔王様(♀)はすっと顔を上げた。

「もういい。わらわは隠居する」

「えええええええええええええええ!!!!!?」

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