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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*後日談・1*君は無邪気を履き違えている。

お待たせしました!

糖分で溺れろとばかりの後日談です(*´ω`*)<辺境領発!



 いきなり背中を蹴り飛ばされるという経験は、今までの人生でなかったことだから、僕は今日も今日とてその奇襲に「痛っ!?」と声を上げることしか出来ない。


「ふふ、また背中にお見舞いされましたのダリウス?」


 その声を聞きつけたイザベラが、手許の自分の仕事から視線を上げてこちらを振り向いた。


「丁度こちらのキリも良いところだから、この卵を集め終わったら朝食にしましょう」


 頭をを覆うごくシンプルな農作業用のボンネット、エプロンドレスに膝下まである革ブーツをはき、豚革の作業グローブをはめたイザベラが、まだ鶏とおいかけっこをしている僕を見てそう笑った。


 エプロンドレス以外は同じような出で立ちなのに、どんな格好をしていようが彼女は背筋をピンと伸ばして着こなしてしまう。思わずこの一月半毎日見ている光景なのに、一瞬見惚れる。


 王都の制服も似合っていたけど、幼い記憶の中のイザベラと重なる今の格好も可愛いし、あの頃と違って大人っぽく綺麗になった。


「う、うん、ごめんイザベラ。今朝もほとんど小屋の掃除と卵拾いを君に任せっきりになっちゃって……」


 未だに“奥さん”というよりは“イザベラ”のままなのだけれど、それはきっとイザベラも同じだと思う。ぎこちなくもなく、然りとて全く緊張しない訳でもない。


 “妻”と“夫”という今までとは違う関係性は、少なからず僕達を浮つかせているように感じ――……。


 ――ドスドスドスッ!!!


 直後そんな僕を嘲笑うように羽根をばたつかせて蹴ってくる雄鶏を、ほうきで追い払いながら溜息を吐く。それを見たイザベラは「仕方がないわよ。ダリウスのところとは勝手が違うのだから」と言ってくれるけど……確かにまさかここまで朝の仕事が様変わりするとは思っていなかったなぁ。


 イザベラの領地は僕のところよりも畜産と果樹に力を入れているから、後者はともかく鶏のように動き回る物を相手にするのは初めてだ。


 僕が領地で農業を手伝う前は、学校の夏期休暇に互いの屋敷を訪れて“お手伝いごっこ”をしあった。いつか結婚したら必要になるからと、あの頃はかなり真剣に取り組んでいたはずなのに……実際はお客様扱いされていたということなのかなぁ。


 実際イザベラは王都に行っていた期間が長いから、仕事に関しては僕と同じくらいの余白があると思っていたのに、すぐに馴染んでいる。これは今まで帰ってきた時に領地の手伝いをしていたことの現れだ。


 てっきり領地でならイザベラに頼ってもらえる自分でいられると思ったのに、どうやら努力家な“妻”を甘やかしてあげられる隙はないらしい。


 そんなことを考えてほんの少しだけ落ち込んでしまったのだけど、首だけで振り返れば労ってくれる為に近付いてきたイザベラが、ふと眉根を曇らせたことに気付く。何事かと首を傾げる僕の背中に、イザベラの気遣わしげな視線が注がれる。


「……ダリウス、背中から血が――」


 エプロンで朝取り卵をくるんだイザベラが、エプロンを摘まんでいない方の手で僕の背中触れた。言われてから触れられた作業着の下の地肌がチクリと痛んだ。


「あぁ、さっきのそいつの蹴りで蹴爪が刺さったのかもしれないけど、大したことはないよ。ちょっとチクッとするくらいだし、言われるまで気付かなかったくらいだよ」


 事実そうだから軽く答えただけなのに、イザベラはまだ心配そうに背中を見つめている。


 でも僕としてはこの期に及んで怪我をするとか、役立たずを通り越して足手纏いなのではないだろうかというこの現状の方が気になるよ……。


「いいえ、家禽類の付ける傷を軽く見ては駄目よ。今は大丈夫でも後で酷く化膿して熱が出ることもあるわ。それにそうね……雌鶏は足りているから、傷の回復の為にも動物性の栄養は必要ですもの」


 申し訳なさから落ち込む僕をよそにふわりと優しげに微笑んだイザベラは、何だか聞き捨てならない不穏な台詞を口にすると「さ、早く屋敷に戻って朝食の前に手当てしましょう?」と僕を促した。


 言われるままに鶏の飼育小屋から出た僕に、ふとイザベラが「これを少しの間お願いね?」と卵を包んだエプロンを外して持たせる。そのまま笑顔を見せたイザベラは自身は中に残りつつ僕の目の前で小屋の扉を閉じた。


 ――その直後、閉ざされた小屋の中から凄まじい雄鶏の鳴き声が上がったことに戦慄する。何やら必死さを感じさせる羽ばたきと、複数回聞こえた風を切るような音。


 それらがピタリと止んで再び扉が開いた時、中から現れたイザベラは可愛らしく小首を傾げて「待っていてくれたの?」と微笑んだ。


 何があったのか恐ろし――いや、訊くのも野暮だと思って言葉を飲み込んだ僕に向かい「心配しないでもあの暴れん坊を閉じ込めただけよ。今はまだ」と教えてくれた。


 “今はまだ”って? とは訊いてはいけない気がして口を噤んだ僕の空いた方の手を、イザベラの手が握る。グローブ越しでは温かさを感じられないけど、そんなことはどうでも良い。


 同じ格好で同じ作業を出来ることの方が嬉しくて、グローブ越しに握り返した頬が自然と緩む。


 イザベラの「さぁ、戻りましょう?」という言葉を合図に、エプロンの中の卵が割れないように気をつけて帰る屋敷までの短いデートが、僕達の幸せな一日の始まりになる。



***



 屋敷に戻ったら朝に弱いルアーノ様はまだ起きていなかったけれど、ハンナ様はすでに起きていて、この屋敷に昔からいるお手伝いさんのエイダさんと一緒に出迎えてくれた。


 そこで僕達は事情を説明して、早速さっきの約束通り朝食前に僕の部屋で背中の手当てを済ませることにする。でもその前に、家畜の世話をした後はどうしても身体に匂いが移るので先にお湯を使わせてもらう。


 エッフェンヒルド領では、イザベラの考案で作られたあの魔法石の普及で、以前よりもずっと簡単にお湯を使えるようになったから、どの領民の家でも早朝の家畜の世話を終えたら朝食前に身体を清められるようになった。


 これはとても衛生的に良いし、辺境地での大きな病気を予防するのに大いに役立つだろう。老人や身体の不自由な人、子沢山な家庭、親が一人だけの家庭などに優先的に配布してあるので領民からも好評だ。


 急ぎであれば魔法石のかけあわせ次第で髪の毛まですぐに乾かせるとあって、ご婦人方の身支度にも丁度良い。


 そんな訳でお湯を使って汗と埃を流して食堂に戻れば、ハンナ様とエイダさんの二人は朝食の準備が整ったら呼びに来てくれると言う。二人からの申し出に恐縮したけれど、イザベラに手当てを急かされたのでお願いして僕にあてがわれた部屋に向かう。


 一応結婚したとはいえ寝室はまだ別々にしている。家族には散々ヘタレと言われたけれど、こればっかりは譲れない。


 しかしながら僕の意志に賛同してくれたのがルアーノ様だけだったのは、かなり分が悪かった。


 エッフェンヒルド家に引っ越してきた初日は“そもそも何でイザベラとハンナ様はうちの家族側にいるの?”と思ってしまったほどだ。やっぱり僕の実家でヴィンセントを抱っこさせてもらったからなのだろうか?


 いや、まぁ、それ以外考えられないけど――朝起きて隣にイザベラが寝ているのはまだ無理。決して嫌とかではなく、心情的に無理だよ。いくら新婚とはいえ、妻の隣で眠るのに緊張で寝不足とか格好がつかないからなぁ……。


「――はい、これでもう大丈夫でしてよ?」


 ふと背後から聞こえたイザベラのその声に、ぼんやりと情けない考え事をしていた僕は正気に戻った。そこでここが自室のベッドの上であったことを思い出した瞬間、背中にヒンヤリとした感覚が走った。


 傷口の消毒を終えて、仕上げに彼女特製の炎症を抑える軟膏を塗った貼り薬からは、爽やかなハーブの香りがする。


 手当てを終えてもらえば、何となく王都の同年代と違って見劣りのする上半身が急に気恥ずかしくなった。


「えっと、ありがとうイザベラ」


 慌ててお礼を言ってからシャツを羽織ろうとしたら「念の為に包帯を巻くからお待ちになって」と手を止められた。そんな大袈裟な……とは思ったけれど、背後からかけられたイザベラの真剣な声音に素直に従うことにする。


 ――この体勢だと顔が見えないからか緊張してしまうなぁ。それに何も羽織っていないこの状況も落ち着かなさに拍車をかけている気が……。


 なるべく早くイザベラが納得してくれたら良いのにと思いつつ「少し包帯の端を持っておいて」と、後ろから抱きかかえるような形で寄越された包帯の端を、言われるままに心臓の上で押さえる。


 その後、胸の下辺りと肩口をイザベラの持つ包帯が数周巻き付けられていく。手際の良さとは別に、時折背中を掠めるように撫でる指先にドギマギしてしまう僕は変態なんだろうか……。


 イザベラもお湯を使って髪を洗ったからか、時々肩口に触れる髪からほんのりとバラの香りがする。ふわふわの髪がくすぐったい。


 そしてようやく最後の一巻が終わったのか、せっせと包帯を巻いてくれていたイザベラの手が止まった。


 そのことに僕は安堵の吐息を吐き出すのだけれど――……。


「え、あの……どうしたのイザベラ?」


 背後から回されたイザベラの腕が僕の身体を抱きしめる。包帯越しとはいえ、密着した体温がいつもより近く感じて声が思わず上擦った。


「ダリウスは……私にこうされるのは嫌かしら?」


 どこか試すような声と、胸の下辺りで組まれたイザベラの細い指先に全身の神経が痺れる。


「あ、いやその、別に嫌じゃないけど――!」


「けど、何かしら?」


 組まれたイザベラの指先に徐々に力が込められて、言葉を探す僕を締め付けていく。そこまで強く拘束されている訳ではないから、解こうと思えばすぐに抜け出すことの出来る……けれど……。


「場所がその、信頼してくれるのは嬉しいんだけど……僕達ももう子供じゃないから……こういうふざけ方は、ちょっと困るかなぁ、なんて」


 何を口走っているんだと自分で呆れつつ、本心なんだから仕様がないじゃないかと半ば開き直った気分になる。拘束してくるイザベラの指先に僕が指を滑らせると、背後から「くすぐったいわ」と抗議の声が上がった。


 その声に少しだけはにかんだ響きを拾い上げた僕は、イザベラの左手の薬指に光る銀の輪をクルリとなぞる。同じ物を付ける手でも、やっぱり華奢なイザベラの方が似合っているなぁ。


「ねぇ、ちょっとダリウス、あなたが先に困ると仰ったのではなくて?」


 気付かない間に熱心にイザベラの薬指をなぞっていたらしく、今度はイザベラの方がさっきの僕のような声を上げた。


 ――――成程、これは確かにふざけたくなる反応かもしれない……。


「うん、だけどたった今イザベラの気持ちが分かった気がしたから、つい」


 イザベラが焦る分、笑みを浮かべる余裕さえ出てきたので、少しだけ仕返しを試みる。けれどそれもスルリと撫でていた指先が、急に噛みつくように僕の指に絡みつき「……もうお終いですわ」というイザベラの声で止められてしまう。


 イザベラはそのまま僕の背中にもたれかかるように抱き付くと、肩口に顎を乗せて僕の顔を覗き込んできた。


 イザベラのふわふわの髪が頬と肩に触れてくすぐったい。そのせいで僅かに身動ぐけれど、僕もイザベラが今どんな表情をしているのか気になっていたので、そちらへと顔を向けた。


 するとそこには悩ましげに頬を染めて眉根を寄せるイザベラが僕を見つめているのだから……僕は今日何度目になるか分からない忍耐力を強いられる。


「さっきからどうしたのかな? 僕の奥さんは」


 努めて冷静にそう訊ねれば、イザベラはほんの少しだけ機嫌を直してくれたのか「聞きたい答えが聞けたから、もう許して差し上げますわ」とツンと言い放ったのだけれど……。


「――イザベラだけ満足する答えを得られるのは狡いなぁ。僕には何の利点もないじゃないか」


 ちょっとだけ悪戯の仕返しをしようかと思ってわざと不機嫌を装ってそう言えば、案の定、イザベラは「な、何ですの? もしや怒っているの?」と困惑した表情を見せてくれる。こんなに簡単に騙されてくれるなんて、うちの奥さんは可愛いなぁ……。


「うーん、実はちょっと面白くない気分なんだ。だからねぇイザベラ、責任を取ってくれるよね?」


 間近にある紫紺の瞳が、さっきまでの蠱惑的な悪戯の主らしからぬ不安に彩られて揺れる。そんな表情が可哀想なくらい可愛いから――僕はその頬に一つ、口付けを落とす。


「なんて、嘘だよ。これで許してあげ――」


 “る”と続けようとした僕の唇にイザベラの唇が重ねられる。けれど眼鏡が邪魔だったのか、イザベラは一度無言のまま離れると、僕の鼻に載っていた眼鏡を取り去って今度はさっきより深く口付けを落とす。


 僕はといえば――……一瞬歪んだ視界一杯に映り込むイザベラの瞳に心が揺らいで、行為を止める所かイザベラの頬に手を添えて、その柔らかい唇に自分のかさついた唇を重ねる。


 ただ流石にイザベラが僕のかさついた唇を少し舐めた時には吃驚して、慌ててその身体を引き離してしまった。


「――あ、あの、ごめんなさいダリウス! そんなに嫌がるとは……アリスとメリッサ様がこうしたら男性は喜ぶからって……」


 ――――だろうと思った。というかそうであってくれて凄く助かった。 


 経験値にそこまで差があるのかと思って一瞬本気で焦ったよ!?


「うん、あの、イザベラ、大丈夫だよ? 全然嫌じゃないし、むしろその、仕掛ける時間帯を間違えてるだけというか、まだ今の僕達には上級者向け過ぎるというか……とにかく、嫌じゃない。今はそれだけ覚えておいてくれたら良いから」


 僕はイザベラの腕の中から身を捩って抜け出すと、そそくさと視線を合わせないようにしながらシャツを羽織って立ち上がる。


 だけどチラリと視線を向けると、そこにはベッドの上でうなだれるイザベラの姿があって、とても無視出来ない。


「あー……その、僕に意気地がないだけで、世間一般の男性は好きな子が積極的に頑張ろうとしてくれたら間違いなく嬉しいと思う。アリス嬢とメリッサ嬢の言うことは嘘じゃないよ」


「世間一般の男性なんてどうでも良いですわ……。私はダリウスに喜んで、」


 “欲しくて”の言葉に蓋をしてしまった堪え性のなさに、自分でもどうかとは思ったけれど、普通に交わすちょっとだけ長い口付け位は大目に見て欲しい。


 ただそのすぐ後に呼ばれた朝食の席では、視線を交わすことすら気恥ずかしくて。何かを察したルアーノ様からの射るような視線と、ハンナ様の生暖かい視線のお陰で朝食後に何を食べたのかも憶えていなかったくらいだ。


 ちなみにその日から数えて三日後の夕食には、とても立派なチキンソテーが食卓に並んだ。そしてそれ以来、件の鶏小屋で僕の背中を攻撃してくる強者は一羽もいない。



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