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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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33/48

*28* なんにも。

(´ω`*)<さて、そろそろ……心臓が無理そうな読者様は完結したら読んでね!



 最近自室のドアを開けて真っ先に思うことといえば、王都に出て来てからこんなにも長い期間、コツコツと買い集めた一輪挿しに花が生けられないことなどなかったということかしら?


 ダリウスが贈ってくれる花だけで生活の温かみを宿していた仮住まいは、今や殺風景に過ぎる白い壁紙が目に痛いほどね。


 そんなことをぼんやりと考えながら、淑女のマナー的には褒められないけれど、私は学園から帰宅した制服姿のままでベッドに倒れ込んだ。


 私の身体を受け止めたベッドのスプリングが二、三度軋みを上げて、受け止められた私は力無く横たわる。けれど白いシーツに大嫌いな癖の強い紫紺の髪がバラリと広がるものだから、凪いでいたはずの心はそんな些細なことで苛立ち波立った。


 ――ベッドの上には今日実家の両親から届いた手紙。


 女子寮の入口で寮母さんに声をかけられたとき、ほんの少しだけ期待していた自分が浅ましく思えて、手紙の一通も寄越さないダリウスを心の中とはいえ、初めて詰った。


 もう一月以上も前に届いたきりのバラのポプリとあのカード。どうせ書くなら“心配しないで”ではなくて“頼って良いかな”と書いて欲しかった。


 ねぇ、ダリウス。私はあなたの何なのかしら? もしかして、婚約者だと思っているのは私だけなの? そんな風にここ最近ずっと胸の中に立ち込める不安を、頭を振って追い払う。


 両親からの手紙を読めば、少しでもあちらの様子が……ダリウスの近況が分かるはずだと思うのに、何故だかその封筒に触れることが恐ろしい気がして手が震える。


 心を落ち着かせようと右手の中指にはめた指輪に触れるけれど、いつの間にか簡単に回るようになってしまった婚約指輪は、私の不安をさらに掻き立てるだけだったわ。


 覚悟を決めて深呼吸を一つ。行儀悪くペーパーナイフを使わずに開けて、慣れ親しんだお父様の神経質そうな文字をさっと視線で追う。


 けれど読み進めるうちにそのあまりの内容に飛び起きた私は、ベッドの枕を掴み上げ、怒りのままに壁に力一杯叩きつけた。すると中から衝撃に堪えきれず柔らかな羽毛が飛び散り、さながら雪のように舞い散る。


 白く視界に映り込む羽毛の雪と、便せんに走るお父様の跳ねの強い文字が、私の心を乱れさせた。

 

 手紙の内容は今度の夏期休暇には帰ってきてはいけないという旨と、その理由であるここしばらく続いている天候不順で領地の経営が慌ただしいということ。


 夏の収穫後にそれでも今回の小麦の病気騒動の収拾がとれなかった場合には、その次の冬期休暇の帰宅も難しいことなどが詳細に明記されていたわ。


 それだけならば、まだ良かった。だというのに便せんの最後に綴られた一文が、私の心を虚ろにさせた。



 “お前はこちらのことは心配せずに、学園でしっかりと学ぶように”



 そんな月並みで、ともすれば突き放されたような一文に、私は思わず唇を戦慄かせてぽつりと。


「そんなこと、言われずともやっていますわ。なのに……何ですの? ここで“しっかり”学んだところで……こんな大切な時に当てにもされないなら、一体私は何の為に……」


 続くはずの言葉は無様な嗚咽に紛れて。


 こんなことなら、ねぇ、ダリウス。


 私はあなたの傍を離れるのではなかったのかしら?


 当然手紙さえ寄越してはくれない彼の心が、辺境領から離れた王都にいて分かるはずもなくて。今の私に許され期待されるのは、再びベッドに伏して泣き声を殺すことだけだった。



***



「ちょっと……ねぇ、イザベラ。最近ちゃんと眠れてるの?」


「そうですわ、何だか顔色が悪くてよ。婚約者のことが心配なのは分かるけれど、アナタまで体調を崩したりしたら彼も悲しむわ」


 手紙を受け取った翌日、いつものカフェ・テリアでそう心配して言葉をかけてくれる二人の声にも、無言で頷くことしか出来ない。


 もしも今の気持ちのままに口を開けば、どんな刺々しい言葉が飛び出して彼女達を傷付けるか分からないもの。


 せめて心の中で、いつもなら多少煩わしく感じてしまう男性陣が早く合流してくれることを祈るしかないわ。


 彼女達の言うように、せめて体調を壊してはいけないという義務感だけで口に運ぶ昼食は、砂を噛むような味気なさだけを感じていた。美味しいとも不味いとも感じない食事がこれほど苦痛だとは思わなかったわね……。


「……それにしたってさぁ、あの婚約者の――ダリウス君だったっけ? 彼も忙しいのは分かるけどせめて手紙の一通くらい寄越せば良いのに。ねぇ?」


 アリスがそう言ってメリッサ様の方を向けば、メリッサ様も深く頷いて同意の意を示している。二人にしてみれば私を元気づけようとわざとダリウスを悪く言おうという作戦なのでしょうけど……ごめんなさい。それだけはどんな時だって許せませんの。


 私はただでさえ惰性でとる苦痛な昼食の最中に、さらにダリウスの悪口を加算されるのが堪えられなくて、渋々昨日届いた手紙の内容を話そうと口を開こうとしていると、向こうの方から権力の塊のような三人組がこの席に近付いてくるのが見えたので口を閉ざした。


「やぁ、ご婦人方がそんな怖い顔で食べるくらいに、今日のサンドイッチは酷い味なのかな?」


 大体まずこうやって余計な一言と共にクリス様が現れ、


「何だそうなのか? あれだったら代わりになるもん買ってきてやるぞ?」


 と言いながら全然さりげなくなくアリスの隣に回るハロルド様に、


「ピクルスが入っていたのなら代わりに食べてやるから貸せ、メリッサ」


 と過保護で無自覚に、メリッサ様の他人に知られたくない情報を投下してくるアルバート様がそれぞれの定位置に付いた。


 一連の流れるような椅子取りゲームに毎日のことながら感心するわね。


 アリスとメリッサ様がアルバート様とハロルド様を見て、険の強くなっていた表情を少しだけ和らげる。


 それを確認しながらダリウスの悪口を回避出来たと悟った私は、また味気ない食事を再開しようと手にしたサンドイッチを口に運ぼうとしたのだけれど――。


「ご実家の辺境領がお忙しい様子だったので、少しお話を聞かせて頂こうかと思って来たのですが……貴女が大人しくこんなところで食事をしているのは意外でしたね?」


 そう私の隣に座ったクリス様が、彼にしては本当に珍しく他意なく訊ねてくるものだから、一瞬アルバート様とハロルド様が動きを止めた。


 ……なるほど、そういうことですのね。


「小麦の病気が流行っているという詳しい情報が欲しいのでしたら、残念ですけれど私に訊いたところで大したことは分からないと思いますわよ?」


 あぁ、やっぱり……どこまでも攻撃的に刺々しい声が喉を震わせた。そのせいでいつもは和やかな昼食の席は、一気にその空気を凍り付かせる。日が射さないとはいえ、一応は夏場の気候であるはずなのに寒々しいわね?


 私はクリス様に向かって昨日届いた手紙を差し出す。


 今朝、肌身離さず持ち歩けばこれ以上悪いことが起こらないような気がして、制服のポケットに忍ばせてきたのだ。


 クリス様は「では失礼します」と手紙を受け取って中を検分し始めたけれど、案の定すぐに首を横に振って返して来たわ。


「この程度のことでしたら、すでにボク達の方でも耳に入っていますね」


 その言葉を聞いて自嘲気味な笑みが唇に浮かぶ。今の言葉が本当だと言うのなら私の故郷の情報を私が一番知らないのね?


 すると近くの席で盛んに何か言い合っている一団が目に付いた。一斉にそちらの方へと視線を移すと、殺気立った一団の中にあの粉屋のビオラさんと職人系聴講生の皆さんだった。


 クリス様が「情報を知っていそうな方々の集まりですね」と薄く微笑んで、アルバート様とハロルド様に目配せをしてからそちらの席に近付いて行く。


 けれどクリス様のその言葉に心を引かれてついて行った私の耳に入ったのは、思ってもみないことだった。あまりのことに「それは、本当ですの?」と訊ねた私の声は、まるで自分のものではないように感じたわ。


「え、えぇと……はい、確かにエスパーダ君から、今年の秋に撒く小麦の種子を譲って欲しいとは連絡がありましたけれど……」


「あぁ、うちも今のうちに冬場の保存食を作りたいから、ちょっと蜂蜜を分けてくれって頼まれてるぜ?」


 ――――私には、一つもなかったダリウスからの救援要請。


 目の前が真っ暗になるような感覚を味わいながら戻った席の四人に声をかけられても、どれも言葉としては聞こえずに通り過ぎていく。


 “私はあの場所に帰っても良いのよね?”と、心の中で“私”が問う。


 すっかり“お客様”のような扱いを受けている私があの場所に戻っても、変わらず受け入れてくれるのかしら?


 私はクルクルと回る右手の中指にはめた婚約指輪を溜息と共に抜き去る。


 四人の視線が集まる中で翳して見た何も付けられていない右手は、どこか自由で、どこまでも寂しかったわ。



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