*3* 気になるところで終わるなぁ……。
今朝は朝食の席につく前に執事のアルターが渡してくれたイザベラからの手紙が気になって、ろくに何を食べたのかも思い出せない。
いつもなら朝食後には早朝にしていた花の手入れの続きをするところだけれど、今日は前回の気になるところで切れていた手紙の方が気になって、食後すぐに自室に戻った。
屋敷と同じように使い込まれた家具が数点だけ置かれた質素な自室は、普段なら雨季でもない限りは寝に戻るだけだ。
だからというか……屋敷の使用人や両親と兄夫婦、いつも一緒に庭いじりをする園丁のダンには天変地異の前触れかと大袈裟に驚かれたものの、それどころではないのだから仕方ないじゃないか。
部屋でしばらく封筒を手にベッドと机の間を行ったり来たりしていた僕は、意を決して机に向かって腰を落ち着けてペーパーナイフを封蝋に滑り込ませた。
そして中から現れた彼女の愛用するスズランの香りのする便せんに、ドキドキしながら目を通す――が。
「“この間贈られてきたカラーですけれど、良いわね。机の上に置いておけば多少室内が明るくなった気がしますわ”……ね。うん、まぁ、喜んでもらえたみたいで嬉しいけど……」
けど――……何か違わないか?
何というのか……あの手紙の終わり方で最初に持ってくる話題として、これは相応しくないんじゃないのかなぁ?
いや、でもまだ一枚目の便せんのほんの数行だしな、と気を取り直して読み進めるけれど……。
「“校舎裏に猫が子供を産みました。とっても可愛いんですのよ。きっとダリウスなら屋敷に連れて帰ってしまうわ”。うん、猫は可愛いし、球根を狙ってくるネズミも退治してくれるから良いよね」
それを言ったら牧場で働いてくれる犬も好きだけど、僕は幼い頃から婚約者の彼女を見ているからか猫も好きだ。
将来的にイザベラのご両親にアレルギーがなかったら、あと、収入的に余裕があればどちらも飼いたいねと昔から二人で言っている。
――でも、やっぱり今わざわざ出す話題ではないと思うんだ……。
「あ……良かった、流石にまだ続きがあるよな」
二枚目の便せんの手触りに少しホッとするが、イザベラのことだからほんのちょっとだけ嫌な予感もする。
“犬も可愛らしいけれど、やっぱり猫も良いわね。あなた、仮にも私の婚約者なのだから、昔のあの約束を憶えていて?”
うん、ほら、やっぱりだ……この話題を続ける気なんだね……。
そんなの勿論憶えているし、僕がイザベラとの約束で忘れることなんてありえないことだから。むしろ辺境地と王都との距離、そこに手紙を挟んで考え付くことが同じなんだから、この以心伝心ぶりを褒めてほしいね。
それから数枚に及ぶ便せんには、将来犬と猫(大型)を一匹ずつ飼った場合にはどちらがどちらの飼い主になるかや、収入源の確保について、魔法の訓練の成果などなど――。
おおよそ僕の知りたい情報とは若干ずれているけれども、王都で頑張っているイザベラの近況が細かく綴ってあった。彼女は相変わらず学園で、日々僕が驚くくらいのぼっちスキルを習得している。
旅費が何とか工面出来たら、彼女が在学中に一度は会いに行きたい。
僕一人が行ってどうなることでもないけれど“ここで一人で頑張るイザベラは凄い”と、あの完全アウェーな場所で言いたいのだ。
婚約者らしいことなどほとんど出来ない僕にも、それくらいの甲斐性があるのだと伝えたい。なので目下資金を積み立て中だ。
行って帰るくらいなら何とかなる金額は貯まっているけれど、せめて三日は王都でイザベラの傍にいたい。
とはいえ、花の種や苗を購入したりしてその都度積み立て金を切り崩してしまうから、まだ今の金額では一日が限界だけど――。
自嘲的な笑いがこみ上げそうになる頬をつねり、鼻からずり落ちかけた眼鏡を押し上げて次の便せんをめくる。
そして――あぁ、イザベラ、君的にはこのタイミングなんだね、と思わせる出だしでその便せんは始まった。
“だけど最近あの第二王子を騙る生徒の婚約者だとかいう上級貴族のご令嬢が、取り巻きを引き連れて田舎貴族の私の元へ休み時間のたびにやってきては「この田舎者の恥知らず!」と罵ってこられて……本当、わざわざご苦労なことですわね?”
そこでふと、脳裏に扇を広げて相手を心底小馬鹿にしているときのイザベラの――あの氷点下の視線を思い浮かべる。
キツい顔立ちのせいで誤解されがちなイザベラだけど、彼女があの視線を他者に投げかけるときは余程相手の方に非があるときだけだ。
だから僕はそんな状況にイザベラが置かれているのかと思うと心配で、こんなとき、自分の出来がもっと良ければ傍についていてあげられたのにと少し気分が落ち込む。
“他にも、その魔力量の多さで平民からどこかの男爵令嬢として華麗な転身をなさった方が、私の行く先々に現れては勝手にぶつかって転ぶんですの。彼女と接点はありませんが、思い当たる節としては自称・第二王子かしら? その上『酷い……わたしが貴女に何をしたというの?』だなんて涙を浮かべて仰る始末。王都の貴族の方々は色恋以外に使う頭をお持ちではないのかしらね?”
……手紙はそこで終わっている。次の便せんの手触りもない。
「だからっ、頼むよイザベラ……!!」
こんなに気になるところでまたしてもあと一週間待たされるのかとうなだれる一方、せめてもの救いはイザベラの夏期休暇が近いということに心を奮い立たせる。
「うーん、戻ってきたら直接詳しい話を訊けば良い……かな?」
さてと、じゃあ悩み事にも目途がついたところで――そろそろ出かけるか。
「今度イザベラが帰って来たときには何を花束にして渡そう……」
僕は次に贈る花を見繕うついでに彼女が戻るまでに色々と手入れをして、王都で頑張っているイザベラを喜ばせよう。僕にはそれくらいしか能がないのだから。
それに何もうちの屋敷内だけ見ていれば良い訳でもない。午後にはここしばらくの暑さで土中が過発酵を起こしている領民の畑にも顔を出さないと。
そう気持ちを切り換えた僕は、日差しが強くならない内に庭での作業を済ませようと、イザベラから去年もらった麦わら帽子片手に部屋を出た。