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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*オマケ・2*小さな手。

長男夫婦のその後と兄弟のお話ですσ(*´ω`*)



 穏やかな昼下がり。長らく用意しておきながら使われることのなかった揺りかごの中で、眠る命があることの喜ばしさに目を細める。


 今その揺りかごを真剣な表情で覗き込んでいる少女は、つい一ヶ月前に弟の妻になったばかりのエッフェンヒルド家の三女イザベラだ。


 弟の婚約者とあって幼い頃から良く屋敷に遊びに来ていたのだが、ここしばらくは両家の領地を襲った農業被害と、自己評価の低い弟の煮え切らない反応で揉めていたせいもあり、姿を見せなかった。


 こんな辺境には珍しく魔法と明晰な頭脳を持っていた彼女は、ほんの少し前まで王都にある学園に通っていたが、卒業式を終えて戻って来たのだ。


 ――――それも、何故かすでに結婚式を終えて。


 イザベラから視線を隣に立つ弟に向ける。大抵の物事を熟考する弟は、稀に周囲の人間を驚かすような突飛な行動を取ることがあり、その時だけはまるで、いつも抑え込んでいる感情を解放するかのような大胆さを見せるのだ。


 ふとそんな弟が視線を揺りかごに向けたまま笑ったので、つられて視線をそちらにやれば、小さな我が子の若葉のような手がイザベラの人差し指に触れて、反射的に握ったようだった。


 その柔らかさと儚さに目を細めるイザベラは勿論、そんな妻になったばかりの彼女を隣で見つめている弟も、俺にとってはまだ可愛い子供のようなものだ。


 むしろうちの両親は子育てを俺で投げたきらいがあるから、弟達の面倒はほぼ俺が見ていたようなもので、折角サフィエラとの間に産まれた第一子を見た時も“これが初めての自分の子育てになるのか”と感慨深かった。


「――ダリウス、お前もこんな離れたところで見ていないで、あっちでイザベラと一緒にヴィンセントにかまってやってくれないか。小さい頃はあっという間に過ぎてしまうからな。今ならお前たちに将来子供が産まれた時の練習になるぞ?」


「な……! ちょ、そ、そんなのまだ先の話だよ!!」


「シーッ。声が大きいぞ? ヴィンセントが驚くだろう」


 実際ヴィンセントだけでなく、イザベラもきょとんとした表情でこちらを振り返ったが、ダリウスと二人で何でもないと首を横に振る。するとイザベラは唇に人差し指を当てて“静かに”という合図を送ってきた。


 その反応に“ほら見たことか”と肩をすくめれば、ダリウスはムッと唇を引き結んだ。幼い頃から変わらないその表情に少しだけ笑ってしまう。


「だ、だって兄上が急におかしなこと言うからじゃないですか……」


「おかしくはないだろう? 結婚したら誰だって通る道だ。それにお前は婿入りする訳だから跡継ぎを……」


 と、そこまで言いかけて、ふとそれは違うなと思い直す。子供を授かるこの感覚はもっと相応しい言い表し方があると、長男ではない自分が囁く。


 弟たちが増えたとき、忙しい両親に代わって、どうせまた自分が面倒を見なければならないと分かっていても――。


「――……純粋に自分の家族が増えたら嬉しいだろう?」 


 榛色の瞳で見上げてくる弟に向かって思わず、そんな単純な言葉が口を吐いて出ていた。


 昔は冬の寒い畑仕事から屋敷に戻って、まだ働き手にならない弟たちが暖炉の前で丸くなって眠っているのを見たときは、腹が立ったものだ。何故自分だけがこんな目にとも思った。


 けれど、室内の入口でそれを立ち尽くして眺めていた俺に気付いた弟たちが、目を覚まして我先にと駆け寄ってくる様は未だ鮮明に憶えている。どちらが俺にタオルを渡すか、温かい飲み物を渡すかで、弟たちはよく揉めた。


 その姿を見ていたら、入口に佇んでいた時の刺々しい思いもいつの間にか薄れていたものだ。


 その答えが納得のいくものだったのか、ダリウスが「それは、まぁ、そうですね」とやや頬を緩めて微笑む。直後に「イザベラと僕の家族が増える、かぁ」と満更でもない様子を見せる弟の背中をポンと押す。


 今度は素直に押し出されたダリウスが、イザベラのいる揺りかごの横へと移動していく。


 近付いてきたダリウスに気付いたイザベラが、真顔でダリウスを振り返って「可愛いですわね」と言うのだが、傍目には怒っているように見えるのが彼女らしくて、思わず苦笑してしまう。


 そこへ一瞬部屋を外していたサフィエラが加わり、和やかな雰囲気のまま揺りかごが揺すられ始めた。


 ご機嫌な声を上げる息子を見つめるサフィエラの横顔からは、どうしようもないほどの幸福感が見て取れて、幸せを体現したこの瞬間の部屋を、永遠の物にしてしまいたい気持ちになる。


 視線に気付いたサフィエラが、二人と少し言葉を交わしてこちらに微笑みながらやってきた。産後数日は寝込んだと聞かされてヒヤリとしたが、今では痩けていた頬もバラ色に色付いてすっかり幸せな母親の顔になっている。


「そんな部屋の隅で一人黄昏てどうしたの? せっかく二人が遊びに来てくれているのだから、リカルドもこちらにいらしたら良いのに」


 揺りかごを覗き込んでいたせいで少し乱れた、プラチナブロンドの癖のない髪を耳にかけ直したサフィエラがアイスブルーの瞳で微笑む。


 控えめな淑女。

 貞淑な妻。

 幸せな母親。


 今や三つの顔を持ったサフィエラが、こちらに向かって微笑んでくれることが嬉しい。特に最後の一つの顔は夫婦の長年の悲願であった。それが成された今、彼女は以前よりさらに美しさを増したように感じる。


 俺がそんなサフィエラの微笑みに応えようと微笑みを浮かべかけた時だ。


 玄関の方から『ただいまー! 兄貴いるか~?』とやや軽薄な声が聞こえてきた。出迎えに行かずとも分かる……オズワルトだ。そのままドカドカと騒がしい靴音をさせながら廊下を歩く音と、オズワルトに並んで上着を受け取っているらしいアルターの声が聞こえる。


 部屋の前で足音が止まると『では後でお茶をお持ちさせて頂きましょう』というアルターの声と『菓子はジャムの挟んであるやつが良いな』というオズワルトの声がした。


 その会話終了を合図にドアノブが回るのに室内の視線が一時集中する。オズワルトの出現は身内といえども、似た質の父や母を除く俺とダリウスでは身構える必要があるのだ。


 案の定“バアン!!”と派手な音を立てて開いたドアに眉間を押さえる。それを見たサフィエラが苦笑するが、オズワルトの来訪を嫌がっている風ではない。そのことに少しばかり安心する。


「お、何だみんなここに集まってたのか。それに……よぉ、ダリウスとイザベラもいたのか! 元気だったか?」


 ニカッと人好きの良い笑みを浮かべたオズワルトから陽気にそう声をかけられた二人は「元気だよ。兄上は聞くまでもない感じだね?」「お元気そうで何よりですわ」と末っ子同士らしい返答をしている。


 要は相手の出方を待つ当たり障りのない返事とも言えるが……そんなことを気にするオズワルトではないので、そういう気遣いは不要だろう。ダリウス

と同じように育てたはずなのにどうしてこいつはこうなったんだろうか?


「ほらヴィンセント、オズワルトおじさんだぞー。相変わらず義姉さんに似て影のある男前なのにオレの登場に動じないとは……女の子達が将来ほっとかないぞ?」


 苦々しいこちらの気分をよそに、オズワルトはヴィンセントの寝かされている揺りかごを覗き込んでいる。


「お前は……いつもながら騒がしいなオズワルト。今日はどうしたんだ?」


「騒がしいとはご挨拶だな~。本当はアリアも来たがってたんだけど、お腹があれだから道中心配だしオレだけきたんだ。それで用件はこれだよこれ」


 そう言うや、オズワルトは背中に担いでいた鞄の中から、一抱えはありそうな布の山を取り出した。


「まだこれくらいの赤ちゃんには大量に必要な前掛けと、ガーゼのハンカチだろ、それからコットンの産着に、靴下に……それからえーっと、あとは……」


 整理整頓が苦手なのはいつまでたっても直らないのか、オズワルトは鞄の中をひっかき回している。その様子を見ていたサフィエラが、ほんの少しぎこちなく微笑んだ。


 ――引っ張り出されたアイテムの中に、ピンクや淡い色合いの物が多かったからだろう。……前にサフィエラが死産したのは女の子だった。


「――これまで産まれて来られなかった二人の分も可愛がらないと、ね?」


「……サフィエラ……」


 何と言葉をかけたら良いものか分からず労るように名を呼べば、それまで鞄を漁っていたオズワルトが勢い良く顔を上げた。


「そう言うこと絶対考えてる頃だと思って顔出して正解だったな? あのな義姉さんと兄貴。この子は――ヴィンセントは今までずーっと、諦めずに何度も義姉さんのお腹に宿り直して来たんだぜ? それを別人みたいに言っちゃ可哀想だろう?」


 その言葉に部屋の中に満ちかけていた悲しみの澱が吹き飛ぶ。


「今まで二回女の子で駄目だったから性別まで変えたんだ。その頑張りを褒めてやれよ二人ともさぁ。ダリウス達もそう思うよな~?」


 あっけらかんとしたその主張は、何故だかストンと。音がしそうなほどすんなりと俺とサフィエラの心に落ちてきた。


 次の瞬間、サフィエラのアイスブルーの瞳が潤んで涙が溢れる。オズワルトはそんな姿が見えないかのようにダリウス達を振り返って「次はいよいよお前たちの番だな~?」と明らかなからかいを含んだ声をかけて。


 それに顔を真っ赤にした二人が口をパクパクさせている。ただそんなダリウス達には悪いが、俺はサフィエラのもとに近付いて抱き寄せることに専念しないとならない。


 揺りかごの中でヴィンセントがご機嫌な声を上げる。息子の可愛らしい声と、腕の中の温かい妻の身体。


 サフィエラを抱きしめたまま「俺は幸せ者だな」と呟けば、頷き返す温もりがあって。ガラにもなく屈んでサフィエラの額に口付けをすると、腕の中で彼女が綻ぶように笑った。



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