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*2* 私の愛しい婚約者。*イザベラ*



 私――イザベラ・エッフェンヒルドには、幼い頃に親同士が取り決めた垢抜けない婚約者がいる。


 何をやらせても私より出来が悪くて遅いし、出来上がっても使い物にならないし、愚図で、ドジで、お人好し。そんな彼を一言で言い表すとしたら“善良”。


 見る目のない人間が見れば無能で愚かな人間だと勘違いするかもしれないけれど、私は別にそれを進んで訂正しようとは思わないわ。


 だってわざわざ彼のことを弁明して回ったりして、あのお人好しさに目を付けられて何か危ないことにでも巻き込まれたら大変ですもの。


 ――……彼の良さは、婚約者である私だけが知っていればそれで充分。


 下手に外で誰かに話して、横からどこかのご令嬢にでもかっさらわれるだなんて真っ平ごめんよ。


 貴族の中では異質なくらい家族に誠実な父と母と、嫁いでしまった二人の姉は、幼い頃から私の自慢。そして……同じくらいに誠実な私の婚約者も。


 昔から同性にも異性にもおかしな目で見られていた私は、自己防衛の為に居丈高な物言いを覚えたけれど、そのせいで今度は下級貴族の娘の癖に生意気だと文句を付けられるようになってしまった。


 でもそれを直したところでまたあのヒソヒソと陰口をきかれる日々に戻るくらいなら、もういっそのこと開き直って貫き通す気持ちになったのね……。


 だからいつでも私の周りにはいつも小娘の虚勢を許容できる大人しかおらず、気が付いた頃にはすっかり同年代の友人関係を築く場をなくしてしまった後だった。


 そのことで益々頑なさに拍車がかかった私を心配した両親がある日持ってきた婚約話。


 初めて会うことが決まった日。下手に期待させられて裏切られるのが怖かった私は、両親が止めるのも待たずに馬車から飛び出し、庭で土いじりに勤しんでいた彼に向かって狂犬紛いに居丈高な振る舞いをした。


 なのに――……。


 オーバーオールを泥だらけにして、無礼な私に腹を立てず微笑んだ……それが、私とダリウスの出逢いだった。


 サイズの合っていない大きなメガネのレンズ越しに見えた、榛色の穏やかな瞳が“怖がらなくて良いよ”と言ってくれているみたいで、私はもう彼以外の男性なんて考えられなくなったのよ。


 その場では大人しくしていたけれど、屋敷に帰った私はさっさと婚約の話を進めて欲しいと両親にせがんだわ。それでないと彼が明日にでも誰かに取られてしまうと思ったのね。


 そんな幼い日の一頁を思い出しながら、私は学園寮の個室でダリウスから届いた一輪のバラの花弁を撫でた。ベルベットのように滑らかでどっしりとした質感のある真紅のバラ。


 ダリウスが少ない領地内の仕事で得た報酬で、週に一回贈ってくれる私の癒やし。ほぅ、と溜息を吐きながら毎回一緒に添えられる“大切な君へ”と書かれたカードに胸がくすぐったくなる。


 領地にある教会で自分に魔力があると知ったとき、私を学園にやるべきだと言った牧師様。あのときは一瞬扇ではり倒そうかと思ったけれど、夜には“それもありね”と思い直した。


 ――だって、せっかく私の領地に婿入りしてくれるのですもの。


 これは私も手に職を付けて彼の支えになるべきだわ! と。


 ダリウスの育てる花々は王都にあるどの花屋の花よりも素晴らしい。そして私達の辺境は産業に乏しいのよね……。


 そこで私は学園在学中に植物の水分調節を自在に行えるようになって、教会でお高い祝福などかけてもらわないでも、花を長持ちさせる方法を生み出すことに専念していた。


 彼は微弱ながらも土属性を持っているから植物が美しく育つのだと思っているみたいだけれど、実際はあの甲斐甲斐しい手入れだと私は知っている。


 ……たまの帰省で花に嫉妬することもしばしばだわ。


 学園での生活はただでさえ田舎者の下級貴族が入学するだけでも騒ぎになるのに、試験でトップを取ってしまったりしたものだから周囲の上級貴族からの嫌がらせが凄いのよね。


 お陰でこうして個室をあてがってもらえるようになったから、寮での平穏は得られたのだけれど……。


 私は最近になって学園に編入してきた、とある虚言癖のある男子生徒に付きまとわれて辟易していた。


 授業終わりに廊下で取り巻き連中と待ち伏せしては「俺のモノになれ」。


 一人で(ぼっちというやつかしら?)昼食をとっている最中に取り巻き連中とやってきては「俺のモノになれ」。


 下校時間にさっさと寮へ帰って、ダリウスから贈られた花で心を癒そうと急いでいるところへ取り巻き連中とやってきては「俺のモノになれ」。


 しかも二言目には「お前……俺は第二王子だぞ!」と不敬に取られそうな虚言を吐くのだから――私の遠巻きに陰口を叩かれるだけの平穏な学園生活に一気に暗雲が立ちこめ始めている。


 あと二年もある学園生活で面倒ごとなんてこれ以上いりませんのに……!


 とはいえ、どうやら虚言癖のある男子生徒は一応本当に上級貴族のようだから、どうせすぐに飽きるでしょうね。


 きっと多少女子生徒……いえ、一部の女性教諭からの人気もあるから、全く興味を示さない私に腹を立てているだけだもの。


 当然でしょう? 私の心は領地にいる婚約者のダリウスだけにしか動かせませんわ。


「あら、そういえばこの間の手紙……途中で便せんを切らしてしまって、何だかおかしなところで終わってしまったような……?」


 ふむ、と首を傾げる私の目の前には、真紅のバラの隣に先日贈られてきた真っ白で凛としたカラー。


「でも、そうね。彼ならあんまり気にしないでしょうから、次の手紙にでも少し書けば良いですわよね?」


 うっとりと囁いて、私はその無垢な白の花弁に指先を滑らせる。


「早く大きな花だけじゃなく、小さな花にも水分調節が出来るようになりたいですわね……」


 小さな花は、詰まるところ茎が細くて弱々しい物が多い。だからどれだけ気をつけても水分を抜きすぎてしまったりして、まだ上手く状態を安定させられないのよね。


「彼ってば、私の一番好きな花を知っているのかしらね?」


 大輪のバラとカラーの花弁を交互になぞって一人微笑む。


「あなた達もとっても素敵で好きだけれど、私はね――、」


 幼い日に初めてダリウスからもらった、溢れんばかりの小さな花。


「真っ白なカスミソウが……一等好きよ?」


 十四歳で学園に来てからずっと溜め続けたカードの束に唇を寄せて、私はここにいない彼を想った。



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