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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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38/48

*32* 忘れ物。

今回はちょっと長いです。

もう少しだけお付き合い下さいませ(*´ω`*)



 ――――十一月も、残すところもう二週間。


 ダリウスからは相変わらず花の一輪、カード一枚届かないまま、日に日に下がってくる気温で年末の足音を気にし始める頃になってしまった。


 それでも時々クリス様から聞かされる新しいダリウスの試みに胸が高鳴るのを感じながら、私はチームの仲間達と共に魔法石を作り続けては各地に点在する辺境領への配布に精を出している。


 ダリウスの考え出す自然に干渉しすぎない使用方法は、年配の人間が多い辺境領でも多くの支持を得ているわ。そのレポートが王都に届く度に、彼の辺境領がどんな姿になっているのかを夢想する。


 クリス様やアルバート様から王城の一部……主に内政の官僚方からの評価が上々だと聞かされて、当然の評価だと内心で思ったくらいよ。


 そんなことを考えながら、カフェテリアのいつもの席から見上げていた窓の外。


 朝からずっと分厚い鈍色の雲に覆われていた空から、ついに真っ白な雪の一片がホトリと吐き出され、徐々にその花弁のような数を増していく。


 そのままヒラヒラと白い花吹雪のように舞い始めた雪を見つめていた私は、ふと窓ガラスに映り混んだ人物を見て振り返った。


「まぁ……わたくしもしかして、だいぶお待たせしてしまったかしら? ごめんなさいねイザベラさん」


「いいえ、メリッサ様。私もいま講義が終わってここに着いた所ですから、ご心配には及びませんわ」


 ホットミルクティーとスコーンの載ったトレイを手に、心配そうな表情を浮かべたメリッサ様に首を横に振って隣の席を勧める。


 メリッサ様はまだ少し疑っている様子だったけれど、私のトレイに載っているカフェオレとクランペットから登る湯気を見て、ようやく納得して下さったわ。


「ここにアリスさんがいないのは、何だか不思議な気分ですわね……。ここのカフェテリアのスコーンよりも、彼女が焼いてくれた物の方が舌触りも風味も良かったですもの」


 腰を下ろしたメリッサ様はそう不満を口にすると、まだ温かいスコーンを二つに割ると、一つにイチゴジャムとクリームを塗り付けて口に運ぶ。形の良い眉がキュッと寄って眉間に皺が出来るけれど、そんな表情も美しいのは同性としては羨ましい限りですわね?


 私も続くように切り分けたクランペットに、ラズベリーソースを付けて口に運ぶけれど……舌に触れて味覚を刺激された途端に、今のメリッサ様と同じように眉を顰める。どうやら私達の味覚は随分とアリスに慣らされてしまったようだわ。


 そこで――という訳ではないけれど、私は今朝女子寮に届いたアリスからの手紙をテーブルの上に取り出して、食事中にお行儀が悪いけれど、メリッサ様に目配せをしながら封を切った。


 中から現れた白い便せんにはアリスの癖のある丸みを帯びた文字で、近況報告という名の日記のようなものが綴られていたわ。



 “やっほー、二人とも元気? うちの弁えない馬鹿親父のせいで、学園に行けなくなっちゃったけどわたしは元気だよ! それがさぁ、潜伏先としてハロルド様に用意してもらったお家の人達なんだけど……スッゴい良い人達で、むしろあの屋敷なんかよりずっと伸び伸びさせてもらってるくらい!”



「……アリスらしい斬新な書き出しですわね……。猫被りの淑女顔も、紙の上での振る舞い方は不充分かしらね?」


「えぇ、でもその方がお元気そうな様子がはっきり分かって安心しますわ。流石はハロルド様ね。アリスさんのことを良く理解した上で潜伏先を選んでくれたようですもの」


 そう二人で顔を見合わせて微笑み合いながら、私達は再び視線を便せんへと落とした。


 今アリスは“父親”である男爵が一部の貴族達と一緒になってかなり手広くかつ、非道な汚職に手を染めていたらしく、お家の取り潰しという憂き目にあっている。けれどアリスは元々は本人が望まないまま、いきなりその美しさと才能に目を付けた男爵家によって連れて来られただけの街娘。


 いわば被害者の一人であるとみなされ、今回のお家騒動とは切り離されてハロルド様の知り合い預かりという身分になっている。最近学園に来られなくなっているのは、ハロルド様がアリスを一部貴族達の目から隠したいが為のことだろう。


 恐らくは主に邪な考えを持つ貴族達からの身柄預かりにさせないようにだと思うけれど……本当のところはどうかしらね?


 ……ただ私自身は今回のこの話がまるで上手く整えられた、舞台演出のように感じられてなりませんわ……。

 

 事実この事件が表立って騒ぎ立てられることはなく、学園の生徒でも知っている者は“ほとんど”いない。そして“ほとんど”いない中の一部貴族達からこの話が漏れ出さないのは、より大きな力が働いているからに他ならないのではないかしら――?


 私はそのより大きな力というのがここ最近見ない男性陣と、メリッサ様、そしてメリッサ様の持つ“家の者”の情報網だと確信している。それに下級貴族が知って得をすることでもないので、大人しく知らないふりをしていた方が賢明だわ。



 “そうそうそれと何かね~、わたしはあの家とは実質ほとんど関わりがなかったから、このまま後ちょっとだけここにいたら、講義への出席はアレなんだけど、代わりに今年の“聖火祭”にはこっそり参加させてもらえそうなのよね。だから当日は去年と同じ場所で待ち合わせして、一緒に遊ぼうよ”



「――びっくりするくらい暢気ですわね……」


「あら、ある意味アリスさんらしくて良いと思いますわ。ずっと湿っぽい気分でいるよりも、こうして少しくらい暢気な方が。イザベラさんもそうは思いません?」


 にっこりとそれは美しく微笑むメリッサ様の発言に、私もそれもそうねと微笑み返す。けれど今度はそれとは別の心配事が頭をもたげて、私は僅かに曇った気持ちになる。


「うぅん、でも、困りましたわね。私は今年の“聖火祭”に出るつもりはなかったのですけれど……」


「あら、それは困りますわイザベラさん。わたくし達が在学中にある最後の“聖火祭”ですもの。是が非でも出席させますわ」


「……普通そこは“どうしてですの?”とお訊きになるところではないかしら、メリッサ様? あと出席は決定事項なんですの?」


 意外なメリッサ様の押しの強さに思わず苦笑してしまう私に、メリッサ様は「当然でしてよ」とキッパリお答えになる。


 それどころか「去年と同じドレスがお嫌でしたら、仕立てさせますわ」とまで仰ってくれるので、気になるのはドレスではないのだとは言い出せずに「ドレスはご遠慮させて頂きますけれど、出席はしますわ」と返す。


 嬉しそうに微笑むメリッサ様の前で私の脳裏に浮かぶのは、あの真っ赤なポインセチアの花だった。



***



 そうして冬場に山場を迎える魔法石作りの前に、カレンダーの日付は飛ぶように過ぎ去って行き――――迎えた“聖火祭”当日。


 前日の深夜までかかって魔法石を作っていたせいでやや寝不足気味の私の部屋に、お付きの侍女軍団を連れたメリッサ様が乱入してきた時は、本当にどうしようかと思いましたわ……。


 上級貴族のお付き侍女の手によって私は、あっと言う間に化粧とヘアメイクを整えられ、去年と同じドレスに身を包む。いつもは流すしかない癖の強い髪をテコで伸ばされ、緩く結い上げられたせいで剥き出しになったうなじに香りの良いオイルを二・三滴馴染ませる。


 鏡に映った初めての真っ直ぐの髪をした自分の姿に若干驚いた。あの癖毛をこの短時間で仕上げるだなんて……上級貴族の侍女恐るべしだわ。


 狭い部屋の中で待機出来ずに、女子寮の談話室で優雅にお茶を楽しんでいたメリッサ様のところに向かうと、メリッサ様は顔を綻ばせて「元と腕が良いと、面白味のない出来映えですわね」と私をからかった。


 対するメリッサ様は去年と少し異なり、大きな胸を押し上げる形の最新ファッションドレスから、少し落ち着きのある胸を強調しないエレガントなドレスに身を包んでいたわ。


 淡い緑色を基調としたドレスは凛としたメリッサ様の印象を和らげて、やや優しげな雰囲気にしている。胸元と背中に小さなスリットが入っていて、動くと僅かに肌が見える程度の露出。それがかえってアルバート様を筆頭とした殿方達をドキドキさせそうだわ。


 私とメリッサ様はアリスの待つ学園のエントランスへと向かう間、二人で今日のアルバート様の反応を予想しあった。私としては主にメリッサ様への去年との反応の違いが楽しみですわ。


 あの時は本当にただのどうしようもない男性でしたけれど、きっとこの先メリッサ様を泣かせたりはしないのでしょうね……。私は一瞬思い浮かべた榛色の瞳にツキリと胸が痛み、それを振り払うように頭を緩く振る。


 到着した会場は去年と同じく煌びやかで、田舎者の私には気後れしてしまう場所だった。それでも去年ここに立った時には、私には帰る場所と飛び込める胸があったから、何とかなったのだけれど……。


 来年の今頃、私はどうしているのだろう? そんな不安にかられて胸元に手をやったところで、そこにあるのは淡いクリーム色のロングドレス。それもお父様がお母様に愛を込めて贈った年代物。


 私が思わず小さく溜息を吐いていると、メリッサ様が「大丈夫ですの?」と心配して下さったので慌てて頷く。


「それよりもメリッサ様、ここは人が多いですから、早くアリスを見つけて会場に入りましょう?」


 扇で口許を隠してそう苦し紛れに私が言うと、メリッサ様は「あら、噂をすれば……」と微笑み、扇でスイと人混みの中の一点を指し示された。


 その方向を向くと、そこには例によってメリッサ様以外のご令嬢を侍らせて入口に近付いてくるアルバート様とその取り巻き二人、それに待ち人であるアリスを発見した。


 私とメリッサ様が発見するのとほぼ同時に、向こうも私達を見つけてこちらへと向かってくる。アルバート様達三人組よりも抜きん出る形でアリスが駆け寄って来た。


「やぁやぁ、二人とも元気だった~? わたしがいなくなって、二人で寂しくて泣いてたんじゃないのぉ?」


 そんなふざけた第一声と共にやってきたアリスは淡い青色のドレスに身を包んでいた。去年と違ってスッキリと動きやすそうなデザインで、小柄な彼女をスラリとして見せる。


「あら、学園にアナタがいなくて一番寂しそうだったのはハロルド様ですわよね? イザベラさん」


「えぇ、そうですわね。アリスはどう? ハロルド様との学園生活が出来なくなって泣いていたのではなくて?」


 意地悪くメリッサ様と二人でやり返すと、アリスは「ちょっと止めてよ! わたしは別にそんなんじゃ……っていうか、今そういうの良いから!」と大慌てで背後から遅れてやってくるハロルド様の方を気にしながら、私達に口止めする。


 その姿に笑っているとようやく私達の目の前に到着した三人が、私とメリッサ様の姿に三者三様の違いを見せる讃辞を送ってくれた。


 特にアルバート様のメリッサ様への讃辞は熱が籠もっていたので、蕩けそうになっているメリッサ様をその場に放置して先に私とアリス、ハロルド様とクリス様の四人で会場へと向かう。


 その背後からまだ『いつものメリッサも美しいが、今夜は格別だな』とか『俺の為に着飾ってくれたのかと思うと……もう他の男の目に触れさせたくないな』『いっそ今夜結婚式を挙げてしまいたいくらいだ』などといった発言が聞こえてくる。


 ……メリッサ様はあの凄まじい言葉責めにふにゃふにゃにされて、この後のダンスは踊れるのかしら?

 

 チラリと他の三人に目配せすると、三人もそう思っていたようで微妙に生暖かい目をしていた。


 けれど会場に入る前にクリス様が私の耳許で「ハロルドにも花を持たせてやりたいのですが」と囁く。私も丁度さっきのアルバート様達を見ていてそう思ったところだったので、快諾する。


 するとクリス様は「ボクはこの場に婚約者がいないので、ここでイザベラ嬢と壁の花にでも徹していますよ」とアリスとハロルド様に言葉をかけた。


 二人は一瞬私とクリス様を交互に見て困惑した表情を浮かべたけれど、私が頷き返したことで、納得したのかファーストダンスのパートナーとして会場内を回ることにしたようだわ。私とクリス様はその背中を見送りながら微笑みを交わす。


 けれど二人の姿が完全に学生達の中に消えてしまうと、クリス様はつい今し方の発言の舌の根も乾かないうちに「では、ボクはこれで失礼しますね」と言い出した。


「……流石に放り出すには早すぎるのではなくて?」


「おや、貴女がそんなにボクと踊りたいとは思いませんでしたね?」


「ふふ、ご冗談を。分かっておられるでしょうに。構いませんわ、私は一人でここにおりますから、どなたかと踊っていらして? ただし、婚約者を悲しませない程度に、ですわよ?」


 私がそう悪戯混じりの答えを返せば、最近は以前のような女性の噂を聞かなくなったクリス様が、男性であることが憎らしいくらい美しい顔のまま苦笑する。


「……これはなかなかに手厳しいですね? ご心配して下さらなくとも大丈夫ですよ。心得ていますから。それに……ここにいればすぐに、貴女をダンスに誘う心の強い人物が現れるに違いありませんよ」


 そう意趣返しにしては出来の悪い台詞を残して、クリス様は馴染みの上級貴族の子息の輪に加わりに行ってしまった。


 残された私は、しばらくぼんやりと会場の煌びやかさに目を細める。


 と、そこへ隣から――――。


「もしお一人でしたら、一曲踊っては下さいませんか?」


 その聞き馴染んだ声に弾かれたように振り向いた私に差し出されたのは、真っ赤なポインセチアの花と。


「――この人混みの中でも、すぐに分かったよ。忘れ物を届けに来たんだ」


 眼鏡越しに細められる榛色の穏やかな瞳。


「ずっと逢いたかった……僕の、大切なキミ」

 

 ゆっくりと抱き締められてそう囁かれる腕の中で、私はここ数ヶ月ぶりに本当の“呼吸”をしたのだわ。



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