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大好きな婚約者、僕に君は勿体ない!◆は?寝言は寝てから仰って◆  作者: ナユタ


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*26* 元気のない花。



「ね~、だから言ったでしょう? 男女間の恋の駆け引きだったらこのアリスさんに任せなさいって!」


 そう得意気に言いながら、ビオラさんの店から仕入れた小麦粉を(ふるい)にかけるアリスに向かって、私は盛大に溜息を吐きながらも、手にした泡立て器でバターをグリグリとクリーム状になるまでかき混ぜながら不満を口にする。


「それは……結果的に良かったかもしれませんけれど、もしもあそこでダリウスが動いてくれなかったら、私達は夏期休暇までずっと気まずい気持ちで過ごさなければならないところでしたのよ?」


 あの思い出せば色々と恥ずかしくも素晴らしいときめきの事件から、早いものでもう二週間。


 ダリウスは事件後も昼食を一緒にとることはない代わりに、放課後だけでなく自由選択授業の時も同じ講義を受けてくれるようになった。一週間に三回だけしかないこの貴重な講義だけは、隣に座って二人で辺境領の将来について意見を述べ合える。


 それだけでなくダリウスは辺境領経営で培った経験と、その柔軟な発想力を見込まれて、私とアリス達の共同で研究を進めている専攻授業にも出席を許された。


 先生なんてダリウスをすっかり気に入って、私達が魔法石に魔力を込める間中、ずっと使用出来そうな案を聞き出してはメモを取っては、何度も滞在期間を伸ばしてはどうかと提案していたわ。


 けれどダリウスは淡く笑ってその申し出を『辺境領でやるべきことがまだありますので』と辞退し『自分のような若輩者に声をかけて頂いて本当にありがとうございました』と礼を述べた。


 辺境領とはいえ貴族であるのにその物腰の低さと穏やかさに、先生も感心していたわね。あぁ、それと、ハロルド様の謝罪は見ものだったわ。


 脳筋の方ってどうしてああも直情径行なのかしら? 


『おぅ……あんたの人格を誤解して悪かった。てっきりあんた“も”女を使って中央に乗り出す気の、腐った田舎貴族だと思ってたんだ。ホントにあんな人の多い場所で気の悪ぃ思いさせちまって――スマンッッッ!!!』


 そう勢い良くきっちり直角に身体を折って謝るだなんて……貴族らしくなくてみっともない……なんてはず、ないわ。珍しくアリスの指示ではなかったらしくて、彼女も目を真ん丸にしていた。


 クリス様はそれを見て『ハロルドは謝罪の種類が少ないですね』などと自分を棚上げにしていらっしゃったけれど、まぁ良いですわ。


 ――――そうして徐々に周囲に溶け込んでいったダリウスの滞在期間も、残すところあと四日となった今日。


 私とアリスとメリッサ様の三人は今、アリスが平民の頃から良く出入りしていた孤児院の台所を借りている。


 辺境領ではともかく、王都の方ではどれだけ下級貴族であったとしても、貴族の娘が台所に立ち入ることは下品だと推奨されていなかった。


 聞けばアリスは父親である男爵が迎えにくるまでの数年をここで過ごしたそうで、彼女にとっては男爵家よりも居心地が良いのだろう。


 今でも月に何度かはここでお菓子や食事を振る舞うそうで、ちょうど明日はダリウスの十七歳の誕生日なのに、本以外の贈り物を用意していないと相談したら「故郷では自分で料理もしてたんだよね? だったらわたしの隣で簡単なケーキでも焼けば良いじゃない?」と誘ってくれたのだ。


 ……別に最初からそう誘ってくれるかもと期待していた訳では、なくてよ?

 

「だーかーらー、絶対動くと思ったから逃げ回るように言ったんじゃない。それに一日目はわたしの指示がなくたって、前日の追いかけっこが恥ずかしいから勝手に逃げ回ってたでしょ?」


「あ、あなたねぇ……! そうよ、元はと言えばあなたがビオラさんが結婚していて、お子さんもいるのを黙っていたから今回みたいな騒ぎに発展したのですわよ? それをよくもそんな――、」


 私がやや興奮気味に、泡立て器に入り込んだバターを木ベラで掻きだしながらアリスを責める。


 ――と、それまで「え~? そうだっけ」などと笑っていたアリスが、急にこちらを向いて真顔になった。あら、真面目にこちらの不満を聞く気になったのかしら? そう思って再度口を開きかけたとき……。


「は、ちょ、何やってるんですかメリッサ様! わたしタマゴは殻を半分に割ってから、その殻を使って卵黄と卵白に分けてって言いましたよね!?」


 アリスの慌てた声と表情に否応なく背後で何が起こっているか悟った私も、慌てて振り返る。けれど振り返ってからその惨状に思わず目を瞑ってしまったわ。


 流石はこのメンバーの中で唯一深窓のご令嬢と呼べるメリッサ様。


 ……王都貴族の鏡でいらっしゃるわね。


 ただ、目を瞑ったところでその惨状がどうなることもないのは分かり切っているので、私は恐る恐る目蓋を開く。


「えぇと、その……お二人は本当にお料理がお上手でいらっしゃるのねぇ?」


 メリッサ様にしては珍しく白々しく伸ばされた語尾に、ボウルの周辺に飛び散ったタマゴの卵黄と卵白。ああも粉々になった殻からだと、正確な個数の確認が出来ないわね。


「あーもー……勿体ないですよ? ここまで失敗する前に声をかけてくれたら良いのに」


 そう言いながら布巾とゴミ箱を取ってこようとするアリスと、しょんぼりとうなだれるメリッサ様の間に挟まれた私は二人を制し、タマゴの残骸と飛び散った卵液を綺麗なボウルにゴムベラを使って流し込んでから、それを目の細かい布を敷いたザルで漉す。

 

「お二人共いきなり捨てる発想に飛躍せずに、少しは頭をお使いになって下さる? こうすれば緩めのプリンくらいなら作れましてよ?」


 苦笑しながら小鍋に牛乳を温める私の隣で、二人が素直に頷くのは何だか可愛らしいですわね。


 けれど――そう思った直後にアリスが「発想の飛躍度合いで言うなら、ビオラさんの出現で婚約者君の不貞を疑ったイザベラも凄いよね」と人の恥の傷口を広げてきたのは論外ですわ。


 こんな風に歳の近い友人達と賑やかにお菓子作りをする機会なんて、辺境領では考えられなかった。王都にいられるのも卒業までの後少しの時間だと思えば、この時間はかけがえのない物に感じられて。


 その後もメリッサ様がチョコレートを直火にかけようとしたり、プリンに使用するカラメルを鍋と同化させてしまったりと、主に後片付けがメインになってしまったお菓子作りの時間は、それでも楽しく過ぎていった。



 ――――翌日。



 アリスが孤児院の子供達の為に、大量に焼いたマドレーヌの余りをハロルド様が。


 一番の料理音痴ぶりを発揮したメリッサ様が焼いた型抜きクッキー……のようなもの(?)をアルバート様が。


 私が焼いたチョコレートケーキをダリウスが受け取って、楽しいお茶会とダリウスの誕生祝いの席を設ける。


 アリスがクリス様にもマドレーヌを勧めたところ「ハロルドに恨まれるのは面倒ですし、婚約者が最近お菓子作りにはまっていましてね」と彼にしては珍しく苦い表情をしていた。


 アルバート様とハロルド様にお話を訊ねると、何でもクリス様の小さな婚約者は、どこからか仕入れた“男心は胃袋にある”という情報を鵜呑みにして連日のように歪な形のお菓子を持ってきてくれるのだとか。


 クリス様も「上流階級の子女が使用人の真似事など」と文句を言いつつも、毎回全部食べてあげているらしい。何だか少し意外だわ。


 同年代の友人と騒ぐことはその場にいる誰よりもダリウスにとって新鮮な事だったようで、私は終始領地で見る表情とはまた違った微笑みを浮かべるダリウスから目が離せなかった。


 クッキーのようなもの(?)を食べて青い顔をしているアルバート様に水を差し出したダリウスに向かい、アルバート様が「人が弱っているところを見てはしゃぎすぎだぞ?」と恨めしそうな目を向けているのを聞いて、納得したわ。


 歳頃らしく“はしゃぐ”ダリウスを、婚約者であるはずの私は見たことがなかったのね?


 ほんの少しだけ気になって、私といるとはしゃげないの? と訊いてみたら、ダリウスは苦笑しながら「ベラの前では格好付けたいからなぁ」と言ってくれたわ。そう言ってくれて、そう想ってくれて、嬉しかった。



 でもね、ダリウス。


 私はあなたを支えたいわ。


 あなたと同じ場所で笑いたいの。


 

 けれどそんなことを皆の前で口にするのは恥ずかしすぎるから、その場では微笑みを返すだけにして黙っておいたわ。


 そうして、今までで一番賑やかで歳に見合ったはしゃぎ方をしたダリウスは、誕生日の二日後に辺境領へと戻っていった。


 ダリウスがいなくなった学園は以前よりもガランと感じたけれど、それも後半分ほどしかない今年を乗り切ればずっと一緒にいられるのだから。


 一週間後に届いた花はピンク色のスイトピー。仄かに漂う甘い香りが春の訪れを感じたわ。


 その後もいつものように春の花が贈られてきたのだけれど……緑の色が一層鮮やかになる初夏の頃から、ダリウスから届く花が少し元気がなくなってきた気がするのは気のせいかしら……?


 五月も後半になると重苦しく垂れ込める雨雲が空を覆う日が続き、細く降る雨は勢いこそ弱いものの途切れることなく連日のように降り続いた。


「何だか嫌な雨ですわね……」


 平年の雨とはどこか違う空気に、皆で昼食をとる学園のカフェ・テリアの窓から見える空に胸騒ぎを感じていたその翌週――。


 

 “少し忙しくなったから、しばらく花を贈れない。だけど心配しないで“



 そう一文が綴られたカードとバラのポプリを最後に、ダリウスからの手紙は途切れた。



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