書籍化御礼SS【商談のお誘い。】
ダリウスとイザベラ、
他の二組が結婚してから数年後のお話ですσ(´ω`*)
“次の商談の件ですが現在ボクの仕事が立て込んでいますので、もしよろしければイザベラ嬢を連れて王都の方へ出向いてもらえませんか? 勿論その間にかかる旅費と迎えの馬車はこちらでご用意させて頂きます”
そんな書き出しで届いたクリス様からの手紙に、僕の隣で手紙を覗き込んでいたイザベラが「良いですわね」と嬉しそうに顔を綻ばせる。ちょうど農閑期で少しだけ暇が出来たから、二日ほど前の家族会議で義父上達と僕達とで交代で旅行にでも行こうかと話していたところだったのだ。
なので悩むことなく即決即断した僕達は、その日のうちに了承を記した手紙を送り返して領地の土壌改良などをしながら迎えの馬車をのんびり待つことにしたのだけれど……。
明らかに手紙を送り返すよりも早く一週間後に迎えに寄越された馬車は、田舎領地の人間を乗せるには豪華すぎるものがやってきて……思わずイザベラと一緒に目を見張った。
「これは……どう見ても貴人用の馬車ですわね?」
「う、うーん……王都で三年過ごしたイザベラから見てもそう思う?」
「ええ。王都の道でもこんなにかさばる馬車は走っていませんでしたし、まず間違いありませんわよ」
というようなやり取りをした後に乗り込んだ豪華な馬車での道中は、結婚してから忙しくしていた僕達にとって、まるで行き損ねた新婚旅行のような時間だった。
***
「ああ、お二人ともお待ちしていました。遠いところをわざわざご足労頂いてすみません。ですが無事に到着出来たようで安心しましたよ」
さすがに宰相家というべきか……ダングドール家の門前で停まった馬車を降りてから、珍しく含みのない笑みでクリス様が出迎えにいらしてくれるまでの間、イザベラと一緒に通された応接室で、ずっと視線だけで会話をしていた僕は生きた心地がしなかった。
穏やかに微笑んでこちらの返事を待っているクリス様に、慌てて身体が少し沈む来客用のソファーから立ち上がって「こ、このたびはお招き頂いきまして――」と口を開きかけた僕の隣から、その言葉を引き継ぐようにイザベラが口を開く。
「珍しく気の利いたことをして下さったお陰で、ダリウスと素敵な旅行が出来ましたわ」
うん……彼女のこういうところはさすがだと思う。最高級の紅茶を出してもらっても、せっかくの紅茶の味と香りが分からないくらい緊張していた僕とは違い、いつものように堂々としているイザベラは眩しい。
この商談旅行中、きっとさらに彼女に惚れ直すんだろうなぁ……。
「それは良かった。急にこちらの都合で無理を言ってしまったから、少し気になっていたんですよ。道中の馬車は如何でしたか? もしも行きの馬車の乗り心地が悪かったようでしたら、帰りはまた別のものを用意させますよ」
ちらりと隣に座って扇で顔を隠すイザベラの横顔に見惚れていたら、そんなとんでもない提案をされたので一気に現実に引き戻された。ここできちんと答えておかないと、帰りはどんな馬車に乗せられるか分からない。
動揺する僕の隣でクスクスと笑うイザベラを、そっと肘でつつきながら「いいえ、そんな。充分過ぎるほどの乗り心地でしたので大丈夫です」と辞退すれば、それを聞いたクリス様までくくっと喉を鳴らして笑う。
「ふふ、そうですか? 気が変わったらまた仰って下さいね……と、皆さんがお待ちかねですから、そろそろ場所を移動しましょう」
そう続けたクリス様は、てっきりこの応接室と呼ぶには立派すぎる部屋で商談をするのかと思っていた僕達を、さらに屋敷の奥へと誘った。
***
「え、嘘でしょう? アリスに……あ、赤ちゃんが……?」
「えへへ~、実はそうみたいなんだよね~! ちょっと前から何となーく食欲がなくってさぁ。それで母さんが“もしかしたら”って、お医者様呼んでくれたんだよ」
「やっぱりわたくし達の中で一番早かったのはアリスさんでしたわね……」
焼き菓子と紅茶を前に女性陣がはしゃぐのは、僕達の領地にある庭園よりもかなり広いガーデンテラスだ。
そうして結局今日ここへ“商談”として呼ばれた本当の理由が、アリス嬢のお腹に新しい命が宿った報告だったと知ったのはつい今し方のこと。
アリス嬢からの報告を聞いたイザベラは、さっき応接室で見た人物とは別人のように慌てている。けれど嬉しそうに頬を上気させて「じゃあ、今もここにいますのね?」と言いながら、恐る恐るまだ全然膨らんでいないお腹に触れている姿は微笑ましい。
そんな幸せそうな女性陣から視線を男性陣のテーブルへと戻せば、目の前で小刻みに靴の踵で地面を叩いているハロルド様と目があった。
「ハロルド様もおめでとうございます。でもそれならそう仰って頂いていれば、出て来る時にこちらも何か贈り物を用意したのに」
何となく子供っぽいその姿と、父親になるという事実のチグハグさがおかしかったので少しだけ笑ってそう言うと、彼は「い、いや、その、遠方のダチを呼ぶのに祝いの品物用意させるのは、何か違うだろうが」と頭を掻く。
そんな彼らしい不器用な気遣いに、また新たな笑いがこみ上げそうになったけれど、向かいに座っていたアルバート様から爪先を軽く蹴って注意されてしまったので何とか飲み込む。
「そんな水くさいことを仰らないで下さい。だけど男の子か女の子か……どちらにしても楽しみですね」
こんな時に無難なお祝いしか口に出来ない自分が情けないと感じる間もなく、テーブルを囲んだアルバート様とクリス様から「……ハロルドは夜がな」「ええ、体力馬鹿ですからねぇ……」と微妙に何か含みのある声が上がる。
今度こそ噴き出してしまった僕に「どうしましたの?」とイザベラが声をかけてきたけれど、その内容を僕の口から説明出来るはずもない。
だから「な、何でもないよ!?」と返すことしか出来ない僕に、向かいのアルバート様から「そちらとこちら……次はどちらが先だろうな」と言葉をかけられて苦笑してしまう。
男性陣の微妙な探り合いに、全く頓着しないアリス嬢が「次はイザベラとメリッサ様のどっちかな~?」と声を上げると、今度は女性陣のテーブルから「ちょっと何を言い出しますのアリス!?」「そそそ、そうですわよ、はしたなくてよ?」と盛大に慌てたイザベラとメリッサ様が勢い良く立ち上がって椅子を倒した。
その様子にそれまで生温かい目で両者のテーブルを眺めていたクリス様が「どちらでも構いませんが、少し静かにお茶を楽しみませんか?」と釘を刺して、僕とアルバート様が気まずい視線を交わし合い、ハロルド様が「アリス、なるべく大人しくしろよ?」と身重の奥様相手に気遣いを見せる。
――そうして、そんな賑やかすぎるけれど、久々の再会に盛り上がった同窓会から僅か三月後。
王家の封蝋が捺された分厚い手紙の内容と、イザベラの体調変化に気付いた我が家の騒ぎの内容が同じだったことに驚くことになるのだった。




